基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

天獄と地国

その世界において、頭上には岩盤が、そして足元には天空が広がっていた。天に存在する岩盤の上には、人工の建物が岩盤と巧妙な手法で滑らかに結合されている。それは洗練された技術の結果というよりかは、あくまでも膨大な時間と忍耐力を背景にしたものだった。建築物はしっかりと岩盤に喰らいつき、わずかな熱と希少な元素をじっくりと吸い上げていく。

冒頭の描写を、勝手にアレンジしてみました。本書の特殊すぎる世界観にあっという間に引き込まれる。この世界では我々の世界で言う地面と天が、まったく逆転している。そんな世界で人々は楽しく暮らしているのか──といえばそんなことはなく、日々死に物狂いで少ない資源を吸い上げ、それでもなお生きること叶わず衰退の道を辿っている。

当たり前だ。うっかり物から手を離したら一瞬で天空へと落ちていき、外に出る際には常に宇宙服を着ていなければいけない世界は、人間の住むような世界ではない。しかしそこで生きる人々は、その世界しか知らずに、何を呪うわけでもなくただ生き延びようとしている。

しかし、そんな世界で、「これはおかしいのではないか」と考える人間が出てくる。「人間が生きるのに、もっと適した世界があるのではないか」。疑惑を抑えきれなくなり、計算を行い、あるはずだ、あるかもしれないという仮定、推測に辿り着く。そこから始まる地面が下にある国、「地国」を主人公達が目指す。

というのが大まかなストーリーライン。ただしその内容はもっと凄い。まったく想像の埒外にあるそのような世界を書こうとしたことがまず凄いが、そしてそこで書かれるのはなんとびっくり、ゴジラモスラばりの超巨大怪獣バトルなのだ! これには僕も読んでいて「あれえ!?」と驚いた。

主人公の名はカムロギという。空賊に襲われた村へこそこそと出かけていき、少ないおこぼれをもらうハイエナのような職業をやっていたのだが、ある時亡びた村でとんでもない怪物を発掘してしまう。それは全長650メートルある、人間のような、そうじゃないようなよくわかんない形をしている怪物だった。

カムログはこいつに載りこみ(ロボットなのだ)、世界に他にも存在する三体の怪物たちと死闘を繰り広げながら「地国」を目指し冒険を続ける……。

小林泰三の描写にはなぜかいつも異常な生々しさがある。本書にはカムロギの宇宙服がぶっ壊れて少しの間真空に晒され、死ぬ直前の苦しみを味わう場面があるのだが、こんなに生き生きとこの場面を書ける作家は恐らく小林泰三の他にはいないのではないか。

引用しようと思ったが長いのでやめた。とにかく、血が沸騰し、口の中がはれ上がり、真っ赤な血が体中から噴き出し、耳の中では血が沸騰する音が、爆音が鳴り響いている。ごろごろと転げ回りパニックを起こし体中から汚物があふれ出す。

もうひとつ凄いのが、肝とも言えるような巨大怪獣同士のバトルだ。何が凄いのかというと、これがもう極端に論理的なバトルを行う。相手は常に突然やってきて、カムログ側は常に相手の情報を最大限推測しながら戦わなければならない。常に敵ではないことを相手に伝え、闘いを避けようとするがそれは常に叶う事はない。そしていざ闘いとなれば、ディスカッションをし戦略を立てる。たとえばこんな風に。

システム、敵の兵器の射程を推測しろ。
「データ不足です」
「ざっくりとした推定でいいだろう。敵の長さはざっと数倍。ということは砲の長さも数倍。射程距離も数倍というところだろ。アマツミカボシの射程を最大100キロとすれば、エクトプラズムの射程は1000キロはないんじゃないか?」
いくらなんでもそんなに単純なもんじゃないだろう
「でも、これしか推定の方法はないぜ」
敵の動きから何か読み取れないか?
「回転運動をしている。2・5秒に一回だ。四角錐の頂点部分と底面部分がこちらを向いている感じだ」
何のためにそんなことを?
「何かの理由で遠心力が必要なんじゃないか?」
「そうかもしれない。しかし、ありえそうなのは武器発射のタイミングを悟らせないためだ」

こんな風にして段々と敵の攻撃手段、意図を明確にし、わからない部分はもうえいや! って感じで運に任せてしまう適当が超面白いですね。だいたいなんかこいつら、すぐに「もう駄目だー!しぬー!」みたいなこと言うんですけど、そもそも住んでいる世界が死が当たり前すぎる世界なのであんまり違和感もなくそれでいてコミカルです。

そう、この作品結構笑えるんですよね。生き死にがかかった場面で、でも超巨大怪獣同士のバトルっていうのがどっかやっぱりシュールだし。そもそも全力で笑わせにきてますしね。ザビタン、というキャラクターが出てきますが、このキャラがこう名乗るようになったきっかけとか、超面白かった。たとえばこんなのとか笑えましたよ。

「あと10秒でレギオン完全消失します」システムが告げた。
通常の対レーザ防御装置で対応せよ。
「能力不足です」
持ち堪えろ。
「その命令は非論理的です」
「システム、黙ってろよ!」ナタが言った。「おまえは持ち堪えてれば、それでいいんだよ!」
「了解しました」
「あっ。了解するんだ」ザビタンが驚いたように言った。
「バリア用レギオン消失します」
周囲の空間が輝き始めた。アマツミカボシ内部の様々な機構がフル稼働を始めた。あちこちでぷすぷすと煙が立ち上がり、冷却機が不吉な甲高い音を立てる。
「生命維持装置を停止します」
「ちょっと早くねぇか?」ナタが言った。
「エネルギーと制御能力を防御装置に再配分したためです」
「でも、俺たち死んじまうのか?」
「一分程度意識は保っていられます。その後も二時間以内なら、蘇生可能です」
「勝負がつくのは?」
「一分後です」
「ギリギリかよ!」

完全に論理的なシステムに人間が右往左往しながら受け答えしているのが面白いですね。しかし未来の人間社会ってのも、こうやって完璧な機械さまに振り回されるようになってしまうのでしょうか。人間の尊厳があやぶまれます。でも「あっ。了解するんだ」は本当に面白かったなあ(笑)

えーと何を言いたかったのかよくわからないですけど、とにかく面白かったです。僕は元々戦闘に関してはこういう論理的に話し合って、お互いの情報を極力相手に見せずに戦う、というようなやつが、好きなんですよね。なにかっていうと大半のバトル物は口で技とか作戦を説明しようとしますからね。アホかと。

SF的な想像力を刺激する世界観も良いし、コミカルさも良いし、非常に僕好みでした。うん、でもこれが他の人が読んで面白いと思うかはよくわかんないな……(笑)まあ、結構良かったよという事でここはひとつ。

天獄と地国  (ハヤカワ文庫JA)

天獄と地国 (ハヤカワ文庫JA)