基本読書

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時砂の王/小川一水

時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)

時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)

 信じられん。薄いし、まぁ適当にさらっと読み流そうかとでも思って読み始めたのだがそんな軽い話ではなかった。時砂の王ということで、時間SFものである。数々の時代に飛び、人類の敵ETとの戦いを繰り広げる。果てしなき時の流れの果てにはテロリスト側からの視点で書かれていたが、こちらはメッセンジャーと呼ばれる世界を守ろうとする側である。だが仮に世界を救ったとしても因果律の関係から彼らはもう二度と自分たちの故郷へ戻る事はかなわない。淡々とした文章で語られていく内容は、時間SFが持つ妙に身構えてしまいそうになる感覚を払拭してくれる。妙に時間SFというのは時間というものを強調してきて、読む者に緊張を強いるものだが(あくまで個人的に)今回に限って言えば至極普通に読み進めることができた。身構えてしまうというのは時間SFの理解のしづらさにも原因があるだろう。因果律だったり、タイムパラドックスだったり、様々なややこしい問題が持ち上がるのだが、結構あっさりと説明されているおかげかもしれない(読みやすいのが)

 第六大陸がまず小川一水の傑作であるだろうと思っていたが、意外なところに伏兵がいたものだ。第六大陸に勝るとも劣らない傑作であることはもはや疑いようもない。もちろん単純な比較ができるものではないけれど。当初はあまりの薄さに、桜庭一樹が書いたブルースカイのような尻切れトンボというか、なんともいえない終わり方、まとめ方になってしまうのではないかと危惧したものだったが余計なお世話だったようだ。やはりぶっ飛んだ設定をうまく安定させてまとめあげてしまう能力が卓越している。安心させてくれるのだ。

 まだ小川一水の作品を第六大陸と復活の地しか読んでいないからこの二作品としか比較できない。どちらの作品も恋愛要素が本当に単純で意外性を感じさせないのではあるが、今回はすんなり理解できる恋愛の魅せ方となっている。最後の終わり方も思っていたものとは違って、前二作とは違った雰囲気を見せてくれる。これは何も恋愛要素に限った話ではなくて、全体的な印象の変化として表れている。まるで高校生活がスタートして高校生デビューを果たした不良か何かのように(たとえがぱっと思いついたものでひどいが)前の小川一水の面影を残しながらもより一層ストーリー展開に無理がなくなってきた。

 そういえば第六大陸ではヒロインの女の子は大金持ちでやたらと身分が高いし、復活の地はなんと天皇だし、今回は卑弥呼ってどいつもこいつもやけに位が高い・・・。必然主人公はそれより下という立場だったのだけれども、今回はまた別次元の立場である。そこも今までと違った展開である。それから表紙を見た時はファイナルファンタジーのような重厚なファンタジーRPGを想起させる。古い時代を感じさせる卑弥呼に、闘技場から抜け出してきたようなごつごつした戦士。どう考えてもミスマッチなはずなのに、不思議と違和感を感じさせない。

 読みはじめてからの話にはなるが、目次に書かれているStage448の意味がわかってからは人に歴史ありというかなんというか。今まで王が背負ってきた悲しみが書かれてはいないものの感じ取れるようになる。過去と未来が入り混じって物語にどんどん厚みが増していく。忘れてしまいそうな細かい伏線も回収して非常にうまくまとまっている。あぁ、何はともあれ本当の傑作を人に伝えるというのは言葉だけじゃ伝えられないもので、ただひとつうまく伝えられる方法があるとするならば「読め」と一言で表すしかないのだ。万と言葉を尽くそうが「読め」に勝る一言はない。元々人に読んでもらいたくてこんな文章を書いているわけではないのだが(もし読んでもらいたかったらもっと他に方法があるだろう)思わず人におすすめしたくなってしまう傑作というのはあるものだ。いつもだったら内容についてあーだこーだと書き散らすところだがなにもわいてこない。できる事ならば読んだ記憶をなくして、もう一回読んでみたいものだ。