基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

南極点のピアピア動画

連作短編集。野尻さんの短編は大好物なのだけどお目にかかる機会が少ないのでこうしてちゃんと本が手元にきて読めるのはたいへん嬉しい。ニコニコ動画初音ミクという趣味どまんなかの題材だからこそ封印を破って書けたのかもしれない。いや、そもそも封印されていたのかという疑問があるけれど。

あらすじ(Amazonより⇒Amazon.co.jp: 南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA): 野尻 抱介, KEI: 本)

日本の次期月探査計画に関わっていた大学院生・蓮見省一の夢は、彗星が月面に衝突した瞬間に潰え、恋人の奈美までが彼のもとを去った。省一はただ、奈美への愛をボーカロイドの小隅レイに歌わせ、ピアピア動画にアップロードするしかなかった。しかし、月からの放出物が地球に双極ジェットを形成することが判明、ピアピア技術部による“宇宙男プロジェクト”が開始される・・・・・・ネットと宇宙開発の未来を描く4篇収録の連作集

具材はニコニコ動画初音ミクだがそこから生まれる料理は非常に真っ当な、といったら失礼かもしれないけれどSFである。それも吉今珍しく、楽観的な見通しで楽観的に展開が進んでハッピーに終わる。普通だったらひでえふざけんなと思うところだが(言い換えればご都合主義で自分の好きなもんを書き散らしているだけで大変読者に優しくない)ハードSF的な考察が骨子のように裏にあるおかげでなんとかバランスが保たれており、読める。

裏という言い方はまあおかしいか。特筆すべきはSFバカ話的な話を真面目に検討して出来るところまで無理矢理引き上げて達成させてしまうところだろう。真空と紫外線に耐えるCNTに近い糸を吐く蜘蛛がいるという過程から生まれる、宇宙に蜘蛛を送り込んで自動生成的に作られる軌道エレベータをつくろうという話だって、アイデアだけだとなんじゃそらという感じだが検討を重ねていく過程はニコニコ技術部の雰囲気を彷彿とさせて面白い。

こういう過程が野尻作品ではおもしろいのだ。光景としても美しい。本人もまったく同じようにバカ話から生まれる発明をTwitterニコニコ動画で観ていることもあって、描写から喜びがダイレクトに伝わってくる。神林長平作品が常に、『小説を書くという創造の中でされる創造』の過程を通して創造についての興奮を教えてくれるように、野尻先生の作品も一緒に参加しているような気分になる。

話の核にニコニコ技術部という割とノリがよくて物語さえうまく提供して楽しめる環境さえ整えてくれればどんな技術力も人手もすぐに集まってどんな凄いことだってできるっていう楽観的な未来社会像があるけど、僕はあまりニコニコ動画のことよく知らないというか、そんなに見ないので雰囲気がよくわからなかったな。

夢? 希望? 単なるバカ話? 色々あるけれど本書は底抜けに明るい。展開的な意味ではそのおかげでそんな馬鹿なと言いたくなるけれど技術的な面の真面目さのおかげでバランスはとれている。そしてそこが良い。本書の解説は株式会社ドワンゴの代表取締会長川上量生さんが書いているがそこでの言葉を読んで、この明るさについて納得した。

 なぜ野尻さんのSFがそう明るくなるのか? それはピアピア動画にかかわるひとたちが徹底的にどうでもいいこと、役に立たないことに執念をもやすひとたちだからだ。お金を儲ける、情報をうまく処理する、正しい答えを見つける、そういう役に立つことはやがてコンピュータのほうが人間よりも上手くでいるようになるにちがいない。でも、これからの通り未来にどれだけ科学が発達していたとしても、役に立たないことを一生懸命にやる世界が残っていればそこには人間の幸せな居場所があるにちがいない。野尻さんはそう信じているように思うのだ。

ピアピア動画に関わる人ばかりでなくニコニコ動画に関わる人もみな役に立たないことに執念をもや……していない人達もいっぱいいるような気がするな。ま、よく知らないけど。解説もとてもユーモラスで面白かったです。ユーモアがある人はやっぱり知的だなあと読んでいて思った。僕もこんな感じのスタイルで生きたいものだな。

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)