はじめに
2016年ももうすぐ終わりです。これまで年の区切りに意味があるとは思えず年間ベストとかもあんまり書いてなかったんだけど、今年はなんだかいろんなことがあったなあ……と思いながらズラズラとリストアップしてみたら、簡単に書いておきたくなったので残しておきます。良い本がいっぱい出て、本当に楽しい一年だった。
2016年ももうすぐ終わりです。これまで年の区切りに意味があるとは思えず年間ベストとかもあんまり書いてなかったんだけど、今年はなんだかいろんなことがあったなあ……と思いながらズラズラとリストアップしてみたら、簡単に書いておきたくなったので残しておきます。良い本がいっぱい出て、本当に楽しい一年だった。
今日はこれで書こうと思っていた本が壊滅的につまらなく書けなくなってしまったので、空いてしまった時間つぶしに「これから読む本」でも羅列してみることにする。一言コメント付き。次月以降続くかどうかは誰にもわからない。
翼のジェニー〜ウィルヘルム初期傑作選 (TH Literature Series)
動物・人間・暴虐史: “飼い貶し”の大罪、世界紛争と資本主義
超予測力:不確実な時代の先を読む10カ条 (ハヤカワ・ノンフィクション)
とまあこんなところか。この他にも何冊か読もうと思っている本があるけれども、あんまり期待していない物だったりするので特に載せていない。近刊で「これとかおもしろそうっすよ」というのがあったら教えてくださいな。
近況というほどのものは何もなし。しいていえば花粉症がキツくて今は一年を通してもっともパフォーマンスの出ない時期なのでつらいというぐらいか……。
エイプリルフールとか、誕生日とか、大晦日とか、暦を順調に消化していくと必ず訪れるイベントがあるけれどもめんどうでしょうがない。あけましておめでとうとか誕生日おめでとうありがとうとか微塵も思っていないことを言い合うのが実にめんどうだ。太陽が天球を一周しただけのことで何がめでたいんだか意味がわからないが、誕生日は誰にも言わなければやりとりをする必要もないので隠しているのであった。
それでは2016年3月に読んだ物からこれはというものをピックアップ。
3月はSFが多め(いつもだけど)な上に、ここ最近の海外SFの異常事態(話題作、それも古典になりかけている過去の名作群が新訳だったり本邦初訳だったりでバンバン出ている)が発生してどこか異様な雰囲気を感じる。
さようなら、ロビンソン・クルーソー (〈八世界〉全短編2) (創元SF文庫)
ハヤカワ文庫補完計画の影響が大きかったりと理屈はいろいろつけられるだろうけれども、それにしたってスゴイ。
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僕が3月に記事を書いた中であえてオススメをあげるなら──まっさらな状態でおもしろい短篇集を読みたいというのなら……ヴァーリイの『さようなら、ロビンソン・クルーソー (〈八世界〉全短編)』を短篇集としては推して、長篇としてはフランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』を推すかな。一時代を築き上げた作家の作品が新訳でフレッシュに味わえるのも、未訳のものが楽しめるのも嬉しい。新人作家としてはキャンビアスの『ラグランジュ・ミッション』は21世紀に現実的に存在し得る宇宙海賊とは何かを描いてみせた作品が良い宇宙SF。将来有望っすよ。
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日本では忘れてはいけないのがSFマガジンで連載していた冲方丁『マルドゥック・アノニマス』がまとまって出たことで、マルドゥック・シティで無尽蔵に供給される新能力者たちが織りなすデス・ゲームがスタートするという新シリーズの開幕にふさわしい出来。第2回ハヤカワSFコンテスト受賞者柴田勝家さんの『クロニスタ 戦争人類学者』も面白そうだけどまだ読めてない!
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ノンフィクションは全方位にオススメ! というものはなかったがおもしろいものがポツポツと。『考えながら書く人のためのScrivener入門 小説・論文・レポート、長文を書きたい人へ』はScrivenerという多機能テキストエディタの紹介/マニュアル本だ。Scrivenerは電子書籍をつくりたい人とか、そうでなくとも数万文字を超えるような文章を書く人は非常に使い勝手のいいツールでオススメなのだけどいかんせん日本語には公式対応してないし機能が多すぎるしとごちゃごちゃしているのでそういう時にこの本があると嬉しい。そんな長文を書く人は多くなさそうだけど。
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『地球を「売り物」にする人たち――異常気象がもたらす不都合な「現実」』は異常気象もまた「投資対象」になることを丹念に取材した一冊。たとえば温暖化が進行するなら、ロシアとかは暮らしやすい気候になって土地の価値も上がるじゃん! 今のうちに土地を買い占めようぜ! とかいう人たちが当然出てくるのだ。
北の方の貧しい土地に住んでいる人たちは温暖化の進行にはまったく関与していないにも関わらず、温暖化に関与している先進国の富裕層に気候変動から生まれる実りさえ搾取されてしまうわけでそれって問題だよね──とはいうものの、来るべき不都合(水位が上がって島が沈没したりね)にテクノロジーで対応しようとする投資家らもいるわけで金儲けも悪いことばっかりではない。
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特にオススメなのがこの『人間VSテクノロジー:人は先端科学の暴走を止められるのか』。デザイナーベビー、ドローン、無人兵器、自動運転……と「それを社会に解き放ったらどんな問題が起こるのか予想しきれない」テクノロジーの発展が凄まじく、『先進テクノロジーの採用に伴う潜在的な危険を想定して管理するさいの問題を検討し、さらにそれを予想される利益と比較考察する』一冊である。
人工知能はまだまだ人間に叛逆したりしない/できないが、自律判定して人を殺す無人兵器とかはもうできるわけで、我々はそこにどうルールを構築すればいいのかはそれらの使用が一般化してしまう前に考えなければいけないことだ。本書は今読むべき、というより今読まないと手遅れになりそうな一冊といえるだろう。
僕はアニメーション映画の方もデザインから何から何まで尖っていて好きだけど(アニメならではの演出もさすが)、どうしても世界に理屈を与えていく部分で延々と人間同士が喋っていると「話なげえ……ぐるぐるぐるぐる」と呆然としてしまうところがあったが(アニメはそれでもギリギリのバランスを保っていたと思う)漫画の方がセリフを自分のペースで読めるという意味で違和感が少ないのもある。
三巷文さんはエロ漫画『こんなこと』で名前を知ったがめちゃんこ絵と情報の詰め方がうまくて、エロさ(これは肉体と肉体の無機質さの表現という意味だけど)と情報の詰め込みの両方が必要なハーモニーには適任だったのかもしれない。
フィクションの方は先ほどあげた柴田勝家さんの『クロニスタ 戦争人類学者』に大期待。『竜に愛されし少女イオナ』も楽しみにしていた作品の完結篇なので早く読みたいところだ。ノンフィクションでは『知能はもっと上げられる 脳力アップ、なにが本当に効く方法か』がこのあまりにも胡散臭い書名に反してなかなか実際的でおもしろい(いま半分ぐらい読んだ。)
風邪をひいた……。
風邪をひいていると布団に入っているので両腕を出してページをめくるということができないのだが、最近はスマホであれば片腕でページめくりまで操作できる。その結果として、一心不乱にウェブ小説を読み漁っていた。他のことがたいしてできないので進む。無職転生も読み終えてしまった。これについては個別に記事を上げるかもしれないけど、おもしろかったので本記事の下の方に簡単な総評を書いております。
ジョン・スコルジーによる『ロックイン-統合捜査-』は全世界に蔓延したヘイデン症候群により、一部の人間が生きながらにして身体を動かすことの出来ない状態に陥ってしまった架空の世界を描く刑事物SF。身体を動かすことの出来ない人が急増したので電脳空間や遠隔操作できるロボット──通称"スリープ"がこの世界では開発されているのが刑事「SF」の部分だ。主人公のヘイデン君はロックイン状態にありながらスリープを遠隔操作するロボット(人間)FBI捜査官である。
なんといってもノンフィクションでオススメしたいのは『生物はなぜ誕生したのか: 生命の起源と進化の最新科学』だ。新しい視点からの生命史を書くことをコンセプトとした本書は、この数十年で立ち上がってきた宇宙生物学や地球生物学の分野で興ってきた新説を取り入れながら、現代版生命史を成立させた。邦題だけだと「生物の誕生の秘訣」しか教えてくれないのかと思うが、それは本書の一部でしかない。
HA(ヒューマナイズド・アニマル)と呼ばれる彼らは、軍事的に利用され各地でその猛威をふるっているが、その戦闘シーンも各種動物の生態と能力に沿った演出が細かに配されており素晴らしい。人間は主に目で世界を把握しているけど、犬は人間と比べれば視力は弱くかわりに匂いに敏感だ。生物の種によっては視力は存在せず熱のみを頼りに移動していたりと「世界の捉え方は種によって異なる」が、本作のHAはそうした「異なる生物の世界の捉え方」を漫画的に再現しようとしてるんだよね。
悪化する地球環境、計画される宇宙移民とこの世界の背景も徐々に明かされつつあり、いやー今後の展開がたのしみな作品である。設定的には古臭いにもほどがあるのだが漫画としてはとてつもなくおもしろい。
無職転生 ~異世界行ったら本気だす~ (1) (MFブックス)
ざっくりとまとめてしまえば、王道としての異世界転生をやろうとした作品で、複数のゲームジャンル&物語ジャンルを横断的に内包した(その結果283万文字になった)かなりの意欲作である。おおまかに物語をこちらがわで勝手に分割してしまうと、1.転生し、世界に馴染んでいく篇。2.この広い世界を旅篇。3.魔法大学、学園篇。4.ダンジョン探索篇。5.???。6.???というようにどんどんジャンルを横断していく。
1はまあ導入部、世界が立ち上がっていく部分にしても、2は広い世界の冒険・探索篇であり、だんだんと設定が開示されていく。3はハリー・ポッター的な(これは嘘だがなんかうまい例えがおもいつかず)魔法学校の雰囲気を楽しむ学園物の雰囲気。4は迷宮探索ゲームをやっているような雰囲気を汲んでいる。5と6もまた明確に「○○ジャンル」と呼称できるものだが、それを明かすこと自体がネタバレになる類の物なのでここでは伏せておく。?の部分は未読の人間には是非驚いてもらいたいものだ。
ジャンルを横断するかのように展開する物語は、長い長い物語でありながらも雰囲気を一貫させながらまったく違った読み味を楽しませてくれる。とはいえ大まかなプロットはド直球。トラックに跳ねられた無職がそれまでの人生を大いに後悔し、転生した世界では主体的に人生に関わって、多くの仲間と嫁、真っ当な実力、生まれた時には想像もしなかった巨大な敵とたたかうことになる。
中でも一本筋が通っているのは「主人公の一生を描く」という部分だ。一人の人生を描こうと思えば、成長から苦悩、結婚から子育て、親の老化と看取り、時には介護とさまざまな問題が沸き起こってくる。本作は異世界転生物の王道でありながらも「どこまでを拾うのか」という部分で非常に広い射程をみせてくれた。読んでいていくつも粗が目についたが(できの悪い章もある)全体としては283万文字を飽きさせずに読み切らせる、パワーのある作品だ。
縦横無尽にはオススメしないが、総評としてはそんな感じ。
ncode.syosetu.com
ロデリック:(または若き機械の教育) (ストレンジ・フィクション)
人はなぜ格闘に魅せられるのか――大学教師がリングに上がって考える
1月は多少忙しくてあまり読めなかったし更新できなかったのでコンパクトに。
告知としては2月の10日に出るSFが読みたいの2016年版に海外SFでランクインした20作品のガイド、及びこの年の総括語り、またランク外の注目作品については1ページもらって書いています。ランキングはなかなかおもしろい結果に。
www.hayakawa-online.co.jp
こういうガイドブックとかの「作品ガイド」って、みんなさらさらさらーっと書いてるんでしょう? 楽勝でしょう? と思っていたんだけど、いざ自分が書くとなるとかなりの労力を費やす必要があった(それが影響して1月の更新頻度が下がった)。まあ、だからすごいでしょうとか、ほめてくれとかいうわけではなくただの感想である。SFが読みたいが出たら個人的な1年を通しての注目SFの振り返り記事を書いてもおもしろいかな。
1月に書いた記事の中で特に注目のものをふりかえると、アン・レッキー『叛逆航路』がまず挙げられるだろう。『ニューロマンサー』を超える7冠を獲得した歴史的作品! とはいえこういうのは時の運が絡むので話はほどほどに。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
もちろん面白く、特異な作品である。登場人物のほとんどは、その架空の未来国家では性的に男であろうが女であろうが「彼女」と表記されるために、文字で読んでいるだけでは性が判別できない。実際、三部作のうちの一作でありながら登場人物の多くはその生物学的な性別がわからないようになっている。
大きな特異性のもう一つは、語り手であるブレクがAIである点だ。それだけでは別になんの珍しさもないが、複数の身体をあやつり全ての視点が自分のものなので、「一人称語りでありながらも三人称のような記述」ができるのである。とまあ手法はおもしろいが、ストーリーもベースにあるのは何千もの身体を持ち国家を支配している最高権力者をいかにしてぶち殺すのかというシンプルな復讐譚でもあるので、そこさえはずさなければ安心して読めるだろう。
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小説の次点だと『天冥の標IX PART1──ヒトであるヒトとないヒトと』は読む人は読んでいるだろうし、シリーズを通して読んでない人に説明するのは大変なのでおいておこう。生まれてきたことに感謝をするレベルにおもしろい作品はそんなにはないぞ。なのでそれ以外で挙げるならトム・ヒレンブラント『ドローンランド』かな。
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ダニサイズのドローンまである世界で、社会をくまなく監視体制においたヨーロッパで起こるSF犯罪ミステリ。大量のデータでほとんどの人間が解析され、それが戦術ソフトウェアに転用されると「相手の攻撃パターンの予測、複数人に襲われた場合は誰から倒すべきかの判断」までもしてくれるすぐれものだ。戦術ソフトウェアに誘導されながら戦う刑事の姿はケレン味たっぷりである。
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ノンフィクションではフィン・ブラントンの『スパム[spam]:インターネットのダークサイド』がめちゃくちゃ読みづらいけれどもおもしろかった。『チャールズ・ストロスが言うように、「一方にはチューリングテストに通れるメールを生成するソフトウェアを書こうとする側、他方にはまにあわせのチューリングテストを管理できるソフトウェアを書こうとする側がいる」』というように、迷惑メールなどのスパムを送り込む側の視点と、それを防衛する側がどのような対策を重ねているのか、その歴史から技術的な面までフォローした世にも珍しい「スパム研究書」。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
次点としては『これで駄目なら』というヴォネガットの卒業講演集もいいけど、基本的にはヴォネガット・ファン向けでもあるので鴻巣友季子さんと五人の小説家の問答集『翻訳問答2 創作のヒミツ』を推そう。登場する人物は奥泉光さん、円城塔さん、角田光代さん、水村美苗さん、星野智幸さんとそうそうたるメンバー。『吾輩は猫である』や『竹取物語』の英訳テキストを題材に、鴻巣さんと問答相手がお互いに指定された一部分を訳してなんでそう訳したんだろう? と会話を交わす。
普段あまりみることのない「翻訳家同士の解釈の違い」「どのように解釈を決めるのか」が見えてくるおもしろいシリーズだ。
記事を書いていないが、Fate/goにハマった影響で今まで手を出していなかった型月コンテンツをいろいろと遊んだり読んだりしていた。成田良悟さんの『Fate/strange Fake』などおっかけていないのがけっこうあったのだ。
Fate/EXTRA MOON LOG:TYPEWRITER I+II (2巻セット)
とそんなフェイズはすぐにおわり、外に決死の思いで這い出してみれば(まわりが崖なので出れなかった)、なぜ地球が襲われたのか、他の地球人はどうなっているのか、ここはどこなのかといった数々の事実が明らかになっていく。その設定自体がよく練りこまれていてものすごくおもしろいというわけではないのだけど、人類とは全く別の生物の異質感が一冊の中に見事に凝縮され、少女との物語として構築されているので満足度が高い(たぶん単巻完結)。
ノンフィクションとしてはジョナサン・シルバータウン『なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる』が楽しみかな。老いも死も別に進化論の範疇じゃないんじゃなかろうかという気がしてならないが。フィクションとしては宮内悠介さんの『アメリカ最後の実験』が楽しみ。宮内悠介による音楽小説って傑作しか思い浮かばない。
さて、それでは2015年12月のまとめを……。
その前に昨年のまとめでも。隔月刊化したSFマガジンで連載をはじめて、HONZにお誘いいただいてというのが文章書きの方だと二大トピックスでしょうか。そうしたもろもろがあっても、ただのブログ書きであり、ブログが主戦場であることは変わりなく、その証明としても更新頻度は特に落とさないようにしたい(願望)と思っていたのだけど特に問題なかったようです。というより、諸々によって必然的に読む量が増えて、読む量が増えると連続的に文章が出てくるから逆に(文章量が)増えた。
長年続いたサイトを更新停止していく人々を見ると、自分もいつまで続けられるものなのかなと思ったりもするが、別に毎日更新を義務付けているわけでもないし、書くことは依然として僕にとっては何よりも楽しい最上の娯楽であるから、2016年は大丈夫でしょう。そういうわけなので2016年も頑張っていきます。記事の最後の方で年間のベストを数冊選ぶ予定(まだ書いてない)。
あ、あと12月25日にSFマガジン2016年2月号が出ています。僕は火星SFガイド14作と『神の水』1ページレビューと連載の海外SFガイドを2ページ書いてます。
アメリカの水資源不足問題という今まさに起こっている問題を、近未来を舞台にさらに先鋭化し、迫真のリアリティでもって描き出してみせる。そこにあるのは、目の前の失われつつある「水」を確保し、守り抜かねば故郷を追い出されるような、ゲームのルールが現代とは決定的に変わってしまった世界だ。水利権とそれを守る自前の軍隊を持っているヤツラが生き延び、持っていない人間は生き残ることができない。
「かつての善きアメリカを懐かしみ、再来を信じているもの」「悲惨な現実を前にして、外道のような行いを恥じるもの」など様々な理想を抱く人間が本作には幾人も出てくるが、現実は一変してしまっており「かつての現実」はもう戻ってくることはない、それこそが有限である資源が枯渇した未来のシビアさであり、夢も希望もありはせんとばかりに絶望的な状況を淡々と描写していく。下手な希望や、ありもしない現実を見るのではなく「本当の現実」を正しく捉えなければ生き残れない──。
物語のクライマックスと、「誰の現実観が生き残るのか」という相克のクライマックスが同時にやってくるラストは圧巻にして予測不可能である。
多くの弱さがありながらも、それと相当するだけの実りを育てた魅力的な人間であることがこの自伝からはよくわかる。かくありたいと思える人間の一人であった。
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ミハイル・エリザーロフの『図書館大戦争』も大変良い本だった。幾つかの条件を満たして本を読み終えることで自分の身体が強化されたり記憶力がよくなったりといった特殊な強化バフが自分にかかる世界。その秘密を知る者達は特殊な本を確保し私設図書館を作り上げ、日夜本を奪い合って殺しあうという例の図書館戦争とは似ても似つかないトンデモな大戦争である。記事を読んでもらえればその一端に触れることができるが、自身を強化した数千人のババア軍団との戦いなど頭が悪く面白いぞ。
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ベン H ウィンタース『世界の終わりの七日間』は書名の通り(原題は『world of trouble』)一週間後に小惑星が衝突して、まあ人類はもう終わりだよねと広く科学者らに観測されている世界を描いた作品である。三部作の最後の一作で、これまでの作品は「あと数ヶ月で地球が終わるって言ってるけど俺は刑事だし事件の捜査するよ!」という超絶頭の固い刑事がなぜそこまで調査にこだわるのか、そして滅亡寸前の人類はどのような行動をとるのかを丹念に描写してきた。最終作はミステリ的な形式は後ろに控え、より世界の終わりを前にした人々の比重が高まり、そんな状況にいたっても調査をやめられないクレイジーな主人公の内面に深く迫ってみせる。
『地上最後の刑事』『カウントダウン・シティ』『世界の終わりの七日間』と三部作それぞれ随分テイストが違うので、ミステリ傾向が強いほうが好きならば第一部から、破滅に向かう人類の姿が見たいなら本書を、いい感じのバランスで読みたいなら第二部をといった感じで適当に読んでもいいかもしれない。
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『眠っているとき、脳では凄いことが起きている』はまあそのまんまのタイトルの本ではある。結局、1日8時間も無防備状態になるのだから、それなりに生存において重要なことを睡眠中にやってるんだぜ、という話だ。起きていたあいだの記憶を整理し、問題解決に向けたアプローチをとって、何より寝ないと脳はすぐに判断力を失う。人にもよるが6時間だと足りないので7〜8時間は寝たほうがいいだろう。もちろん、徹夜など能率が悪くなるだけなのでご法度である。
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『パクリ経済──コピーはイノベーションを刺激する』は、著作権に守られていない、パクリ放題の世界でも新しく物を創る人がいなくなるどころか、イノベーションが活性化されている事例を見ていくことで「コピーが一概に悪いわけではないでしょ、どんな場合にコピーがイノベーションを阻害して、どんな時には阻害しないのかを考えてみようよ」と整理した本である。
例としてわかりやすいのは料理におけるレシピだ。コピーされまくるが新しいレシピを創る人はいなくならない。他にも、アメリカではフォントには著作権はないが、フォントの世界でもイノベーションは起こり続けており、そこには様々な理由がある。以下はその幾つもある理由のうちの一例ではあるが、納得のいく理屈だと思う。
あるタイプフェースのデザインが流行して、そっくりなコピーが急増し、そのスタイルで市場が飽和した時、フォント界は次のデザインのトレンドを探し始める。その結果、コピーに対する保護がほとんどない世界でも、新しいフォントが増え続けることになる。
イノベーションを効率よく起こす制度設計について考える時に、盲目的にコピー、パクリを禁止する必要はないのだと本書を読むとよくわかる。
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Fallout4とウィッチャー3をやった(やりすぎでは)。どっちも素晴らしく面白く、2015年を代表するゲームといっていいだろう(あとメタルギア5ね)。Fallour4はシナリオはともかくあの世界を探索し発見していくのが楽しくてたまらず、自分とは無関係に存在している勢力が勝手に争い、殺しあっているのをみているとああ、この世界は自分とは無関係に維持され、存在しているのだと実感する。それは世界に一住民となって住んでいる感覚をもたらしてくれて面白いのだ。
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ウィッチャー3は僕としてはこれぞゲームの醍醐味という「自分の選択が世界の命運を左右する」が行えるゲームで、自分がその世界を善い方向に導いてやるぞ!! とのめり込んで楽しんでしまった。終わった時は「い、いったいこのあと何をして生きていけばいいんだ……」とちょっと呆然としてしまったぞ(その感覚は良い本や良いゲームをやった時特有のものだ。)
たとえば「死ぬと全てが再生」するから、捉えようとする側は麻酔銃などで眠らせてしまおうとする。眠っただけだと再生しないからだ。それは一時は有効な戦術だったが、不死者側は「麻酔銃で撃たれたら、自分の頭を撃ち抜く(あるいは麻酔銃で撃たれた部分を刃物で切り離す)」ことによって麻酔を阻止する/一回死んでリセットする。こうした真っ当な戦術展開がスピーディに行われていくので能力バトルとしてツッコミどころが少ない。それどころか、物語はすぐに個人間の争いを超えて、不死者は世界的なテロ組織へと変貌を遂げ──と世界規模の話に展開してくのも熱い。
規模が世界へと展開しても、非常に真っ当に「不死者性」はテロ戦略に組み込まれ機能していくので、「これこれ、こういうのが読みたかったのだ!」と喝采をあげたのである。アニメの話からマンガの話にシームレスに切り替わっているが、映画版と漫画版はだいたい今のところ話が同じなのだ。映画版を分割して詳細にしたアニメ版が1月からやるっぽいのでちょっと見てほしいなあ。ほんと面白いので。
2015年 HONZ 今年の1冊(1/3) - HONZ
HONZでも同様の企画が上がって、答えているのでその文章をここにも転載する。
今年読んでいて一番興奮したのは中国へ特派員として滞在した海外ジャーナリストが書いたルポタージュ『ネオ・チャイナ』だ。的確に中国の実情──大きな成長と同時に存在している異常な歪みを描き出しているが、そこで歪みにあらがって生きる人々はまるで英雄譚の主人公のように魅力的である。
現地で政府批判を行うジャーナリストは一歩間違えば問答無用で逮捕されてしまう危険と隣り合わせの中で「わかりにくい」言葉を使いながらなんとかチェックアンドバランスを得ようとしてみせる。あらゆるものを性急に、杜撰に進めようとする傾向から建設計画は各所で短縮され、その結果事故が起きて人がガンガン死ぬが、ウソまみれの政府発表と報道規制によってチェックは行われず、改められることはない。
中国文化論としてはもちろん、理屈にあわない理不尽の中で、野望を抱き自分なりの理屈を通し、人生の幸福を掴みとらんとする人々の物語として是非オススメしたい。
ネオ・チャイナ:富、真実、心のよりどころを求める13億人の野望
そんなところかな。もちろん、それ以外にも面白い本をたくさん読んで、映画をみて、ゲームをやった。より詳細な記録は「冬木月報」タグから月のまとめがみれるので、遡ってみてください。出版業界は年々売上が下がっているというが、良い本にたくさん出会った年であった。
↑こんな感じ。とりあえずスパム本から読もうかな。
冬木糸一が一月の間に読んだり観たりやったりした物を振り返るコーナー。
えー近況報告は特にないですね。10月はゲームをいろいろとやってあまり本が読めなかったような気がするけれども、11月はそこそこ読んでます。ただゲームもやった(the last of us)。あと今はFate/grand orderが(ソシャゲだけど)面白く、時間を吸い取られている。Fateシリーズという超強力原作を使って、しかも英霊はいくらでも増やせ、集めることに快楽が発生するのであまりにもガチャ形式とマッチングしている。さらには、ゲーム部分の作り込みがかなりいい。
ゲーム部分の面白さを解説しようと思ったけどまあ、そんなこと僕が書いたところで……っていうのはある。毎ターンランダムにカードが割り振られ、それを組み合わせて敵へのダメージとするランダム・カードバトルといってしまえばいいんだけれども、シンプルな画面・ゲーム構成を必要とするスマホゲーとして、非常にわかりやすく一戦一戦にそこそこの緊張感と快楽を発生させるようになっている。なんとなくグランブルーファンタジーも(パソコンにしか入れてないけど)ちょっとやってみたら、はじめて1週間ぐらいしてもルールがさっぱりわからんもんな。
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ハヤカワのSFコンテスト第三回が行われ、佳作受賞のつかいまことさん『世界の涯ての島』について書いてます。3つの視点が混在し語られていく多少複雑な構成ながらもすらっと読ませ、描写はいちいちエモーショナルでかなり短い作品なのだが、読了時の気分が良い。大賞受賞の『ユートロニカのこちら側』の方はKindleで買ってまだ積んでる(そのうち読む)。評価は高いので楽しみですな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
ノンフィクションだと『動くものはすべて殺せ』が凄い。ベトナム戦争で米兵が「動くものはすべて殺せ」と命令され民間人を女子供含めて虐殺するということが「日常的に」起こっていたことを公文書から解きほぐしていく。これ、何がひどいってデータ分析で戦況を評価するってことをやりはじめて、その指標で最も重要だったのが「キル数」だったってことだ。そのせいで民間人を虐殺してベトコンに仕立て上げて報告する、そうしないと評価が上がらないしビールとかの支給にも響くからみんながんばってキル数を上げるっていう最悪の事態に。モチベーション・コントロールは効率的な組織運営の基本だがやり方を間違えると大惨事を招く好例といえるだろう。
早川書房が70周年を記念してKindleセールをやっているみたいです。ブロガーとしてはここで「オススメ100選!!」とかぶちかましていくのが常道のような気がするんだけれどもあんまりそういうのは書いてても楽しくないからな、ということでここでオススメの数点だけ。一点は小川一水さんの天冥の標シリーズ。これは、マジで、ヤバイ。生まれてからこのシリーズに出会わせるまでにつらいことも楽しいこともいろいろあったけど、つらいことであってもこの作品に出会うことに繋がったんだから全てを肯定することができるようになるぐらい面白い。
これから何を読むのかといえば、山形浩生さん訳の『パクリ経済 コピーはイノベーションを刺激する』が面白そう。あと『生活世界の構造』も買って積んであるから早く読みたい。特筆すべきは円城塔『プロローグ』、ジーン・ウルフ『ナイト』あたりが一刻も早く読みたい感じだがちとやりたいことがたまっていてすぐには無理だ。既にボス級の本が並んでいるので、12月はすさまじいことになりそうだなあ。というところで今月もまた頑張っていきましょう。年を越すぞ~
ここ最近の他の月と比べると更新頻度がガガッと減っているけれども(27〜28更新から18更新へ)そういう時もあります。というか、原因は単純でメタルギアソリッドを延々とやっていたからなんだけれども。まだやってる。何十時間もやったはずなのだが、延々と終わらないゲームだ……。あとはあれだ、アリスソフトのランス03とかイブニクルとかやっていたら時間がね、なかったね。あとハースストーンというカードゲームの日本語版が始まったからそれを延々とやってたね(ゲームばっかりだな。)
10月はSFマガジン12月号も出ています。僕は海外SFブックガイド2ページと1ページ書評で『アルファ/オメガ』を担当しております。この号の特集、SF Animation × Hayakawa JA と題されていて実質伊藤計劃特集2のようになるのかと思ったらコンクリート・レボルティオと蒼穹のファフナーの話題がほとんどでそっちもなかなか面白かった。どっちも見てないんだけれども。
それにしてもこの発売月と「○○月号」が一致しない形式、いまだに違和感がある。月刊誌の場合40日先までの「○○号」に出来るらしいのだが、たぶん「出た月に売り切れるわけではなく、本屋で次の号が出るまで残り続けるから」2ヶ月先の号数にするのが有利だと判断されているのだろう。11月に雑誌を買おうと思ったらそれが10月号だったらなんか情報が古いような気がするしね(競合があればそれが実態でなくても12月号とついているほうを買ってしまいそうだ)
さあ、それでは雑記はこれぐらいにして10月のフィクション。フィクションは豊作の月だった。まず何をおいても必須、ド傑作だったのが円城塔『エピローグ』。人類はOTCの侵略によって現実宇宙を追われ、シュミレーション上の無数の宇宙に分散を余儀なくされている。人類はOTC打倒の為OTCの構成物質であり人類の理解を超越しているスマート・マテリアルを拾い集め、自分たちで収集、生成できるものと合わせて(キリストの聖遺物など)なんとか対抗している。それは理解不能な物に対して理解不能な凄いものをぶつける的な発想だhuyukiitoichi.hatenadiary.jp
現実宇宙を追い出された人類と人類を追いやったOTCの果てなき戦争、そんな世界で起こりえる数々の連続殺人事件、無茶苦茶だが、一貫したルールのもとの無茶苦茶であるという点で軸は通っている。そういう意味で言えば本書はかつてない(たぶん)スペース・オペラ(何しろ宇宙艦隊とか出てくるし)であるともいえるし、探偵ものであるともいえるだろう。もちろん、自己言及型メタフィクションでもある。
円城塔さんがこれまで描いてきた数々の作品を全て投入しスマートにまとめあげたような「円城塔全力全開総決算」感のあるド傑作なのだよ。
もう一つどうしてもオススメしたいのはニック・ハーカウェイの『エンジェルメイカー』で、これはこれで『エピローグ』とはまったく異なる破壊的な面白さだ。発売日が2015年6月4日なので紹介が遅れてしまったが、今年最も興奮したフィクションであることは間違いない(まだ見ぬ将来の刊行作も含めて)。一人の"なんでもない"男、ただし親は偉大なギャングで──という少年の成長物語のフォーマットながら、このなんでもない男が、世界を揺り動かすほどの大悪党へと成長していく様に心が踊る。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
フィクションに比べるとノンフィクションは小粒というかあまり読めなかったけれども『人体600万年史:科学が明かす進化・健康・疾病』は頭一つ抜けて面白かった。人類の進化の過程を解き明かしながら、現代の健康や疾病の幾らかはかつての生活とほとんど我々の体が変わっていないのに生活習慣が変わりすぎたために起こっている「ミスマッチ病だ」とする過程をデータで丁寧におっていく。
身体は狩猟採集をしていた時から殆ど変化をしていないので、椅子に座ってばかりいる、炭水化物ばかりとっている、加工されたやわらかいものばかり食べてろくに運動しない生活が身体にあっているわけない。肥満や腰痛、痔といった「そうだよねえ」というものから禁止、強迫性障害、うつ病、クローン病、虫歯にアレルギーなどといったものは、文明と人体とのミスマッチの結果だとする理屈は実に説得力がある。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
あともう一点、これは雑誌だが柴田元幸さん編集のMONKEY 7月号では村上春樹さんがロング・インタビューされていてこれが『職業としての小説家』のつづきみたいな内容でたいへんよかった。『思いもよらないことが起こって、思いもよらない人が、思いもよらないかたちで死んでいく。僕が一番言いたいのはそういうことなんじゃないかな。』とリアリティとフィクションについて語る村上春樹さんの言葉は小説の大ファンである僕にはよく響く。それは「キャラクターを突然無造作に殺せ」というのではなく、必然的な帰結、誰もが納得しながらも、しかし思いもがけず死んでいくという二つの困難なことを両立させろということなのだろう。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
森博嗣さん新シリーズが講談社タイガから。歴代のシリーズを読んできているファンには感無量の出来と内容。森博嗣世界が2世紀ほど未来に進んだら──という世界で、当然それは四季が興した技術が展開している世界だ。彼女がデザインした世界だといえるのかもしれない。その姿が目に見えるだけでファンとしては嬉しいが、完全にファンにしか通じない文章なので未読の人間は記事を読んで欲しい。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
『ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史』は良い本なんだけど書名が……こういっちゃあなんだけどダメ。食に普遍コードは存在するのか? という内容で、たとえばフルコースのメニューが出てくる順番なんかは国が違ってもだいたい同じだったりする。計算言語学の手法を用いて、何千何万といったメニュー表を分析し「メニューの名前の長さが1文字増える毎に金額が12セント上がる」とかそうした分析手法が目白押しな「food Language」本なのだ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
マップがまたかなり作りこまれており、「自由○○」と謳いながら実際には全然自由じゃねえというゲームがある中でこのメタルギアは本当に「自由潜入」を達成させてくれる。真正面からグレランをぶっ放しながらいってもいいし、スナイパーライフルで制圧してからいってもいいし、右ルート左ルート崖上からの侵入ルートなど多様に考えられている。それでも兵の配置の少ない場所など「より、楽に」潜入できるルートもきちんと構築されていて様々な局面でその作り込みに感心させられたものだ。
ストーリーはまたガンガン映像的な象徴性を入れ込んで少ない分量でテクニカルに物語を書きたてていく。操作不可能なムービーシーンが減った結果、ほぼすべてのシーンが印象的な絵作りが行われている贅沢感。スネークを巡る物語に相応しい新しく革新的な切り込みの入れ方は、メタルギアソリッドのゲーム群を一体何処まで小島秀夫監督が作っているのか=ディレクションしているのかという疑問はずっとあったがやはり小島秀夫監督はいまだにその能力が衰えてないんだ! と思って嬉しかった。
少年兵をガッツリストーリー内にもりこむなどの部分も素晴らしかったけれども、現実世界の表現規制によって徹底的に射殺が不可能なつくりにされているのは惜しい。ストーリーの最終盤がカットされているのも惜しい。ゲームとしては最高の出来で、ストーリーは「その先」が見たかったという内容ではある。
僕はMTGプレイヤーなのでハースストーンも楽しんでいるのだが、デッキがシンプルに、カードの効果も割合シンプルなものが多く短い対戦時間の中に判断に迷う瞬間が多々訪れるのがいい。MTGはカードも増えて様々なタイミングで効果を発揮する複雑なものが多いため読み切れないことが多いのだが、ハースストーンはまだ現状買えるパックが3つしかない為、敵のカードを把握した状態で読み合いが可能である。
システム的に面白いのは、課金してパックを引くのだが、既に持っているカードを売り払うことでレジェンド級レアなどのいわゆる「SSR」を作成することができること。このシステムのおかげで「あのカードが欲しい」「あのカードがなければデッキが作れない」となった時は無駄に何十万も投入せずとも狙ってつくることが可能だ。
良心的というか、それが本来あるべき形、落とし所の一つだろうと思わないでもない。引きたいカードがあれば出るまで回し続けろがデフォルトになっているジャパニーズ・ソーシャルゲームはひどい。
道満晴明さんはマンガが上手い。あまりにも面白かったから何かを書きたいのだが何を書いたらいいのかわからないぐらいすべてがうまい。コマごとのシンプルさがうまくキャラクタの演技のつけかたがうまく絵作りがうまくそれがまとまって一冊になるとすべてがうまくてそれ以外いえなくなってしまう。喋りはどこか狂っていて現実の話かとおもいきやいきなりファンタジックな要素が当たり前のように居座っている。一般受けするのかどうかすらよくわからないが、とにかく「凄い」のは確かである。
2015年9月に冬木糸一が書いたり、読んだりしたもののまとめ記事となります。
特に代わり映えのしない日々。故に、書くことがない。それだけではあれなので普段やっていることにプラスしてこれから半年〜一年の間ぐらいにやりたいことリストでもここに書いてみようか。
下にいくほど優先順位が下がる。ハヤカワ文庫補完計画全レビューはいよいよ半分を超えて完走はできるでしょうというところ。追記のエッセイも書いているけれど、全体として良い内容になりそう。今回の目標冊数は300冊(500円,750円とだんだん値上げさせていく予定)で、このブログの宣伝だけで売るにはちと厳しい冊数ではあるので今回は多少売り方を考えています。
本として売り出す前の助走期間で「こんなことやってます」「いずれ本にします」「企画を募集します」と認知を事前にあげられるだけあげておこうというだけのことですが。早川書房公式アカウントにまで補足されてちょっとうれしかったり。助走をつけていって、発売したあとは中に入っているエッセイなんかをちょこちょこブログで公開しながら回転あげていけば300冊ぐらいならいけるんじゃないかなあと。
電子書籍をどうやって売るのかというのはいろいろ手段があるわけだけれども、結局「何冊売りたいのか」から逆算して考えるのが自分としてはわかりやすくて好きだ。極端な話100万DLしてもらいたいと思ったら電子書籍の普及から始めないといけないだろう。先日又吉直樹さんの『火花』が10万DL超えたと言ってニュースになっていたが、ようは今のところトップがそこなのだ。あれだけ話題になって10万DLなんだだから──と逆算して考えていくことになる。
話題を電子書籍から少し外すと、世の中宣伝に金をかけすぎてゴミみたいなものを必死になって売ろうとしているなと思うことが多い。宣伝に金をかければかけるほど、必死になればなるほど「そんなに売れてないんだな」と思ってしまう。というより、宣伝と効果の明確な相関が見えないままみんな霧の中で大声で自分たちの宣伝を叫んでいる状況が(インターネット広告はまだマシだが)ずっと続いているんだろう。
ソーシャル物理学:「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学
「300冊売りたい」とかいう低い目標にたいして長々とする話ではないけれど、最終的には1000、2000といった数をコンスタントに、定期的に出して買ってもらえる小規模ファンコミュニティの形がありえるのではないかという5年〜10年をかけた実験の最初の一手と個人的には捉えている。
人の話を聞いているとメルマガとかサロン的な内容が主流になっていくような気もするけど、公開された形でやりたいんだよね。やりたいことの最後部に「翻訳」も入っているけれど、もう今後は職業翻訳家はペイしなくなってくるであろう翻訳も、電子書籍などの形でなんとか成立させたいし。「1年ぐらいかけてやりたいこと」の話じゃなくなってきたけれどまあそんな感じだ。
そうだ。ここでは書いていなかったので書いておくと、「ハヤカワ文庫補完計画全レビュー」という企画をこのブログでやっております。ハヤカワ文庫補完計画とは早川書房がやっている70周年キャンペーンの一つで、過去の名作・傑作で絶版になってしまっているものを復刊したり、新訳で出しなおしたりを70点やりましょうというものです。それの全レビューをやろうということですね。
最終的に完走できたら電子書籍本にしようと思っているのですが、そこに追記する電子書籍書き下ろしのエッセイ(全レビューはすべてブログで公開するので)で何か「これが知りたい」とか「これを書いてほしい」ということがあればTwitterなり、このブログのコメント欄なりでご連絡いただければ検討いたします※ハヤカワ文庫補完計画70冊の中で最低の1冊は? など。応募してくださった方には豪華特典が……特にありません。ちなみに現時点でほぼ決定しているリスト(エッセイのみ)はこちら。
前置きが長くなってしまったけれども2015年9月で注目の新刊といえばもうこれは『ブロの道』以外ない。ロシアの現代作家として著名なウラジミール・ソローキンによる氷三部作のうちの第一作。世界の創世を担った二万三千の光が、1900年前半の地球では人間の中でそうとは知らずにばらばらに暮らしている。あるとき彼らのうちの一人、ブロが凍りに触れることで覚醒し、世界に散らばる二万三千の同類を覚醒させ新たな宇宙の創世を目指すのであった──。
暗くなったらすることがなく、寝るのが早いので人々は基本的に分割睡眠となり、第一の眠りと第二の眠りの間で勉強をする、本を読むなどの時間が入ることになった。今からは想像もつかないほど覆しようのない夜が与えた影響は大きい。その歴史を本書は膨大な量の市井の人々の日記などから丹念に立ち上げていく。圧巻の一作だ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
そのほかも注目作が目白押しだ。中でも面白かったのは2022年にフランス大統領選でイスラーム系の人物が勝利を飾り、イスラーム政権が誕生し国が一変してしまう状況を描いたミシェル・ウェルベックの『服従』。
実をいうとこの9月はめちゃくちゃノンフィクションが面白かった月で年間ベスト級のノンフィクションを4冊も読んでいる。一冊は『失われた夜の歴史』だが、次の三冊もべらぼうにそれぞれまったく違った意味で面白い。
ネオ・チャイナ:富、真実、心のよりどころを求める13億人の野望
何より面白いのは「実態」と同時にそんな圧制下で暮らす人々や、場合によっては逮捕される危険性の中で果敢にジャーナリズム活動を行う人々の苦闘がまるで極上のストーリーのように読み取れるところだ。それでいて無条件の「圧政に立ち向かうヒーロー」としてでなく、外部からみると中国政府に立ち向かう人々をヒーローに見立ててしまうことの危険性も視点として内包している。
監獄学園が(アニメは全部はみていないものの)アニメ・マンガ共に面白かった。正直、これはかなり凄い。超常現象は何も起こらないにもかかわらず生きるか死ぬかレベルの緊迫したやりとりが続いていって、しかもそれが「バカバカしい」と笑い飛ばせないレベルで緻密に構築されている。
とてつもない高い演出能力(マンガ)なのはいいんだが話が進むにつれてゴールがどこにも見えないし、監獄学園=脱獄という軸もブレてきてだんだん綻んできているがそれはそれとして演出能力はまったく衰えていないので面白い。マンガがすばらしすぎるのでアニメは厳しいんだけど食らいついているどころか一部分に関しては凌駕していて水島努スゲーと思いました。
ほかはまったくみてない。ガッチャマンクラウズ・インサイト、シャーロット、あたりはなんとかしてみたいなあと思うしだいである。どっちも賛否両論といったところだけど。
『ソーシャル物理学』は半分ぐらい読んだけれども、けっこう面白い。デカイ本は『SATELLITE』といって、人工衛星からのみたさまざまな地上の姿をおさめた写真集だ。これはぺらぺらとめくっているだけで楽しい。こういうのは見ていると「行った気」になるんじゃなくて行きたくなるから困ったところだ。
はい、それでは2015年の8月に読んだ本の中から幾つかピックアップしまとめてお伝えしようという月まとめのお時間です。8月の前半はここは人間が暮らす世界じゃないと思うレベルで暑かったのに後半は8月とは思えない寒さになって気候的には1月の間に起こった出来事とは思えない変動っぷりですが変わらず面白い本は出続けてけております。今月はでも振り返ってみると僕の読書としてはノンフィクションがちと弱かったかな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
個人的に8月は何が一番楽しかったかと言えば本ではなくテレビバラエティ作品『水曜どうでしょう』で、夏休みを潰して見れるものは全部見て関連書籍を読み漁ったというハマリよう。一つ記事も起こしたけれども、延々と『水曜どうでしょう』を見ていく中で自分がこれまで観て、読んでいたものがひとつにつながった感覚があった。それが「非予定調和型」の作品という分類で、一言でいってしまえば「ランダム性=結果予測不可能性=ゲーム性」を意図的にエンタメの構造として取り込む一連の作品群になる。
それはどういうことかといえば──と続けていきたいところだけど、これは自分なりに会心の理論が出来たなと思ったので来年にでも電子書籍にしてまとまった論として出そうと思っている。その理論の本質的なところは↑の記事に一部まとめているが、けっこう応用できる範囲が広いなと思ったので。それぐらい水曜どうでしょうは「エンターテイメント」とは何なのか、人は何を面白いと感じ、どういう時に笑うのかについての気づきに満ち溢れていて見ているときの笑いはもちろん得ることが大きかったなあ。
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小説は話題作が目白押しですが一つ特別にピックアップするなら『伊藤計劃トリビュート』かなと。これ、あんまり中身は伊藤計劃関係なく「日本SFの新鋭」らの中篇小説集として読めるので、日本SFを知るにはいい一冊だったり。本作がデビュー作の新人作あり、長篇の一部ありと、当然アンソロジーならではのクォリティ的なばらつきはあるけれど、総じて良い出来かと。
SFマガジン、メタルギアソリッド、映画と合わせて話題性も抜群。藤井、長谷、仁木氏の安定感ある作家陣に加え、ハヤカワSFコンテストから出てきた新鋭、まったく別種の場所から出てきた王城夕紀さんの圧倒的な才能と「これから先」にわくわくさせる布陣だ。あ、余談になるけれども、SFマガジン10月号は伊藤計劃特集ですが僕はいつもどおり連載を書いている。伊藤計劃特集には特に書いてないけどヨロシク。
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ノンフィクションで特に取り上げたいのは『習得への情熱—チェスから武術へ—:上達するための、僕の意識的学習法』で、これはチェスと武術、どちらもプロ(武術にはプロに相当する概念があるのかは微妙だが)の腕前で戦い、学習してきた著者が送り出す「学習の技法書」だ。チェスと武術のようにまったく異なるものであっても、「経験し、学んで、自分のものとしていく」抽象化されたレベルでいえばまったく同じことをやっているのであり、その深い部分で共通しているものを言語化したものが本書になる。
もちろんそうした習得の技法そのものも興味深いのだが、それと同じぐらい、彼がチェスでいかにして戦い、のめりこんで、次に武術にのめりこみ、それぞれどんな深淵を覗きこんだのかというそれぞれの体験記も面白い。記事に飛んでもらえればわかるのだが、とにかく文章が面白いんだよね。チェスは感覚的に、太極拳は逆に理屈っぽく饒舌に語り尽くしてみせる。これ、本が明らかに面白そうなこともあってあっという間にAmazonで全部はけちまって、いまだに在庫が回復する目処がたたないんだけどね。
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フィクションの次点で取り上げるなら──今月は特にSFで豊作。クリストファー・プリーストの『双生児』は、我々の歴史から変わってしまった「後の」歴史ではなく「今まさに変わりつつある歴史」を描く。第二次世界大戦下のイギリスを舞台にして本書は展開していくが、単なる情景描写であっても引き込まれてしまう圧倒的な描写力、戦争というとらえどころのないものをまるごと包括してみせるような着実な筆致でとにかく読んでいるのがとても気持ちのいい作品である。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
『屍者の帝国』以来3年振りの新刊となる円城塔さんの『シャッフル航法』は文体が冴えに冴えて素晴らしい短篇集。ストーリーが面白いというか、文章を読んでいるのが楽しい、だけじゃなく「文章の並びを見るのが楽しい」までく作品はなかなかないもので、円城塔さんの「シャッフル航法」はその域に達している。『屍者の帝国』映画化に合わせて──なのかどうかは知らないし、『屍者の帝国』が好きだからといって本書に手を出すとやけどをするような気もするが、記事を読んでみればどのような内容かはわかる。
SF以外だと米澤穂信さんの『王とサーカス』がさすがの出来。ネパール王族殺害事件という実際にあった事件を扱いながら、「事実」をただ伝えることの難しさへと挑む。決して派手派手しいわけでもなく、劇的な展開を迎えるわけでもないのだが、米澤穂信さんの今までの経験と技術が総動員された作品のように感じた。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
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ハヤカワ文庫補完計画の一環で新版として出た『大日本帝国の興亡』は第二次世界大戦下の日本の動向を知る為には最適なシリーズだ(全5巻)。終戦後約25年の期間の後行われた膨大なインタビューは、関係者がそろそろ真実を語るにはちょうどいい距離があいた時であり、同時にまだ関係者が死んでいない絶妙のタイミングであったのだろう。今ではこういう本は作れない(関係者が死んでるから)。
読むとわかるが、「戦争がやりたくて仕方がない」と誰一人思っていなかったとしても戦争は始まってしまうものである。当時の日本側が開戦に踏み切ったのは「いまやれば、勝てる可能性はゼロではない。逆に、いま事を起こさねば、絶対に勝てないし、もっとひどいめに遭う」に違いないとする強烈な恐怖感が占めており、多くの人間が反戦へ向けて交渉にも動いていたにもかかわらず、ささいな行き違いや思い違いが結果的にあれほどの被害をもたらす戦争に繋がってしまう。
どのようにして国家というものが戦争へとなだれ込んでいってしまうのか、その詳細が本書には丁寧にインタビューから浮き上がってくる。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
第二次世界大戦つながりで、ナチス・ドイツに大虐殺を受けたユダヤ人が、実は国家的な復讐ではないものの各地で法にのっとらない私的な復讐を遂げていた事実を当事者らへの取材から解き明かした一冊として『復讐者たち』を。テロのように相手の家へ押し入り、射殺した一人の若き男もいれば、組織的に元ナチス兵の収容所の食事へ毒を塗りこみ大虐殺を目論んだ例もある。少人数のチームを組んで、目星をつけた元ナチス兵を一人一人闇夜に紛れて暗殺して回った人たちもおり、「人間がどんな時に復讐を起こし、そこに本人ラはどのような意味と大義を感じているのか」を解き明かしていく過程は実にエキサイティングだ。
ところが本書は最初は企画でもなんでもなく、たまたま編集者が同席した場で二人があって話していたらめちゃくちゃおもしろかったので本にしましょうかという「偶然」の経緯をたどった本で、お互いがお互いの本を読み込んで、両者の良い面を引き出しあっている優れた対談本なのだ。高野秀行さんは最近『独立国家ソマリランド』などで名前が売れ出したエンターテイメント・ノンフィクション作家で、清水克行さんはきちっとした学問的背景を持つ学者で、『耳鼻削ぎの日本史』など一般向けの歴史ノンフィクションを書いている。
最初は高野秀行さんがその経験と自由な発想からおちゃらけた仮説を立て、それに清水克行さんが学問的裏付けや見解を示す「両者の役割がきっちり別れた」対談になるのかと思っていたのだけど、実際の対談では高野秀行さんの研究者的側面が表に出て、逆に清水克行さんからも面白くてわくわくするような仮説がぽんぽん飛び出てくる。結果的に、当初想定していたのとはだいぶ趣がことなるものの、想定していた以上に面白い対談に仕上がっている。
特に戦国時代のような命の危機が隣り合わせの時代では、男性を恋愛対象にした方が床についていても身もお互いに守りあえて(女の人だと守らなくちゃいけないし)合理的だったよね、などの小話的な話題が大変おもしろい。該当箇所はHONZでも無料公開されている。honz.jp
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一冊だけアメコミを読んでいた。
アイルランド人と日本人の間に生まれたハーフの女の子が、母親と暮らす為に日本へとやってくる。ぎゅうぎゅう詰めの満員電車、自動販売機が当たり前に存在する奇妙な風景にいちいち驚きながらも生活をスタートさせたが、突然化け物に襲われ、なぜか自分が特殊な力を発現し、妖怪共が跳梁跋扈する世界で同じく特殊な能力を持つ仲間と共に戦うことを強いられることになる──アイルランド人が日本へやってきて妖怪大戦争に巻き込まれるという状況設定は特異だが、プロット自体はありがちな感じではある。
表紙からある程度察してもらえるだろうけど、色の使い方が美しく画面中に妖怪や謎の力を持った僧を描き入れてみせるなど絵の情報量が詰まっている。英語版しかないけれど、しごく簡単な単語がほとんどなので読めると思うけどなあ。ちなみに水木しげるさんへの言及もあるなど、妖怪リサーチはけっこうちゃんとやっている感じ。
珍しくこれから読む本がけっこう積み重なってしまっている。『意識と脳』はHONZ用にいいかなあと思って買ってきたのだけど、最近ちょっと意識系の本は乱発されすぎてて食傷気味。そんなに新しい実験結果がぽんぽん出るわけじゃあないから乱造されたら似たり寄ったりになってきてしまう。本書はどうかなあ。
『エンジェルメイカー』は、ツイッタで猛烈にオススメしている人がいたので即購入。凄く分厚くて届いた時ちょっと焦った。というかこれ、よく見たら『世界が終わってしまったあとの世界で』(SF作品)の著者だし、帯に「ミステリとしてもSFとしても高く評価された」って書いてあるんだけど、SF度が高かったら嫌だなあ……(読むのが嫌なのではなく、僕がSFマガジンのSF書評欄から取りこぼしたことになるので……)
2015年7月に僕が読んできた本のまとめになります。まず最初に7月の振り返りから。
7月はページビューが多かった。『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』をダシにして文明再興SFを語る - 基本読書、知能の高いヤツがバカなことをする理由──『知能のパラドックス』 by サトシ・カナザワ - 基本読書、アレルギーはなぜ増えているのか──『失われてゆく、我々の内なる細菌』 by マーティン・J・ブレイザー - 基本読書の三記事がbookmark200overでそれ以外の記事もめっぽう読まれているみたいです。
正直な話、別に僕はこれで飯を食っているわけでもないのでよく読まれたからといって何かがあるわけではないのですが「へえ……」と思ったり。原因は基本的には一つだと思っていて、記事名をこれまでは「書名 by 著者名」だけで簡潔に終わらせていたところを、「今世紀最大の面白さ!!!!——『書名』 by 著者名」というふうに、煽り文句・キャプションをつけるようにしたからかなと。
それも当然で、SmartNewsとかGunosyとかTwitterとかFacebookでばーっと記事が拡散されていく時に、クリックする・しないの判断に中身は関係なくて記事名と画像がついていれば画像しかみんなみないんですよね。だから記事名が期待を煽るようになっていれば当然読まれるようになるんですが、まあその分本来だったら引きつけなくてもいい人間を呼び寄せる結果になるのですが。
話の枕に雑記的なことを書いてみました。今月はこれからSFマガジン用の原稿をガリガリ書かなきゃ……まさか「お盆進行」なんていうものがあるとは思わず(というか自分がそういうものに関わるとも思わず)締め切りを自分の想定より前倒しにする必要が出てきた結果ちょっと焦っております(これを書くぐらいの余裕はある)。
というわけで簡単に先月のまとめにいってみましょう。
7月はよく読まれましたなーぐへへという話をしましたがそれに比例するかのように面白い本に出会った月だったなと。まず小説で強くおすすめしたいのはこの一冊。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
ゲイの男の子がノンケと思われる友人にゲイのカミングアウトをしたと思ったら世界には突然『機械仕掛けの鯨が鳴いているような』アポカリプティっク・サウンドが鳴り響く。空には天使が跳びまわり音楽を奏で、衝撃が地面を揺らし雨のようにガラスが飛び散りあらゆるソファやテーブルといった家具やら人やらが降ってくる。天使が喇叭を高らかに鳴らし人の顔を持ったイナゴが地面からはい出す。
めちゃくちゃな状況からはじまる本作はその後も縦横無尽に世界線を移動して言語を根絶せんとする神と言語の力によって戦いを続けていく。言語によって世界を塗り替え、意識・存在それ自体を支配している神にいかにして対抗するのか──。メタSF、言語SF、神狩りへのオマージュ、現実感覚が幾つもの軸で拮抗していく牧野修節が最高水準で楽しめる傑作でっせ。
小説の次にはノンフィクションで現実へ視点を戻そう。『失われてゆく、我々の内なる細菌』は、我々の体内に存在している脳の重量に匹敵する細胞が現在、執拗な殺菌や抗生物質の使用によって損なわれ、その結果アレルギーや肥満などの現代病が引き起こされているのではないかと指摘し、検証する一冊だ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
これはけっこう読まれた記事。なにしろみすずだし、テーマ的に硬いので重要な本だけど知られないだろうなあ……と思いながら書いたので読まれているのには驚きましたね。ブックマークコメントなどでも「怪しい仮説だ」とか、あまり信じないほうがいいとか、アレルギーが増えたのは検査精度があがったからじゃないの? と疑義が上がっていますが、この分野の研究は一人や二人が提唱しているものでもなく、着実に研究実績が上がっている分野なので、僕もそれなりに慎重に書いていますが正しい部分が大きいと思います。
肥満の原因だとか、帝王切開がのちの子供のアレルギー傾向に影響を与えるとかちと怪しい部分もありますけどね。そのあたりはうのみにしなければ良い話で、問題は「本当の影響範囲はどこまでなのか」という正確な(もちろん何にだって限界はありますが)見取り図を描き出すことで、それは今後の課題です。諸君らには本を読むときには慎重になってもらいたいと思っている。
知能の高いヤツがバカなことをする理由──『知能のパラドックス』 by サトシ・カナザワ - 基本読書 ⇐この記事などは特にそうですが、僕は記事を書くのと同時に自分がノンフィクションを読むときにどう「真偽を判断し、判断できない場合は結論を保留するか」という読み方を提示しているつもりです。本には意図的にしろ無自覚的にしろ嘘がたくさん書いてあるからです。それは別に僕が誰かに教育を施しているなどという上から目線の話ではなく、「僕はこうやっている。諸君らはどうだ」という話なわけです。
7月は面白い本が多かったので「それ以外」と一言でいっても「紹介した本全部ここに書きたいんだけど」ぐらいの勢いですが、まあそれだと月まとめの記事の意味がありませんので……。まず一つピックアップすると、『SFまで10000光年』かな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
追悼だとか記念だとかそういう「感傷」を抜きにして純粋にこのエッセイ集をみてもずいぶん面白い。ガッツリとしたオタクだった水玉さんがハマっているものがエッセイのページ(1月2ページ)を埋め尽くしていて、Gガンダムがこの時放映していたんだなとか、エヴァがこの時放映していたんだなとそういう「1990年代〜」のオタク文化の雰囲気(とSFの関わり)がよく感じ取れるエッセイ・コミックになっている。
何より水玉さんは自分が気合の入ったオタクでありながら、そうした自分を突き放してみる視点が一貫していて、ひどくオタク的な話が展開しているのにオタク臭さを全然感じないんですよね。これはいったいなんなんだろう、この適切な突き放し方、距離のとり方は……と読んでいてずっと不思議でした。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
あとは個人的に大好きなのが『軌道学園都市フロンテラ』で。この作品、冒頭からめちゃくちゃに情報量が多く、とてつもない密度で文字情報を重ね世界観を構築していくんだけど、恐ろしく構成がヘタクソ。何がなんだかよくわからないうちに場面が次々と切り替わっていくし、その都度物語に関係あるんだかないんだかよくわからない会話が繰り広げられるから読んでも読んでもなんの話が展開しているのかよくわからなかったりする。
著者が微生物学者なことも手伝って、遺伝子関連の話題の会話は専門的だし、学園で授業が行われていく様子は「著者が行う授業もこんなかんじなのかなあ」と思わせるような納得感がある(もちろん、違うかもしれない)。タカビーでインテリで傲慢な女の子が個人的に好きなんだけど(歪んでいるか?)本作の主人公はまさにドンピシャなヒロインであった。
それでも、それでもである。本書は徹底的に、上記に述べたように非常に専門的に、圧倒的な情報量で「人間の愚かさ」や「地球環境の悪化」などをこれでもかと書いていきながらも同時に「だが」といってのけるのである。だが、と。人類は愚行を繰り返しながらも僕らは月にさえ到達してみせたではないかと。どれだけ読みづらかろうが、構成がヘタクソだろうが、僕はその未来を見据えた強引とさえいえる圧倒的なヴィジョンを買おう。大好きな作品だ。
ライトノベル・ジャンルから一冊選ぶなら田中ロミオさんの『犬と魔法のファンタジー』を。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
もはや冒険することもなくなったファンタジー世界の住民が甲冑を着込んで就活に明け暮れている──という出落ちのような小説で、実際に出落ちなんだけど、就活の話など自分の体験を思い起こしてしまうほどありのままでおもしろ──いかどうかは微妙だが。正直、これをわざわざファンタジーでやる意味があるのかは、最後まで読み終えても、判断に困る。
剣と魔法のファンタジーをパロった犬と魔法の〜の「犬」も、なんか無理やり話に絡めてみましたみたいで「ネタの為だけに存在している要素」が混在していて特におすすめ! というわけでもないんだけど、でもなんていうのかな、こういうの、好きなんだよなあ。ネタのためのネタ、それでいてきちんとフックも作ってくれば、わざわざ就活をファンタジーでやることの意義も一応仕組んでいる。
これからの出版文化を考えるきっかけにもなる一冊で『”ひとり出版社”という働きかた』も面白かった。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
来年はHONZ掲載のものとブログに書いたものでおすすめのノンフィクションをまとめた「冬木糸一の2015年ノンフィクション傑作選」と、ハヤカワ文庫補完計画全レビューをまとめた『冬木糸一のハヤカワ文庫補完計画全レビュー』と、あと『洋書多読エッセイ(仮題)』とSFマガジンに書いたものとかブログに書いたものをまとめた『冬木糸一の2015年SF傑作選』をKindleで出そうと思っているんですけど(多いな)、KDPって基本ひとり出版社なんですよねえ。
ひとりでやるのってすっごく気楽で、最悪「やーめた」っていっても誰にも怒られない素晴らしさがある一方で、人間一人ができることの限界にどうしたってぶちあたってしまう。僕は絵はうまくないし、今は動画つくっているけど動画編集の技術なんかぜんぜんないから「理想」にまったくおいつかないものしかできない。ひとりっていうのは、当然だけど良いこともあればできないこともある。この本はそのことを教えてくれる一冊でした。
バーナード嬢曰く。 2 (IDコミックス REXコミックス)
それでいてSFオタクの神林さんやらといった濃さ・薄さのバランス感覚が絶妙でいろんな層に(観測範囲だと濃い人達がきゃっきゃと喜んでいるのしかみえないけど)受けている(希望的観測)のがいいなあと思ったり。「読書」という行為を軸にしていろんな距離感の人間を作中に取り込んでいるのだ。本を読むなんて誰もが自分の好きなようにやりゃあいいんだけど本作はその「好きなようにやりゃあいい、読書にはいろんなつきあいかたがあるんだ」を肯定してくれるんですよね。
ま、7月はこんなところで締めましょうか。それではみなさん、今月も良い読書を。
2015年6月に僕が読んできた本と書いてきた記事等の振り返り記事になります。毎回毎回思うのだが、一月を振り返ると言っても月のはじめに何を読んでいたのか・何を考えていたのかもうさっぱり思い出せない。書いた記事をみて「ああ、これを読んでいた時かぁ」とか「ああ、そういえばこんなものを読んでたなあ」と思い出す次第である。記事名はなんとなく四文字の漢字しばりにしてみた。
2015年4月号から書かせてもらっておりますが、何しろSFマガジンがどうとかでなく、雑誌に書くのが初めての経験なので編集長である塩澤氏には色々とご迷惑をかけております。まあ3回載せて、あと6月のはじめに打ち合わせをさせてもらったりして「ああ、なるほどなあ……」と腑に落ちるところもあったり。ちなみに7月12日はこのイベントに出ます⇨夏休みにはこれを読め!! ~HONZおすすめする2015上半期ベストノンフィクション~ | イベント | d-labo といっても既に募集は締め切られてますが。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
6月に読んだ本をざっと振り返ると、フィクション、ノンフィクション含めて良い本を読んだ。ケン・リュウの『紙の動物園』は海外SFとしてはここ数年でも珠玉の出来。この前出たばかりのケン・リュウ長編も既に権利が早川で取得されていることが紙の動物園訳者氏のTwitterからわかり*1、恐らく近いうちにその姿を見せてくれるでしょう。流れに載っている時にぐっと出して欲しい! というか、早く日本語で読みたい! honz.jp
ノンフィクションで特にオススメを上げると、HONZで記事を書いた『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』がベスト。文明が一旦崩壊したあと、いかにして文明をリスタートさせるのかをテーマにして書かれた本。文明が崩壊といっても、種やらトラクターやら、結構利用できるものは残っている想定だったり、仔細にわたる手順が踏まれているわけではないが、そこはまあ一般向け科学読み物なのだからといったかんじか。ちなみにこれは先日、人気に乗じて文明再興物のSF語りをしたりしている。書いてて楽しかったな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
さて、それではその二冊以外はダメダメだったのか? といえば、それ以外も凄まじい粒揃い。たとえば江波光則さんという長年ライトノベル・ジャンルで活躍してきた作家が早川に進出した第一弾『我もまたアルカディアにあり』は、江波光則イズムを明確に押し出しながらもSFとして成立させている、なんていうのかな、SFに新しい流れを付け加えるような手触りの良い作品だ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
ノンフィクションも粒揃いであれもこれもあげたいのだが幾つか厳選すると、まず殊能将之さんがネットに書いていた文章をまとめた『殊能将之 読書日記 2000-2009』が素晴らしく良い。扱っているのは主に未訳のフランスミステリや英米SFの数々で、うわーここで紹介されているの面白そうと思っても読めない(翻訳されていない)のだが、ここにはまさに「読書日記」と題するのがふさわしい、本と共に呼吸し、本と共に風呂にはいるような読書漬けの日々が、純粋な読書の喜びが表現されている。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
日記系でもう一個あげると(僕が日記を好きだからぽんぽん上げたくなってしまう)江口寿史さんの『江口寿史の正直日記』の文庫もまた良い。何しろ締め切りは守らない……というより守れない、やる気が出なくて出なくてもうどうしようもない、原作の大先生には滅茶苦茶に怒られ、挙句の果てに見捨てられ、当然編集には呆れられ、という生活が丸々書かれている。あまりにダメ人間過ぎるが、嫁と娘がよくできた存在でこの荒れくれた日々に癒やしを与えてくれる。これを読めば誰しも「まだ自分のほうがマシやん」と思うはずだ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
紹介としてはあんまり書くことはないんだけど単純に面白かったのが『ホワット・イフ?:野球のボールを光速で投げたらどうなるか?』。とんでもな質問に科学的な回答を返す(時々返さない)本で、これが回答のレベルは勿論質問のレベルも高くて面白い。たとえばFacebookで死んだ人のほうが生きている人より多くなることがあるとすればいつ? とか。こういうのって質問のセンスが大事だ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
『マッドマックス 怒りのデスロード』を観た。尊厳と自由を失った者共が、その回復の為に一旦は逃げ、その後反抗に転じるというただそれだけの単純な構造でありながらも込められた情報量は多く、どのシーンを切り取っても完璧に決まっている。何より荒れ果てた砂漠を延々と、原形が理解できないほど改造された車やバイクで走り続ける情景が美しい。
逃げるときは「うおおおおおおおおおおおおお逃げろおおおおおおおおおおお」とテンション250パーセントで展開し、その後一旦物語の流れが停滞し「え、どうしよ……」とテンションが60パーセントぐらいになったあと一瞬でポジに反転し「うおおおおおおおおお反抗だああああああああああああああ」と再度250パーセントのテンションになってそのまま駆け抜けていく。全編見せ場であり、逆に言えば気の抜きどころがない、テンションの落差による興奮はないともいえるのだがそれはそれ。
ゆうきまさみ 異端のまま王道を往く (文藝別冊/KAWADE夢ムック)
1クールが終わりましたね。最後まで観たのは今のところジョジョとFateだけかなあ。てさぐれスピンオフはまだ最後まで見ていない。途中で監督の交代などケチがついてしまったのが惜しい。作品もスケジュールの遅れが最終的な完成度に大きく影を落としており、お世辞にも褒められたもんじゃないです。
それでも、悔しいがてさぐれは面白い。石ダテ監督のピーキーな部分が隅々まで行き渡っている。それだけに様々なリソース不足や外部要因によって作品のクォリティが最大パフォーマンスを発揮されていないのが残念であります。
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どこをどう削るのか、アニメにする際の最適な表現とは何なのか、いろいろなパターンを見せてくれた二作品でもありました。そういう意味で言えば同じく漫画からのアニメ化であるシドニアの騎士は元々セリフ量が(特に戦闘中は)少ないこともあって違和感なくハマっていました。
さてさて7月に入ったところだが、もう続々と面白そうな本が手に入ってきていて楽しみで仕方がない。たとえば『太陽・惑星』を書いた上田岳弘の新刊『私の恋人』。あのグレッグ・イーガンの新作『ゼンデギ』。創元SF文庫の新刊『軌道学園歳フロンテラ』、吉上亮さんによるPSYCHO-PASSスピンオフシリーズであるGENESISの第二巻、年刊日本SF文庫傑作選である『折り紙衛星の伝説』。『折り紙衛星の伝説』はたぶん、いつか、そのうち、この数ヶ月以内に読書会をやりたいなと思っております。
ノンフィクションでは『その〈脳科学〉にご用心: 脳画像で心はわかるのか』と『記憶をあやつる』がそれぞれ楽しみだ。上下巻で5000円以上出して買った『武器ビジネス』は次のHONZ更新用にしようと思ってたのに翻訳があまりにも酷すぎて、読み通すことが不可能でした。これは相性が合う合わないではなく、単純に翻訳として成立してないです。読もうと思っている人は注意。
ま、今月はそんなところかな。それでは今月も良い読書を。