基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

赤塚 聡『ドッグファイトの科学 知られざる空中戦闘機動の秘密 (サイエンス・アイ新書)』

ドッグファイト(英: dog fight)は、空対空戦闘において、戦闘機同士が互いに機関銃・機関砲または短射程空対空ミサイルの射界に相手を捉えようと機動する状態を指す用語。格闘戦、巴戦とも。──ドッグファイト - Wikipedia

戦闘機は実際にお目にかかることはまずないけれどフィクションの世界では、たまに題材にされる。森博嗣スカイ・クロラ神林長平戦闘妖精雪風、あるいは有川浩の空の中などなど。実際問題戦闘機ファン以外誰得な本である気もするけれど(自分の国がどのように守られているのかを知っている必要はあるだろうが、ドッグファイトについて知らなくても別に問題はない)フィクションを楽しむための知識があっても良いだろう。

というわけでドッグファイトの科学である。最近押井守監督作であるスカイ・クロラがふと見たくなって、BDを買ってみたのだがここでのドッグファイトはみていて滅茶苦茶楽しい。こんなに何度も見た映画もないのだが、それでも毎回空の中を三次元軌道で縦横無尽に駆け回り機銃を掃射し命をけずりはらひれほれひれと戦闘機が堕ちていく様は心がおどる。

そう、ドッグファイトは面白く、美しくもある。ゲームにもなろうというものだ(あいにくエースコンバットはやったことないが)。だいたい空中で撃ちあうってのが既にすごいというか無茶だ。上下左右どこにでも逃げられるんだから当たらないし勝負にならんだろうと直感的には思うのだが、本書は「こうやって追い詰めるんだ」「こうやって防御するんだ」という戦術を一つ一つ丁寧に、科学的に説明してくれる。

当然空の上といえども物理法則に支配されているわけであって、そうした今まで知らなかった「空戦の物理法則」が意外と読んでいると面白い。たとえばドッグファイトで用いられる機動で常に考え方の主軸に来るのは「飛行中の航空機が持っている善エネルギー」がいくらあるかだという。ここでいう全エネルギーとは位置エネルギーと運動エネルギーの総和であり、ようは「より高い位置にいて、より早ければ相手の後ろに回りこむことが出来る」ためのテクニックが、ドッグファイト時の機動にあたる。

敵より高い位置から攻撃を開始できれば有利であり、当然ながら速度が出せれば有利になる。戦術戦法軌道法にいたるまですべて「いかにエネルギーを効率的に保持するか」が勝負の決め手であって、これがわかると戦い方に一本筋が見えるようになる。たとえば第二次世界大戦中にドイツ空軍が多用したのが「一撃離脱戦法」というのだが、これは敵機より高い位置に陣取り一気に急降下して攻撃を加えた直後に上方へと離脱する奇襲戦法だ。

ただちに上昇するのは高度エネルギーを変換して得た速度エネルギーを、また即座に高度エネルギーに変換することで再度攻撃の大勢を整えるという効率の為だという。これなんかもエネルギーを保持している方が有利だとする概念がないとよくわからなかっただろう。第二次世界大戦時はレーダーがあまり発達していなかったために太陽を背にしたり雲に隠れたりと天候を味方につけて奇襲を行なっていたらしい。なんか燃えるね。

現代ではレーダーが発達したせいで一撃離脱戦法のような奇襲は成立しにくくなっているけれど、高度な電子妨害能力やステルス性能などが一般化すればふたたび有用性が見直されることになるでしょうと本書では書いていて、それは「嬉しいこと」ではないけれども、でもやっぱり事象としてはわくわくする話だ。

揚力の求め方や旋回率、あと空気抵抗力や運動エネルギーと位置エネルギーの変換まで含めて数式がぽちぽち出てくるが割合単純なものであり、「航空機の機動における入門書」としてもかなり読みやすいものになっている。内容も戦術・戦法の解説あり、数式あり、ドッグファイトの歴史あり、素朴な疑問とそれへの返答集ありといたれりつくせりなこの感じ。

スカイ・クロラをもっと楽しめるようにと思って読み始めたのだけど、けっこう面白かったです。