基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

φは壊れたね/森博嗣

 主体は世界に属さない。それは世界の限界である。
 世界の中のどこに形而上学的な主体が認められうるのか。
 君は、これは眼と視野の関係と同じ事情だとい言う。だが、
 君は現実に眼を見ることはない。
 そして、視野におけるいかなるものからも、それが眼によって見られていることは推論されない。

Gシリーズ。各所で批判されているがめっぽう面白かった。前シリーズを読んでから大分たっていて、キャラへの思い入れなんてものが皆無になっていたからこそ楽しめたのかもしれない。萌絵と犀川がどうなろうが、今となっては何の興味もない。ただリアルタイムに追いかけていた人は、キャラのその後が気になったのだろう。
Vシリーズのように、ほとんど出てこなくていいぐらいだが今回のシリーズでは結構出てきそうである。

今回の引用元はウィトゲンシュタイン論理哲学論考』この思想が根底に流れていると思うだけで、面白いのだが楽しみ方がなんとも違う気がする。つっても一回たりとも読んだ事ないのだが。毎回森博嗣の引用に使われる本を読んでみたくなる衝動に駆られる。ある意味、解説的な意味で使っているところがある。たとえばこれとか

 死は人生のできごとではない。ひとは死を体験しない。
 永遠を時間的な永続としてではなく、無時間性と解するならば、現在に生きる者は永遠に生きるのである。
 視野のうちに視野の限界は現れないように、生もまた、終わりをもたない。

そそられる。読みたくなる。だが実際読み始めると、こういった面白い、興味深い文章にいたるまでに数々の難関を乗り越えなければいけない。論理哲学論考を翻訳した人の哲学入門書は読んだ事がある。結構凄い人だったのだなあ。まあ何にしろ、近いうちに読んでみることにしよう。

どうでもいいが今回は頑張って推理してみた。どうしても論理的に考えるというか、注意して読むのがいまだ練習不足なのでどうしても論理のアクロバットを起こしてしまう。たとえば最初の論理哲学論考の引用文は、語り手の山吹くんが犯人だという証拠ではないか!? とかむちゃくちゃな考え方を展開して泥沼化していぃ。結局ネタバラシまで何にも推理することができなかった。練習不足とかじゃなくて本当に向いてないのじゃないかと落ち込む。そういえばミステリで犯人がわかったこと一回もないなぁ・・。どうでもいいけれど、シリアルキラーのことをシリアルキラと書かれるとどうにもかゆいのだ。そちらの方が正しいことはわかるのだがなんとも言いづらいではないか。

謎は密室である。密室密室密室。ずいぶん昔に密室とは何かというテーマで長々と考え込んだ時期があったような、なかったような。本当の意味での密室なんて無いのである。ってそんなこと今さら言うまでもないことだ。そういえば動機も説明されていなかったな。キャラにも興味がないし動機にも興味がない。いったい何を楽しみに読んでいたのかと自分に問いたいぐらいだ。論理哲学論考の引用文が読みたいために読んでいたようなところもある。だったら論理哲学論考を読めよって話ではあるのだが・・・。

ストーリーのことよりも、キャラについてでも書こうか。とりあえずシリーズ一作目であるし。今回の探偵役であるところの海月君はなかなかいいキャラしている。普段あまりにも喋らないので障害者かよ! と思わず突っ込みを入れたくなるぐらいだが。最後長々と加部谷に向かって話しかけるところは思わず笑ってしまう。そんなにウザかったのかね。説明を大量にしなくちゃならないことにいら立っているような感じがする。

山吹くんのキャラがいまいちつかめないなあ。なにせ最初の方で、きっとこいつは犯人に違いないと偏見を持って読み進めてしまったために、ジャンプでどうせ打ち切られる漫画だから、と読むのをやめてしまうように山吹くんについて考えるのをすっぱりやめてしまった。どうせ次の巻では刑務所に服役中だろ? こんなやつどうだっていいぜ! とばかりに。なんてアホなんだ。タイムマシンがあったら過去に戻って張り倒してやりたい。あとなんか過去作のキャラクタが幾人か出てきた。まあ成長しているな、という感じ。ちゃんと作品世界で歳をとっていく。それはとても素晴らしいことだ。作中で加部谷も言っていたが、時間の流れを意識させると現実感を伴う。