基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ダブルダウン勘操朗/西尾維新

ダブルダウン勘繰郎 (講談社ノベルス)

ダブルダウン勘繰郎 (講談社ノベルス)

 芽生えつつある才能にとってシェイクスピアを読むことは危険である。
 シェイクスピアは否応なしに彼らをして自分を操作させる。──ゲーテ

 読み終わって気がついたが、名前にも意味があったんだな。JDCシリーズのトリビュート作品である。読了した時は多少怒っていた。舞城王太郎九十九十九アナグラムやらメタ的世界やらを駆使したJDCというよりも清涼院流水作品共通の特徴を持たせていたのに対し、この作品にはJDCといえば出てくるのは名前だけで、JDCの探偵の名前さえ一回も出てこない。本当にただ世界観を借りたというよりも、別にJDCトリビュートじゃなくてもええやんと突っ込みたくなってしまうぐらい普通の西尾維新の作品だと最初は思った。JDCの探偵が出てくるのだが(それもオリジナルキャラ)そいつらが何だかJDCの人間っぽくないのである。何しろこいつらときたら自分独自の推理方法を持っていない。それだけで万死に値する。しかも作中で起きた探偵連続殺人事件をJDCの人間が誰も解決できなかったという設定になっているが、お前ら九十九十九のメタ探偵神様がいるのに事件を誰も解決できないなんてアホなことがあるかい! と突っ込みたくなった。超絶推理の鴉城だっているのに・・・! うん、だが意外と勘違いしている部分もありそうである。独自の推理法がないと書いたが、少なくとも勘操朗にはある。そのまま名前の通り、勘を操るのだろう。直感推理とでも言おうか。勘操朗にあるんだから、表記されていないだけであやめにもむつみにも、実はかっこよさげな推理方法があるに違いないと思うわけである。アナグラムも一応むつみと樒で何かがあるみたいだし、あながち何にもないわけではないのだけれども。ああ、それに一応小説というよりも、作中の報告書という感じなのでメタ的な視点もありだな。意外と流水的要素を網羅している。だが参考文献に流水作品を持ってくるというオチを用意しなかった点で舞城王太郎に二歩も三歩も劣っている事は間違いない事実だ! とも思うんだけどやっぱりここで出てきた探偵を憎む理由ってのがJDCまんまやんと突っ込める感じで、これはこれでありなんだよなあ。事件そっちのけで歩いたり消去したりわーぎゃーやってるJDCの探偵たちを憎む気持ちもそりゃわかるぜ。

 勘操朗の純粋な発言、言っていることは正しいのだが言い方ってもんがあるだろというような発言の数々に多少辟易したものの、短いので特に問題もなく付き合いきれた。別に正しいことを言うだけならいいのだ。しかしそれに一々むつみがあぁ・・・私ってダメなのね・・・とか、勘操朗の言うことを全面的に肯定して徹底的に自分を卑下する姿勢が気持ち悪くてむつみだけは最後まで好きになれん。何よりこんなぼんくらが第一班の探偵だということに怒り狂ってしょうがない。それにしても、冒頭のゲーテの引用文は誰を暗示しているのだろうか。芽生えつつある才能っていったら、この短くて登場人物も少ない小説に出てきた中からいうと勘操朗しかいない。となるとシェイクスピア役は誰だろうか。JDC・・・?