基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

さらば脳ブーム

売れに売れまくった(大学に建物が二つも三つも立つぐらい儲かったらしい)、脳を鍛える大人のDSトレーニングというゲームで監修を務めた川島隆太教授の新書です。

僕はDSLiteが発売されるちょっと前にDSを買ったのですけれども、その時からこの脳を鍛える〜は「DSといえばこれでしょう」という扱いを受けていて、当然のように僕も買いました。やってみて、単純な測定は結構面白くて、自分の脳年齢が出るのも面白かったですけど、たぶん二回ぐらいしかやらなかったんじゃないかな。脳年齢が上がろうが下がろうがどーでもよかったのが理由ですが(それなら買うなよ)

しかし、家族も含めて楽しめるという点で、周りではみんな楽しんでいるようでした。この新書は、そんな脳ブームのきっかけの一つにもなった川島隆太教授が、この大ヒットによって身の回りに起こって変わったこと、またこの脳ブームが起こる前からずっとやってきたこと、起こった後にやってきたこと、今やっていること、について語っています。

驚いたのが、川島隆太教授の人柄。とにかく色々なものに怒り散らす。当然怒るだけの理由はあるようです。たとえば彼がやっている脳トレに、学術的な根拠が無いといって批判する人たち。言ったことを脚色したり入れ替えたりして書いてしまうマスコミ、茂木健一郎氏のようなエセ脳研究者への不満、などなどとにかく怒っている。

異常に高潔な考え方を持って、実戦している人なのだなという印象を持ちます。それは自身が大学で、税金で研究していることに悩み、「税金を使わせてもらっている分は社会に還元しなければならない」というように気まじめに考えるところからも明らかで。

 大学という学問の府では、今どころか遠い将来を考えても、いったい何の役にたつのか誰にも判らないような、不可思議な研究を一生をかけて行っている研究者が少なからずいる。だからこそ、大学は価値がある。誰にも理解できない研究の中にこそ、人類の歴史を変えてしまうような大発見の種が存在する。(中略)社会とは決して交わることができないような学問を行っている研究者達も、その研究人生を幸せに全うすることができるように、社会と接しやすい場所で研究をしている研究者が、積極的に社会と関わり、その結果大学に富をもたらし、その富がそうした研究者達にも還流するようにすればよいのである。

脳トレで設けた恐らく何億というお金も、全て東北大学へと寄付しているそうです。理由は「脳トレに出した成果はすべて税金を使って行われた研究をもとにしているからである」だとか。それは確かにその通りかもしれないけど、そのように行動できる人間がどれ程いるだろうか。そしてそんな人から見れば、周りに居る人は誰もかれも偽善者に見えるのではなかろうか。

大学というのは今も昔も結構閉鎖的なところで、『文学部唯野教授』でも繰り返し書かれる「大学の外で成功すると、内部では異常なまでに憎まれる」なんて問題が本書でも語られます。しかし教授は、なんというかそういう妬み恨みをパワーに変えてどんどん新しいことを成し遂げて行くんですよね。本書を読むまでは、あの画面の中でニコニコと笑ってこっちをテストしていた教授が、こんなに色々な事をやってきた人だとは夢にも思いませんでした。

教授がやっているのは脳機能イメージング研究といったもので、脳機能を画像化し脳における機能がどんな作業をしている時にどんな反応を起こすのか、というようなことを研究しているのだと理解した。教授がやったのは、ファミコン、いわゆるゲームをしている時と内田クレペリンテストという就職活動でもよくつかわれるひとけたの数字がずらっと並んでいる解答用紙を渡され、できるだけ早く数字を足し合わせるテストをしている時での脳の働きを比較すること。

ブドウ糖代謝を指標とした結果、圧倒的に内田クレペリンテストの単純な計算をしている時の方がはるかに高まっていたと言う。ブドウ糖代謝が高いと言う事はつまり、その場所の神経細胞がより高く高まっていることを意味する。そのことを宝島社のインタビューで応えるときに、「要するにファミコンするより公文しろ! ってことですね」と答えてしまった処から、脳トレにつながるお話が始まることになる。

ただ、タイトルは忘れたけれどもむかし僕が読んだ本では、「最近の複雑な操作になったゲームを行うことによって認知能力は向上する」という内容もあるんですよね。たぶん測定する基準が違うんだろうと思うのですが。

まあそれはいいや、省略。凄いな、と思ったのは「脳トレ」誕生秘話。

2004年12月、ニンテンドーDSが初めて発売されたその日に、教授の研究室を任天堂の岩田社長が訪ねてきたという。

普通発売日は、社長は忙しいだろう。いやそれ以前に、社長が直々に訪れるというだけでも普通ではないのに、「ニンテンドーDSの発売日に」やってきたというのは並大抵の熱意ではない。岩田社長が来訪したのは、その時教授が出して大ヒットしていた『脳を鍛える大人のドリル』シリーズを、ソフト化できないかと目をつけたことが理由だった。

「岩田社長のやり手伝説」というのは、僕も数多く耳にしていて、実際凄まじく頭の良い人なんだろうな、とは数々のインタビューなどから想像していたのですが、なんというかこの目の付けどころは異常と言うほかない。頭が良いだけで説明がつくものだろうか……? 発売日に行ったぐらいだから、かなりの自信があったのだろう。

ちなみに本書によれば、今年の年末ぐらいに脳トレの第三弾ソフトが出るとか。岩田社長は出せば100万本以上売れるのは出す前からわかっているが、それでは面白くないので次に出すとしたら「何か特別なアイデア」が生まれた時にしよう、といったらしいので、買いはしないけれども楽しみにまっている。

脳機能イメージングを社会へと還元する試みの紹介を中心としているので、脳トレの話が最初っから最後まで続くわけではないのでそれを目当てに読むとキツイかもしれないけど(しかも合間合間に思い出したように愚痴が入るので結構ウザイ)様々な思想、基礎研究と研究の社会還元活動のジレンマ、などなど、読んでいて楽しかったです。

※2013/09/18追記
Sep-07-13号のThe Economistの記事を読んでいたら、ScienceのところにBrain training for older peopleという記事が載っていたのでちょっと追記します。記事はビデオゲームは老年期においての認知機能を改善する、という内容。もっとも30代から40代をメインにして、六週間をかけた千人以上のゲーム実験は認知機能に関してわかりやすい成果はうまなかったそうだ。しかし、もっと年齢層の高い人達についてはどうだろうか?

DrGazzaleyと彼のチームは200人以上の、70代のボランティアを使って自動車ゲームのような多様な機能を使うゲームをやらせ、脳に電極をつけてその動きを測ってみた。結果的にいえば当然というかなんというか、若い人間よりも歳をとった人間の方がより脳の働きは活発化し、より激しい仕事をしていることがわかる。次に60〜85歳のグループを対象に週に3時間を1ヶ月間家でゲームをプレイしてもらったところ、認知的側面(aspects of congnitionを専門用語でなんと訳していいのか謎)およびワーキングメモリに、ゲームをやっていない時でも改善がみられた。

脳トレから話はちょっとズレているが、とにかくある程度お歳をめしてからのゲームは確かに脳に良いのだとする結果が出てはいるようだ(記事の写真に載っている老人はGTAをやっていた。)。痩せている人がひたすら歩くより、太っている人がひたすら歩いたほうが痩せる速度が早い、みたいな話なのかもしれないなあ。

さらば脳ブーム (新潮新書)

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