基本読書

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ダーク・スター・サファリ ―― カイロからケープタウンへ、アフリカ縦断の旅

本書は作家のポール・セローがアフリカをカイロからケープタウンまで、飛行機を使わずにバスと鉄道を駆使して横断する旅行記なのだが、その密度に圧倒された。観光ツアーなどで安全な道、安全な食べ物、計画されつくしたパッケージングされた「なんちゃって冒険」とは違い、生のままの「旅」とはこういうことだ。700ページ近くある辞書のような本で、ワインでの飲みながら気長に読もうかなあと考えていたのだが面白すぎて2日で読破。

なにがそんなに面白いのか──。あえていうなら、「観たこともない景色を見せてくれるから」というところにあると思う。本書の終盤で出てくる記述にこんなものがある。『実在する場所の感触や情緒を文章で巧みに再現し、現地に迷いこんだような感覚と旅の悦楽を存分に読者に味わわせることは、作家が成しとげうる最高の偉業である。』

本書が真に優れているのはこのような偉業をまさに成し遂げたからであり、しかも我々はそれをクーラーがめいいっぱい効いた自分の部屋で体験できるのだ!地雷に怯えることも、載ったバスが銃撃される危険をおかすこともなしに!

先日『ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観 』というアマゾンの一部族について描かれた本を読んだが、アマゾンに負けず劣らずアフリカという地は僕にとっては異質で、縁が遠いという意味では剣と魔法のファンタジーぐらい遠い地のように見える。地雷が地面に埋まり、都会のアメリカ人は援助や政府に頼り切りで自分で何かをしようとはしない。白人の農場は力づくで占拠され、政府はむしろそれを奨励している。

選挙は形だけは対外的によくみせる為行われるが、実際は金をばらまいた結果であり誰も選挙とは考えていない。レイプ、エイズが蔓延し小児レイプは処女と性交すればエイズが治るという根拠のない俗信によって行われる。海外からの援助は実地を知らない援助が多く、学校を送っても授業は行われないし家を送っても住まわれずに放置され寂れていく(教師を雇う金がなく、家は西洋風の家で家畜を入れておけない。現実を知らずに送られてくる)

バスだろうが鉄道だろうが船だろうが何日も平気で遅れ、定刻通りに出ることはない。飯は汚くてまずい。宿は虫がたかっており不衛生極まりない。夜はとても出歩けたものではなく、砂漠をバスで走っていると銃撃に襲われ、襲われなくてもしょっちゅう事故を起こして乗客が全員死ぬ。ポール・セローがその半年間に及びアフリカ横断で経験していくのはそのような一歩間違えれば死と隣り合わせの日常だった。

彼はそのようなアフリカをさしてこういった『やはり私は別の惑星にいるような気がしていた。地球にそっくりだけれど、実は暗黒星(ダークスター)だったというように』実際に旅をして、しかも彼は35年前にアフリカで教師をしていた(つまり住んでいた)人間なのだ。そんな人間でもやはりアフリカを異世界のように感じる。

この旅行記は当然惨めで悲惨な出来事ばかりではなく、むしろその中心になるのは人との出会い、別れ、それから印象的な景色(クジラが海の中で逆立ちをしている光景など、読んでいるだけなのに眼の前に広がるかのような描写だった)でとても面白い。

とくに彼は人の話を聞いていなければ気がすまないとばかりにいろんな人に政治の話や自身の体験記を聞こうとする。それも、アフリカなんかにわざわざ住んでいる人達は、みなそれぞれとてつもなく面白い話題を持っているのだから始末におえない。面白くユーモアのある話をする人もいれば、退屈な人間(退屈な話をする日本人が出てくる)もいる、宗教を信じて問いかけてくるひともいれば、必死にアフリカの人達の為になろうと日々を過ごしている立派な慈善活動家もいる。

そんな数ある人々のお話の中で、一番おもしろかったものをひとつ紹介しよう。五十歳前後の元囚人ニビー・マコンネンは、1977年から87年まで、中央刑務所で惨めな生活を強いられていた。彼は政治的に間違った立場にいたというだけの理由で、いきなり連行され、牢屋に放り込まれた。もともと読み書きを生業としていたインテリの為、獄中の本もなければペンや紙もない生活はつらかったといえる。

一年ほど経ったときに、囚人がひとり看守に連れてこられた。身体検査は受けたけれど、持っていた本は見過ごされたようだった。その本は『風と共に去りぬ』で、収監者は順番にその本を読んでいった。その区画には350人の人間がいて、ひとり一時間ずつで次の人に交替。それが囚人たちにとって至福の時間になった。ニビー・マコンネンはこれを翻訳することにした。

紙がないので、煙草パックの銀紙の折り目を伸ばして、その裏面に記述していった。自分の割り当て時間である1時間で翻訳を続けたせいで、翻訳には2年──銀紙にして3千枚分。それを詰められるだけ煙草パックに詰め、先に釈放される囚人たちに託した。ニビー・マコンネンは釈放されるとすぐに、銀紙三千枚文の『風と共に去りぬ』を探しに行った。二年かかったという。そしてついに訳本が出版され、いまエチオピア人は彼の翻訳でその小説を読んでいる。

なんてファンタスティックな話だ! どれぐらい創作したんだろう?(笑)でも幾ばくかの真実は含まれているはずだし、ひょっとしたら全部かもしれない。しかし全部が真実であってもおかしくないと思わせるリアリティがある。とんでもない話なのに。そこらのフィクションよりもよほどよく出来ている話だ。アフリカにはおもしろい人間がいっぱいいる。クズみたいな人間もいっぱい出てくるが。

そのようにして人種も善い人間も悪い人間も、アフリカの善いところも悪いところも(こっちの方が圧倒的に多い)ありたっけ詰め込まれているのが本書だ。読むだけで、唖然とするほどおもしろいパッケージングされていない、「生のままの」アフリカの旅が、安全に(笑)味わえる。オススメ。

ダーク・スター・サファリ ―― カイロからケープタウンへ、アフリカ縦断の旅 (series on the move)

ダーク・スター・サファリ ―― カイロからケープタウンへ、アフリカ縦断の旅 (series on the move)