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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

『よつばと!』おもしろいなああー

※普通にネタバレがあります。眠い頭で書いているので変なこといってても気にしないで。

よつばと!』10巻読みました。今回も最高に面白い。『バクマン。』では、何て事のない日常を面白く描けたらそれが最強だみたいな話がありましたが(うろ覚え、バクマンじゃなかった可能性すらある)何て事の無い日常を描いてこれだけ面白い『よつばと!』はつまり最強でしょう。積み木で遊んだり、ホットケーキ作ったり、電機屋に行くだけで二話使え上にすでに10巻もそれを描き続けている『よつばと!』は凄まじいのです。

第1巻第1話が7月19日で、それ以降ほぼ1日1話ペース(結構崩れるけど)保って、10巻に至っても未だに10月18日、つまり約3カ月しか経過していないのが恐ろしいです。つまり、読者はよつばの毎日をほぼそのまま受け取っていることになります。これがどのような効果を生みだすのかというと、10巻ともなると過去の出来事からの連想が多く見いだせて大変楽しいのです。

たとえば10巻最初のエピソードで公園に遊びに行く際によつばが乗っている自転車を、よつばが買いにいくエピソードもちゃんと読者は読んでいます。道中よつばととーちゃんが観る、「ちょっと前は骨だった家が出来てくる描写」「ちょっと前には実っていた田んぼの稲が、稲刈りが終わってはげた描写」などなどが途中で挿入されます。

よつばが辿り着く公園も、最初によつばがふらふらと迷いこんでいってえなと初めて出会った場所です。あの頃はブランコに乗れなかったよつばが、今では自由にブランコを乗りこなしています。「よつばがこの街に引っ越してきてからのほとんどのエピソード」を読者は知っています。

よつばが手にする物、よつばが口にするエピソードを全て読者が知っている快感(?)。積み重なっていく日常が、あまりにも綿密に描きこまれている為に、まるで『よつばと!』の世界が実際にあるかのような錯覚すら覚える──といっても言い過ぎではないような気がしまする。

あととーちゃんが良すぎる。この10巻はほんとにとーちゃんが理想的なとーちゃんすぎて感動したのです。第64話のよつばとホットケーキというエピソードでは、よつばが初めてホットケーキを作るお話なのですが、その時のとーちゃんの対応が神対応なのですよ。

こどもひつじとホットケーキという絵本のようなものをよつばが読んで、ホットケーキが作りたい! と言います。まず最初に凄いのが、よつばにホットケーキを作らせてやること。よつばはまだ5歳ですからね、正直ホットケーキを作らせるにはまだ早いような気がします。でも作らせてあげます。

材料を用意して混ぜるところまで終わり、いざ焼くという段階にまで至って、とーちゃんは一度自分で焼いて見せます。そのあと、よつばにも焼かせてやるのです。その際に、ひっくり返すのがどうしてもうまくいかずに、よつばは何度も何度も失敗するのですが絶対に「俺にやらせろ!」なんて言わずに、何度も失敗させてあげるのです。

これ読んでてすげーなーえらいなーと思ってしまいましたよ。僕だったら絶対たとえば親戚の子供なんかがホットケーキうまくひっくり返せなかったらちょちょいのちょいってやってやっちゃいますからね。でもそれってどうなんだろう? 子供が成長するチャンスを、奪っているのではないだろうか?

結局よつばはかなりの失敗を重ねながら、ついに一つ成功させるのです。

僕は、子供の可能性を潰すのは大概は親なんじゃないかと思っています。子供の自由な発想や、失敗をちゃんとやって、学ぶチャンスを、大抵の場合は親が潰していると思います。子供がうまくできないからといっていらいらして変わってやってしまったり、子供の発想を「そんなバカな」などといって上からたたきつぶしたり。

それらが子供の成長をストップさせているとはつゆほども感じずに。

とーちゃんがスゲーのは、よつばの自由すぎる発想を何一つ(よつばの身の安全や、生きていく上でルールから外れること以外)止めずに、どんな失敗でも許容しきるその懐のでかさですよ!! 68話の『よつばとうそ』はとうちゃんの子育ての思想が感じられて良かったのでセリフだけ引用して終わります。

 お茶碗割ったのは別にいい
 窓ガラス割ったのも
 コーヒーこぼしたのも
 別にいい

 …またおさらわっちゃっても?

 別にいい
 失敗するのはよつばの仕事だ

よつばと! 10 (電撃コミックス)

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