基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

盤上の夜

将棋やチェス、チェッカーなどをテーマにしたボードゲーム短篇集という世にも珍しいもの。よく知らないけど、著者の宮内悠介さんはこれがデビュー作なのかな。第一回創元SF短編賞 山田正紀賞受賞と本書には書いてある。そんな賞があることすら初めて知ったが、まあ第一回だからな、知らなくて当然か。

どんな賞でも始まりがあるわけだけれど、恐らくどんな作品が賞をとるかで、賞の重みが変わってくるんでしょう。そういう意味で言えば、本書に載っているような短編が第一回を受賞するというのは、これがなかなか良い。というのも、面白いからだ(シンプルだ)。そういえばNOVA5に収録されていて、星雲賞の短編候補にも上がっているスペース金融道を書いたのもこの方のようだった。

僕はあの作品はきっと僕が知らないどこかのベテランが書いたのだろうなと思ったのだったけど、そうか新人だったのか。それよりも本作とは随分印象が異なるので読み終えてTwitterで感想など少し読んでいる時に初めて知ったのだった。スペース金融道の話で面白かったのは、未来に宇宙空間を果てしない時間間隔で人間が移動し始めた時、つまり時間などの今では絶対不変だと思われている概念が変わってしまった世界で、金融みたいなものはどういう変化を強いられるのかといった話だった(ような気がする)。

僕は暇人だから未来の世界をよく想像するのだが、気になるのはたとえばコールドスリープして30年宇宙船で眠っていたりした場合、時効などはどうなってしまうんだろうというようなことだ。いろいろ可能になると、いろいろ今の常識が通用しなくなることが出てくる。そういうことを考える楽しさがスペース金融道にはあった。

まったく別の話になってしまった。盤上の夜に戻す。盤上の夜は力作で、たぶんこれが賞を受賞した短編なのだろう。色々科学的な知見で能力についての説明が行われており、それが囲碁の強さと結びついている。たとえば共感覚というものが世にはあるとされていて、100人に1人は数字に色がついてみえるという。数字に色なんて本来はないはずで、ようするに別々のはずである感覚になぜか橋がかかってしまっていることを共感覚という。

僕はSFとファンタジーのちがいは大雑把に言ってしまえば、「常軌を逸したものが当たり前のように存在する」のがファンタジーで、「常軌を逸したものに、現実の要因を起因とした何らかの説明が行われている」ものがSFだと考えている。通常その説明はタイムマシンだったり、宇宙都市の建設などに対して行われるが、「ボードゲームを行う際の超常的な能力」にSF的な説明を加えているところが面白い。

この盤上の夜など、SFではないという向きもあるだろうと思うのだが、でもその説明の文法がとてもSF的だと思う。でも、僕がちょっと残念だなと思うのは、このあたりの説明があんまりうまく物語と結びついていないと思うのだよね。こんなの個人の好みでしかないと思うけど、ちょっと説明過多であると感じた。

一方でむしろ他の短編の方が僕は好きだ。次に現れる『人間の王』という短編はチェッカーで半世紀近く無敗だったティンズリーという男をコンピュータがやぶってしまった話なのだが、半世紀近くもトップを守ってきたのに、コンピュータに敗れるなんてどんな気分がするんだろうというところから話は始まる。

「コンピュータに敗れてしまう」というのは、これから先人類が経験していくことになる出来事なのだ。将棋も、囲碁も、あらゆるゲームの覇者はいつか最速のコンピュータになる。それは現時点ではっきりしていて、後はそれが速いか遅いかの違いだけなのだ。だったらまっさきにその心境を経験しているティンズリーは何を考えているんだろう、それは人類がこれから先経験することに他ならない。

しかし問いはそこで終わらない。ティンズリーと、そして戦ったコンピュータプログラムの間では何が起こっていたのか、チェッカーというひとつのゲームを追求していく先に何が見えるのかといった哲学的な問いに移っていく。最終的な問いは次のようなものだ。「ティンズリーに勝ったコンピュータプログラムは、なぜ生まれてきたのか」これに対する答は、なるほど、論理的であるし、圧巻である。

だらだらと書いてきたらだいぶ長くなってしまった。あと一個だけどうしても語りたいものがあるのでそれを……。『清められた卓』という麻雀をテーマにした短編が本書には収録されている。この短編は異常な能力を持った四人が麻雀を打つというただそれだけの話しなのだが、盛り上げ方と物語が面白くて読みいってしまう。

打ち手は、魔法としか思えないような方法で相手の手牌を読み、自分の当たり牌が山のどこにあるのかを把握する教祖の女。あるいはアスペルガー症候群で卓越した脳を持ち、統計的手法で最適な牌効率でまわす麻雀打ち、トッププロとして麻雀で生計を立てている男、さらに特殊な能力は何もないが、セオリーに従った打ち方をする堅実な打ち手……。

飛び抜けてすごいのは当然相手の手牌を読む教祖の女で、凄いとはいっても常識の範囲内の打ち手である他の三人はこれになんとか負けないようにあらゆる手を打つ。こういう超常の能力を持った人間を相手に凡庸な能力でどうやって工夫して倒すか、っていうのが僕は大好きなんだけど、まさにそういう話なんだよねえ!

たとえばさあ、咲っていう可愛い女の子たちが麻雀を打つマンガがあるけど、あれって特殊能力をみんなもってて理屈抜きに自分の欲しい牌がどこにあるのか把握しているから、勝ち負けの理由がよくわかんないんだよね。それはファンタジーの面白さで、当然面白いんだけど、でも咲に出てくるような超常の麻雀打ちをどうやって倒すかってところに燃えるんだよ!!(二度目

これもしっかりSFしてました。盤上の夜と同様、SFではないともいえるけど、でもやっぱりSFだよね。SFマインドがある人なんだよね。話も面白いし、これからが期待な作家さんです。

盤上の夜 (創元日本SF叢書)

盤上の夜 (創元日本SF叢書)