基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ゼロ年代SF傑作選

 めちゃくちゃ面白い! SFはずーっと面白いと思ってきましたけれども、読んでいたらやっぱりSFってスゲェ面白い!! と再確認させてくれるような短編の数々。アイデア、文体、テーマ、どれをとっても特徴的な作品の数々で、凄く感動しました。SFはやっぱり、自由なのだ、と感じます。小説なら、何をやってもいい。文字なのだから、出来ないことは何もない。ただ想像すればいい。リアリティのあるいわゆる文学、近い現実には、近すぎるが故に見えてこないことがあって、だからこそわたしたちはSF的想像力のうえに蓄積された、遠く離れた未来の中に、むしろよりリアルに現実を感じることが出来る。そこがSFの醍醐味だなーと、思います。

 表紙が素晴らしいです。イラストは、たぶんハーモニーの表紙を書いた人でもあるシライシユウコさん。二人の女の子がいて、その二人の関係性とかを想像すると幸せな気持ちになります。投げ出された素足が、えろい!! あと、何故かクロネコもいたりして。でもクロネコといえばSFだよなぁと思ってしまうのは、きっと神林長平の『敵は海賊』の影響。SF系の文庫を手にとって、いいなぁと思ってカバーデザインを見ると大抵岩郷重力の名がある。最近ではもはやめくるまでもなくわかるようになってしまった。

 『ゼロ年代SF傑作選』の説明に移ります。ゼロ年代とは2001年から2010年までの期間を指していて、その間に発表された秋山瑞人冲方丁海猫沢めろん桜坂洋新城カズマ西島大介長谷敏司元長柾木ら計8人の短編が収録されています。すでに強調しているように、どれもこれもめちゃくちゃ面白いのですが8本の短編中、短編自体独立した作品になっているのが海猫沢めろん秋山瑞人だけというのは少々偏りすぎじゃあないかな? とも思います。特に桜坂洋の作品は、本編である「スラムオンライン」の影響が大きいだけに未読だと色々減ってしまうのでは……とか心配してしまったり。それ以外の方々は本編におけるスピンオフとはいっても、一個の作品として楽しめます。あ、でも元長柾木さんの作品はちょっと戸惑うかもしれませんけれども…。本編読んでも何言ってるのかよくわからんので。下からは、八編分感想を書くと、とても長くなってしまうので特にお気に入りの二作品選んでぐだぐだ書いています。

一番衝撃を受けたのは、海猫沢めろん

 どの作品も本当に面白いので「一番面白い作品」は決して決められないのですが、「一番衝撃を受けた作品」は決められる。それがなにかといえば、海猫沢めろん氏が書いた「アリスの心臓」で、これがぶっ飛んでいた。いったいどこがそんなに衝撃的なのかと言えば、小説のフォーマット? そんなものがあるとすればだが、それをまったく踏みにじって行く。キャラクターのセリフには「」を使うというのはお決まりだが、それすら守らない。それどころか、とあるギャルが喋る時その語尾には必ず(ふわふわ)という謎の擬音がつく。こんな感じだ。 よろしくー! あたし佐々倉さくみ!(ふわふわ) ふわふわって、なんじゃい!! どこがふわふわしとんじゃ!! ちちか!! ちちなのか!(おい

 もちろんこの作品が試している小説を書く上での実験は、セリフに「」がつかないとか、語尾に(ふわふわ)がつくとかだけではなく、作品の構造についてであったりもっと視覚的な言葉の扱いであったりと様々だ。複数の現実があることを表す為に、言葉が二重になっていたり、円環構造になっていることを示す為に文字が∞字になってそれ自体で完結しまっていたり、説明してもわからないだろうから見てもらうしかない。言葉の話なのに、見てもらうしかないというのが傑作ではないか。あと話のスケールがデカイ。五次元とか出てきちゃうし、ていうか神とか出てきちゃうし。ヤベェ。

待望していたのは、秋山瑞人

 秋山瑞人の「おれはミサイル」が、文庫に収録されるのを今か今かと心待ちにしていました。2002年に発表された当時は、まだその存在を知らなかったので、読むことが出来なかったのです。今ようやく、夢がかないました。そして、期待通りの面白さだった。やっぱり秋山瑞人は凄い。デビュー作の『E.G.コンバット』を読んだ時にまず衝撃を受けたのは、描写が詰みあがって行く感覚。『おれはミサイル』で言えば、その動作の一つ一つに何やら圧倒的な、感覚が伝わってくるような描写がある。あーこれうまく説明できないな。

 わたしたちは物事を理解する時に、いったいどういう時に「わかった!」と思うのか。その問題から話した方がいいと思うのだけれども、わたしもそれを十全に把握しているわけではない。端的に分からないままに述べてしまえば、理解するとは「レイヤーを積み重ねること」である。そして、秋山瑞人の場合ロボットを動かすにしても戦闘機を動かすにしてもそのレイヤーが圧倒的に多いのです。ペダルをふんで、機械がウイーンと動くなんてそんな単純な話じゃない。まあわたしもよくわかっていないので上手く書けないんですけど……。そのあたりのことは、この本に詳しかったような気がします。これもちょーおもしろいです。

思考する物語―SFの原理・歴史・主題 (Key library)

思考する物語―SFの原理・歴史・主題 (Key library)

 あともうひとつおもしろかったことがあります。秋山瑞人の『猫の地球儀』という作品では、地球とは別の星に暮らす猫が、観たことが無い地球を目指して宇宙に飛び立ち、そして最後に海を見つけます。大雑把に言ってしまえばそういう話です。猫たちは、地球を知らない。海を、知らない。人が「面白い!」と感じるのは、簡単に言ってしまえば「驚き」を覚えたときです。生まれて初めて見た雪はきっと感動的だったはずです。昨日までみていた景色が白一色で埋まるんですから。めちゃくちゃ驚くでしょう。海を見たことが無い人が、海を見たら驚く。わたしたちはもう海なんて見慣れてしまっているけれど、物語の中で猫が、海を見て現実が塗り替えられる感覚を覚えるのを、擬似体験することはできる。

 読者であるわたしたちがとうに知っている情報を、作中の人物は知らなくて、それを知って驚く。そして読んでいるこっちも、その驚きを疑似体験して、その驚きを想像して、面白さを感じる。のではないかと。わたしはつい最近、外に出て雪を見たときになんとかして初めて雪を見たときの感動を思い出そうとしましたけど、無理でした。でもきっとそれは感動的だったはずで、思い出すことはできないけれども、物語を通して大体こんな感じだろうと想像することはできる。『おれはミサイル』に書かれるのは、『ずーっと飛び続けていて、未だに地上なんてものがあると信じていない戦闘機』です。地上を知らない上に、そんなものがあるはずがないと豪語する戦闘機、感情移入しようもないような物体ですが、でも不思議と想像してしまうし、ラストは胸を打ちます。すごかった! これ、すごかったよ!