基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

発狂した宇宙/フレドリック・ブラウン

フレドリック・ブラウンといえば本書「発狂した宇宙」と「火星人ゴーホーム」の二作品がフレドリック・ブラウンの最高傑作と名高いと解説で筒井康隆が書いている。天の光が入っていないのが個人的には悲しい。確かに言われてみれば、SF性という点からみれば天の光はかなり地味な話だものな。

本書は多元宇宙ものである。今でこそ多元宇宙ものといえばありふれた題材のように思えてしまうが、これが発表された当時は、多元宇宙なんて、相当珍しかっただろう。あったのかどうかすら疑わしい。というか最初に多元宇宙ものを発表したのはだれだったのだろうか? 筒井康隆も書いているが、多元宇宙という基礎知識をまったく持たずに読み始めたならば、極上の謎が待っていて、謎が解明される場面はよだれもたらさんばかりに興奮できるのではないか。量子力学自体は1900年にすでにできていたらしいから、この世界には無数に平行する世界があるというネタ元はすでにあったのかもしれない。

表紙がどうにも古臭くて、読みはじめるのを躊躇してしまった。しかし読みはじめて、自分の情けなさを恥じる。表紙に惑わされて読むのをやめるなんていう、悲劇は起きずに済んだ。ついでに言えば火星人ゴーホームの表紙も、なんとも読みたい、という気分を起こさせるようなものではない。古臭い・・・。

この本が書かれた時代はまだアポロも月にいっていない。火星に生物がいないとNASAが発表してもいないし、宇宙は未開拓だ。だからこそ月に生物がいるという設定も書けるし、火星にも〜とどんどん広げていくことができる。今のSF作家が月には原住民がいた、という話を書いても、あまり受け入れられないのじゃないかなぁ。っていうか普通そんな設定はやらないだろう。だからこそ科学が発展したらSFは終わりだ、なんていう人間がいたのであるし、信じる人間もいたのだろう。だが、本書でも、恒星間宇宙船が個人で購入可能な時代でもSFはちゃんと根付いていたのだ。それだけでうれしくなってしまう。現に、月に人類が降り立っても、火星に生物がいないことがほぼ確認されても、SFは面白いし、さらに言えば色々な新たな事実が明らかになるにつれてSFはむしろ幅が広がっているのではないか、という気さえするのである。

イデアの一つ一つが奇抜である。たとえばテレポートの手段がミシンの配列を変えることによって生まれたり(日常的な用品の配列を変えたらテレポートできた、というネタを何かのSFで読んだような気がするのだが、これが元ネタだったのかな?)、月人、火星人、金星人の設定もそうだ。けっさくなのが、火星人が宇宙飛行の方法を開発できなかったのは、常に裸で服をつけないために、ミシンを持っていなかったからだという馬鹿げた話である。なんでそこまでミシンにこだわるのだよ。

読み始めたら止まらないのは天の光はすべて星のみの特徴ではなく、フレドリック・ブラウンの特徴だったらしい。違う宇宙に飛ばされて、何もかもわからない状態から手さぐりで動き出したにも関わらず、咄嗟の機転でピンチを乗り越えていくキースには舌を巻くと同時に、冒険物の興奮を与えてくれる。押し寄せてくる謎はまるでミステリーのようだし、まわりには月人やなんやかんやが満ち溢れている。

1ページ目に書かれているニュースが、一番大事な伏線だったと誰が気付く事が出来ようか、とはいうものの、勘がいい人ならすぐに気付いたかもしれない。あろうことか自分はこの何よりも重要な1ページ目をありがちな導入部だ、と特に注意も払わずサラっと読み流して、ここで浮かんだ疑問はすぐに解消されるさ、とばかりに先に進みそれっきり1ページ目の存在を忘れてしまっていたのだ。

結局キースは、自分に都合のいいように改変された世界に戻ってくるのだがそこで悩んだりはしない。たとえば、これは確かに自分が元いた世界より恵まれているが、自分がいた世界じゃない! と絶望に駆られる場面は書かれないし、自分が消えてしまった世界の、キースの知り合いは悲しむだろうなんて書かれもしない。なかなか素晴らしい精神の持ち主である。世の中に無限の宇宙がある、などと知ってしまったあとではそれも致し方なしだろうか? 無敵超人では全然なく、かなり狂っている部分もあるのだが。

 狩猟のほうがずっといい。とくに、こういう種類の狩猟はごきげんだ。人間狩りというのは、まったく初めての経験だった。

猟奇的な男である。あまりお友達にはなりたくないタイプだ。人間狩りを前にして興奮するようなヤツは。それにこいつが犯した致命的なミスはあまりにもバカげていて、今まで積み重ねてきたちょっとできるやつ、というこっちの評価を完全に覆しかねないものだった。まさか自分が過去に書いた小説をそのまま書いて、自分に持っていったらその自分も書いていて疑われるなんていうポカをやらかすとは思いもよらなかった。それにしても世界について何の知識も持っていなくても、相槌だけでなんとかやっていけるものだなと感心した。