基本読書

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ブラックアウト:1940年のイギリスから脱出せよ

いやはや大変いいものを読ませていただきました。10年に一度クラスのごちそうですよ(コニー・ウィリス史学部シリーズは、30年で長編が3冊しか出ていない為)。本書『ブラックアウト』はSF作家として数々の著名作『航路』『犬は勘定に入れません』『ドゥームズデイ・ブック』などを送り出してきたベテラン作家だが、本作を読んでいるとそういう言葉が似合わなく感じる。熟練の技はもちろんのこと、アグレッシブさが過去作よりもどんどん増しているのだ。

それは複雑な構成で歴史を語ろうとする構成からも一目瞭然で──と話をはじめる前に少し概要を。本書は『ドゥームズデイ・ブック』『犬は勘定に入れません』に続く、3冊目の「オックスフォード大学史学部タイムトラベル・シリーズ(解説にこうあった)」の前半部分だ。時代はタイムトラベルがある程度実用化されるようになった2060年。史学部の生徒たちは過去の歴史研究を行うため、それぞれの研究テーマに沿った時代へトラベっていく。

当然SFにありがちな「タイムパラドックス」を防ぐためのルールが存在しているのだが、結構長いし複雑なのではぶく。で、史学部の生徒たちはみんなトラベっていくんだけど、真面目に行って平和に戻ってくるだけだったら物語にならないのでトラブルに巻き込まれる。シリーズ各巻ごとに共通して出てくる登場人物はいるものの、話し的なつながりはないのでどこから読み始めてもオーケーだ。

でもどれも大変おもしろく至福の時間を過ごせることを保証するので(記憶を消してまた読み始めたいぐらいだ)、本書を読もうかなと少しでも思っている──思い始めているのならば、第一作のドゥームズデイ・ブックから読み始めてもらいたい。僕はもうこのシリーズにぞっこんで、何の変哲もない日常的な場面でも読んでいて泣きそうになる。

優れた作家は誰しもそうであるように、コニー・ウィリス作品にも、彼女以外誰も出せないコニー・ウィリス節とでもいうべき個性がある。段々と危機敵状況に追い込んでいくストーリーテーリングの妙や、ロマンス。テンポの良い会話と心理描写、情景描写(ようするに、文体が神がかってうまい、けど凄さをうまく表現できない)、複数の立場をまとめあげる客観的な視点。

どれをとっても一級品だ。先ほど複雑な構成で歴史を語ろうとする構成と書いたが、いま上に書いた要素がどれかひとつでも欠けていたらとてもだるい物語になっていただろう。750ページもあるのに、まだコレ以上長い後編が控えているんだから。でも幸いコニー・ウィリスにはすべてが高いレベルで出来る力があったし、それは他の誰にも出来ない。

解説で大森望さんはこのシリーズを『歴史研究者が過去に行ってその次代の生活を実地に体験する歴史観察SFということになる。』と書いている。ここまでのシリーズでは、ドゥームズデイ・ブック犬は勘定に入れませんと共に過去に行ってトラブルに巻き込まれたわけだが、場所的にはひとつだった。本作が前作よりもアグレッシブなのは、同じ時代の別々の場所に史学部生を送り込んで、トラブルに巻き込ませたところにある。

具体的な時代は1940年代、つまりは第二次世界大戦だ。ポリーは、ロンドンのデパートで売り子として働きながら現地の生活をみてるんだったかな?? アイリーンはメイドとしてロンドンから疎開してくる子どもたちの面倒を見ながら、観察をしている。マイクルはダンケルク撤退を観察し、英雄たち──ではなく、英雄なんかになる気はなかったのに危機にさいして並外れた勇敢さを発揮した人達がどんな資質を共有しているのかを見ようとしている。

思えば『航路』のテーマもマイクルと同じだった。あとがきでこう書いている。

 死の謎は生の謎と表裏一体の関係にあるからです。タイタニック号の機関士たちは最後の瞬間まで船の明かりを灯しつづけようと奮闘し、世界貿易センタービルから脱出する最後のエレベーターの場所を若者に譲った老人は「わたしはもうじゅうぶん人生を生きたから」といい、ハートフォードのサーカス火事に居合わせた道化師たちは自分の命を危険にさらして子供たちを救い、ポンペイの灰の下から発掘された女性は、死から自分の子供を守ろうとするようにその体におおいかぶさっていました。
 死に直面した人々の勇気、自分の命が助からないとわかっているときでさえ、なにかを、だれかを救おうとする決意は、人間のもっともすばらしい特質であり、たぶんあらゆるものの中でもっとも大きな謎でしょう。

英雄という言葉は出てこないが、いわんとしていることは同じだ。自分の命が助からないとわかっているときでさえ、だれかを救おうとする人間の特質とは何か。このことを直接的なテーマとして扱っているのはマイクルのみだが、三者三様の目的を持ち、日常に溶け込んでいく内に、みながこの「英雄」を目の当たりにしていく。戦争中だからだ。

歴史観察SFというのは文字にすると簡単に思えるが、書くとなると大変なのは想像できる。なにしろ「ダンケルク撤退」のような大イベントならともかくとして、「疎開児童を世話するメイド」の描写を細かくしなければいけないんだから、そんなのどうやって調べればいいんだろうって感じだ。しかもわざわざいくのだからそこには「歴史には紡がれていない、生の日常」を書かなければならない。

元々1巻本を予定していたというが、3つの視点からひとつの時期を書くともなれば3つの物語を書くこととほとんど同義であり、一筋縄ではいかないのは当然だ。第二次世界大戦三国志を書いているようなものだ。でも状況を動かす関羽張飛のような司令部を書いているわけではなく、一方的に状況に翻弄される市民の側だ。未来人だけど。

彼らが閉じ込められるのは第二次大戦下イギリス、爆弾が毎日ふってきて防空壕に避難を迫られるロンドンの状況はシビアであり早急に対処しないと死に至る。しかし脱出するために必要な情報は誰にもわからない──とくれば、これは脱出ゲームの一種といえるだろう。時間に閉じ込められた脱出ゲームなんて、最高に燃えませんか? 後編を一緒にまとう!

下記リンクも参照。ああ、過去感想を読み返していたら、やっぱり面白さがぶり返してきた。どっちも本当にオススメなんですよ。ニー・ウィリス作品は読むと「帰ってきた」っていう感覚にとらわれるんだ……それぐらい「引きこむ力」と「オリジナルな世界観」の持つ魅力がつよい。僕にとっては、宝物のような作家です。
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