基本読書

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100のモノが語る世界の歴史1: 文明の誕生

モノにしか語れない歴史がある。

僕は歴史といえば当然文字資料から語られるものであり、それ以外の方法での歴史の語り方を想像したこともなかったが、本書を読んでその不明を恥じることになる。全世界の歴史を、人類の一部だけを不当に優遇しない歴史を語ろうとするのであれば、文献だけでは不可能だ。*1と本書にはあるが、まさにそのとおり。世界のほとんどの地域は、歴史の大半を文字をもたずに過ごしてきた。

文字を書くことは人類があとから達成したことであって、文字をもっていた多くの社会ですら、かなり近世になるまで彼らの心配事や願いごとを文字ではなく事物で記録していたのだ。*2また文字を持つようになってからも、文字を残すのは常に歴史の勝利者側である。征服されて敗北者となった者たちの歴史は、モノでしか推測することが出来ない。

そう、モノで歴史を通して見ていく面白さは、まさにこの「推測」という部分にある。モノはそれだけでは何も語りかけてはこないが、人間はそこからストーリーを読み解くことが出来る。これがめっぽう面白いし、科学技術の発展も伴って「え? そんなことまで?」と思考のアクロバティックさに驚くこと然り。歴史はHistoryだが、もっともらしい「Story」を構築するのが歴史の役割だとするのならば、モノを通して語ることこそ歴史の本質に近いのではないか。

物は本質的にわれわれと同じ人間がつくりだしたはずだ。だからこそ、彼らがなぜそれをつくり、それがなんのためかも解き明かせるはずだと気づくことだ。ときにはそれが、過去だけでなくわれわれの時代においても、世界の大半の人びとが何をしようとしているのかを把握する最良の方法かもしれない。

たとえば、本書で3つめに紹介されるモノの『オルドヴァイの手斧』からはいろんなことが読み取れる。これは120〜140万年前に発見された斧で、現代の斧のように柄がついているわけでも刃がついているわけでもないが、綺麗な火山岩のかけらで創られている。涙のしずくのような形をしていて、打ち欠かれ、人間の手にぴったりと合うようになっている。

実際のものをみてみると、とても綺麗だ。そしてちゃんと使えそうで、加工されている。明らかに試しにやってみて、たまたまうまくいったという形ではない。つまりそれだけの技術がこの時代にすでに存在していて、経験を積んで計画を立て、長い時間をかけて洗練させていった結果なのだ。それ以前に出土している物とは明らかに創造性や計画性、集中性といったものが増していて、当時の人に脳の多大な進歩があったことがみてとれる。

また現代の科学者たちは、病院で使われる脳スキャナーを使って、石器を作る時脳のどの部分を使うのか調べてみたという。結果は面白いことに、手斧をつくるときに使われる現代の脳の部位は言葉を話すのに使用する部位と重なっているのだ。つまり手斧を作ることができれば、言葉を話せた可能性もあるかもしれない。

このような想像に確信が与えられることはなかなかないし、間違っているものも多々あるのかもしれないが、しかし想像を飛躍させて未知の世界を追求していくのはエキサイティングで面白い。本書ではこのような記述や軽々のみ知っている世界を想像し、理解しようとする試みを最もよく要約しているものとしてデューラーの「犀」を上げている。ここには感心した。

デューラーの「犀」とはデューラーが描いた犀の絵のことだ。1515年にグジャラートからポルトガル国王に送られたインドサイに関する報告をみて、デューラーは自身ではいっさい犀の姿を見ることなしに、伝聞の知識だけで自分にとっての犀の姿を想像し、絵を描き上げた。その工程は証拠を集めて過去のStoryを構築する、歴史学と同じ試みといっていい。その絵は果たして、実際の犀と似ていたのだろうか?

 デューラーが描いた獣は、その窮屈そうな巨体ゆえに忘れがたく、硬い璧の寄った板金甲冑のような皮膚はじつに印象的で、優れた芸術家による偉大な作品になっている。この犀は強烈に感情に訴え、実物に迫るものがあるので、ページから逃げだすのではないかと恐ろしくなるほどだ。そして、それはもちろん──痛快なほど? 痛ましいほど? 安堵するほど? (そのどれか私にはわからないが)──間違っているのだ。だが、しまいにはそんなkとは問題ではなくなる。デューラーの「犀」は、自分たちの手の届かない世界にたいする尽きることのない好奇心と、それを探求し理解せずにはいられない人間の欲求への記念碑として存在しているのだ。

他にも本書には実際のモノがカラーで挿入されているので、見ているだけで楽しい。あとそれぞれの物について、専門家の意見が入っているので考察のクォリティが異常に高い。歴史好きは必見だ。

100のモノが語る世界の歴史1: 文明の誕生 (筑摩選書)

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100のモノが語る世界の歴史2: 帝国の興亡 (筑摩選書)

100のモノが語る世界の歴史2: 帝国の興亡 (筑摩選書)

*1:p-16

*2:p016