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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

現実も怖いけど、非現実にもパンチ力があるし……──アイアムアヒーロー

アイアムアヒーロー 1 (ビッグコミックス)

アイアムアヒーロー 1 (ビッグコミックス)

アイアムアヒーロー 2 (ビッグコミックス)

アイアムアヒーロー 2 (ビッグコミックス)

 これはヤバイ。もうヤバイ。何がヤバイって、読んでいて何度も恐怖でのけぞる。それぐらいヤバイ。

 主人公は、35歳で半年間だけマンガを連載していたこともある男。現在は漫画家のアシスタントをしながら、自分の漫画ネームを描いている。でも連載ネームをいくら持っていっても、「主役が脇役にしか見えない」といって突っ返される始末。

 漫画家の世界は考えてみると結構狭い。アシスタントの場合、毎日会うのは同じアシスタント仲間と先生ぐらいだろう。しかも忙しいときたものだ。漫画家の先生ともなれば色々なパーティーに招かれるものなのかもしれないが(三浦健太郎さんとか見てるとそんなこともなさそうだ)ただのアシスタントじゃあそうもいかない。毎日同じ場所にいって、まったく同じ人間と顔を突き合わせて、延々と椅子に座って絵を描くのだ。これはキツイ。女の子と出会うのも基本的にはアシスタント仲間しかいない。その女の子も、大抵元彼は別のアシスタント、あるいは漫画家。そして付き合ってみれば彼女は前の彼氏の漫画を読んでおもしろーい! あなたもこれを読んで勉強したら? とかいっちゃう。善意ってのもあるんだと思う。つまらない時はつまらないと言ってあげたほうがいいし、面白いから勉強しろっていうのも早く連載を取ってほしいことへの善意だ。でも男っていうのは割とみんなプライドが高いもので、自分は結構イケメンで、自分には結構才能があるとうぬぼれている(決して口にはださないが)。そんな男に向かって、同じアシスタントの彼女が〜〜の漫画おもしろーい、とか言おうものなら、しかも自分の漫画を面白いと思っていなかったら、何かいろんなものに押しつぶされそうになるだろう。

 漫画家を目指す人だったら誰でも面白い漫画が描きたいにきまっている。たとえば「わーい! つまんない作品が描けたぞー!!」なんていって誰も喜ばないように。でも、面白いものが描きたい! と思っても必ずしも描けるわけじゃあないのが芸術の世界なのだ。これはほんとに恐ろしくて、人に認められたくてその手段がもう英雄には漫画しか残されていなくて、でも人に認められる目的、その手段としての漫画はいつまでたっても面白いといわれない。何をどうすれば面白くなるとか、そんなこと誰にもわからない。自分の進んでいる先があっているのか間違っているのかもわからない世界を手探りで進んでいく。そりゃあまるで地獄のようだ。漫画家の世界は基本的に実力勝負なのだろう。勝負が一元化されてしまっているように見える。「漫画が面白いやつがヒーローで、漫画がつまんねえやつが脇役だ」みたいに。そこで競い合う敵を、ともに切磋琢磨できる仲間とみなすか、ただの敵とみなすかで世界はガラリと見せ方を変える。でもまだ英雄の周りは敵だらけ。彼女はプライドを傷つけるし、自分のことを認めてくれるのは自分よりも面白い漫画を描くヤツで仲良くするのはプライドが許さない。まあ、それを受け入れちゃえばいいんだろうけれどそれが出来ないから苦しんでる。

 一巻で本当に怖いのは、この残酷な世界への息が詰まるような緊張感なのだよね。これに対して二巻からは、物質的な意味で怖い。普通にボコボコ人が死ぬし、そんな状況じゃあもう「人間関係の不安が〜」とかそんなヌルイこと言ってられなくなる。一巻ではあれだけ強調された幻覚も、もうほとんど出てこない。でもだからこそ怖い。結局どっちも怖いんだな。その恐怖は、作中でもこんなセリフであらわされている。

 俺の妄想もかなり怖いと思ってたけど現実の中の非現実ってのはやはり現実であってパンチ力が違うっていうか……

 そうなのだ。現実も怖いけど、非現実だって怖い。で、そのダブルパンチで攻めてくるのがこの「アイアムアヒーロー」。だからこそ、めちゃくちゃ怖い。
 こっからは思いついたことをグダグダと書く。まず圧巻だったのが第一話。変な男が部屋に入ってきて、変なダンスを踊って、飯を食って、幻覚と会話して、怯えまくっていて、なぜか散弾銃? みたいなのを出してきて「アイアムアヒーロー。」といってそのあと女子アナを見て寝る。正直いって一話だけ読んでも何一つ意味が分からなくて、最初は「この男は強盗か何かか…?」とか「この幻覚はいったい…?」とか色々考える。一人しかいないからセリフがあまりないんだけど、その分絵で見せる。まるでその世界に自分がいるような、という形容がほめ言葉なのかわかんないけどそんな感じ。

 一巻は幻覚がばんばん出てくるのだけど、その演出がうまいので読んでいると常に「これは現実? 幻覚?」と考え続けなくちゃいけない。それが凄く不安定で、良い。

 この話は英雄が本物の「ヒーロー」になっていくまでの話なのだけど、最初はそれは「漫画家」になることだと思っていた。途中で英雄も今までの鬱屈が爆発して、「俺は英雄じゃなくていいんだ。せめて自分の人生ぐらい主役になりたいんだよ。」とかいってへたり込んでいるし。その直前には1冊100万部売れたら5000万円だぞ!! というセリフもある。でも違った。漫画家になって成功できるような世界は崩壊してしまったた。そういえば「G線上ヘブンズドア」では漫画家に対して「この世界は読者が花。オレらはそれをひきたてる草だ。どうせなら、名ワキ役になろうぜ」という場面があったけれども、漫画家になることは決して主役になることではないのかもしれない。

 英雄がヒーローになるのは漫画によって、ではないらしい。じゃあ何によって? と思っていたら、2巻の最後では一応その道が書かれている。敵に対して、銃を持っているというだけの話なのだが…。もちろん優位には立てるだろうが、銃を持っているだけでヒーローになれるとは到底思えない。何しろ敵はほとんど人間全員なのだ。仲間がいればまた別だろうが、英雄には仲間もいない。あくまでも今のところは。しっかし英雄が漫画家、っていう設定はどこかで生かされるのかなー。今のままだと漫画家だったことなんて、ほとんど何の意味もなくなっちゃいそうだけど。気になるのが一巻で出てきた「名作とは100年たっても読まれる作品だ」っていうセリフ。人類が全滅しかかって英雄の漫画が100年後にも人類の希望になって読まれ続けるとかだったらすごくおもしろいなーとか色々妄想している。