基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

後宮小説/酒見賢一

 どんな馬鹿でも真実を語ることは出来るが、
 うまく嘘をつくことは、かなり頭の働く人間でなければならない。

                    サミュエル・バトラー


感想


だ、騙された。還付金なきまでに騙された・・・。じゃなかった、完膚無きまでに騙された・・・。嘘の中に事実を混ぜるとそれっぽくなるとよく言うが、嘘の中に混じっている事実までもが嘘だということになってくるともうこれどうしようもない。


だがよく考えてみれば、そこらへんのファンタジーなども、言うまでもなく全て嘘なわけで。これもそうだ、といわれてしまえばその通りなのだが、騙された! という気分はどうしてもぬぐえない。もっとも気持ちの良い嘘である。ファンタジー小説にむかって、こんなのは事実じゃない! と怒る人がいないように、この小説を読んで騙されたからと言って怒る人間もいないであろう。ただ実害をこうむった場合はわからない。


そもそも自分だって、信じ込み、読み終わった後、こんな面白い中国史があったのに何で知らなかったんだろう? と最初に思い、次に早くこの時代の本を読もうと行動を開始しようとしていたのである。幸い調べたり、捜したりする前にこれが虚構だということに気づき事なきを得たが、信じ込み他人に話したり、実際に本屋でこれこれこういう本ありませんか? などと恥をさらした人間は怒るかもしれない。


さぁネタバラシ、これは全部ウソでしたーといわれてみればそれもこれもあるわけねーだろ、というような描写ばかりなのであるが、マジックなんかと同じで重要なのはタネであって、枠組み自体は非常に単純な話なのである。


これが全部ウソである、と知ったうえでの突っ込みならいくらでも出来る。まず銀河って名前はないだろから始まってそんなおちゃらけた皇帝はいない、ていうか人物造詣が全部ありえなくね? などと突っ込みまくれるのだが、いかんせん作品の中で歴史書に書いてある、などと書かれるとこちらとしては信じないわけにはいかなくなる。そこまで疑い出したら信じるべき基盤がなくなってしまう。


ただ、気持良くだまされたといっても読んでいる最中かなりの疑惑にさいなまれる事になった。ふむん、確かに歴史書に書いてあるぐらいなのだからそうなのだろうが、それにしたって話がめちゃくちゃすぎるだろ、と思いながらずっと読んでいた。正直、読む終わった時の爽快感はあまり感じられなかった。良く練り込まれた素晴らしい作品、という評価とは程遠い、というのが一番最初であったが、ネタバラシによって評価がはねあがった。だがそもそもおかしいところばかりだったので読んでいる最中にいまいち盛り上がりに欠けるというのはどうにも、もったいないという他ない。


そういう意味では最初っから最後まで完全にだまされたとは言えないのかもしれない。全体的に付きまとう違和感みたいなのは、明確に意識していなかったとしても感じ取っていたのであるから。そのせいで作品を純粋に楽しめなかった。これならひょっとしたら、最初からこれは全部ウソであると知ったうえで読んだ方が楽しめたかもしれないと思ったほどである。


コミューンが皇帝だというのがわかった場面はその最たる場面だろう。純粋に物語を楽しみたいのならばそこはうおおおお! と興奮する場面であるが、頭の片隅でそんなのありえねーだろ、と言っている自分がいるのである。基本的にいつもはそういうネガティブな側面は抑えつけて物語を純粋に楽しもうと努力する。そうした方が得だからだ。


あまりにも突拍子もないとどうしようもない。一応説明はつく。歴史書にそう書いてあったから。歴史書というものは嘘ばかりふくまれているもので、逆にウソが無いと歴史書として認定されないのではないか? というレベルだ。どんな突拍子もない出来事でも歴史書にかいてあったから、というだけで全てありえることになってしまう。たとえ神がおりてこようが宇宙人が来襲しようが多分自分はそれを信じただろう。ただこの場合、信じたとしてもそれは歴史書のウソを信じたのであって、騙されたというわけではないのかもしれない。コミューンが皇帝だというのは、宇宙人が下りてきた、よりは現実っぽいけれどもそれでも十のうち九は嘘だろう、というレベルのウソである、と認識している。それだけに微妙な感情の揺らぎが生じる。完全に笑い飛ばすわけにもいかず、かといって信じがたい。


そんなあやふやな状況で読み進めてきたのである。後宮の女が団結して戦うというのも、限りなくウソクセェと思ったがそう歴史書に書いてあるんだから仕方ないと納得しながら読んできた。なんかこう、ノリきれないのである。うぉぉぉ! いけぇぇぇ銀河! ぶっ殺せ! というようなノリにどうしても持って行けない。ふーん、というところ止まりである。


墨攻でも思ったが人物設定がどいつもこいつも単純に過ぎる。個性を無理やり与えられたようなキャラクターはどうにも好きになれない。


読んでる最中はそんなこんなで正直そこまで面白いとは思えなかったのだが、やはり重要なのは最期のネタバラシだろう。これによって、あぁ、あの場面もあの場面も全部ウソだったのか、と全てがファンタジーとして再評価されてつまらなかった場面も一転して面白い場面となった。一つの疑問は、最初からファンタジーだと全て了解のうえで読んでいたらわざわざ再評価するまdめおなく面白いものとして読めたのではないか? というものだがこれも読み終わってしまった今となっては考えるのもバカらしい問題である。