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機械より人間らしくなれるか?: AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる

これはたいへんおもしろくかつ今後の社会を考えていくにあたって重要であろう一冊。

チューリングテストをご存知だろうか? 数学者のアラン・チューリングが1950年に提案した試験であり、人間の判定者が姿の見えない相手とチャットなどを使ってやり取りを行い、判定者が機械と人間の区別が行えなかった場合、この機械はテストに合格……つまり人間の思考と少なくとも表面上は同等であると判断する。

人工知能の団体が主催しているチューリングテストの大会では、人間役のサクラとプログラミングされた人工知能、2人を相手に5分間チャットをしてどちらが人間だと思うかを判定する。毎年審判員からもっとも多く得票を集めるプログラムへは「最も人間らしいコンピュータ」の称号が贈られ、審判員から最も投票を集めたサクラに対しては「最も人間らしい人間」の称号が贈られる。

なんとも楽しそうな大会ではないか。日本ではやっていないのかな。是非サクラとして最も人間らしい人間になる為、参加もしてみたいところだが、本書はまさにこの「最も人間らしい人間」の称号を獲得する為にはどうしたらいいのかを考え、実際にその称号を獲得するまでの話である。チューリングテストの目的からすれば逆のことをやっていると言えそうだ。

けれど、『ロボットとは何か』の中で著者の石黒さんは、人が人にとって便利なものを作っていく技術開発の過程を「技術開発を通して人の能力を機械に置き換えている」といい、「人間はすべての能力を機械に置き換えた後に、何が残るかを見ようとしている」のだと表現した(もっとも本書では「機械」でも「パソコン」でもなく「メソッド」と置き換えようとしているといっているが)。人工知能の目的もまさにそこにあるだろう。

人間が今まで行なっていた対話といった部分を機械に置き換えていった時に、人間に残るのは何なのか……。まだまだシステムによって人間の仕事は完全に奪い去られたわけではないけれど、段々と置換されていっているのは確かであり、僕らはその世界において何をしたらいいのかについてはこれから考えて行かなければならない。

人工知能とはそのような「人間の本質を理解したい」という欲求を満たすためのひとつの思考ツールであるともいえる。もちろん現時点での人工知能はたとえ5分間であってもそうそう容易く「人間である」と断定させられるものではない(条件が揃えばだいじょぶだけど)。まだ人工知能にはできない対話の部分を丹念に検証し、そこに人間性を見つけ出していくのが本書の目的である。

たとえば人工知能が自然な会話を行うためのひとつの方法として有効なのはユーザの知識を使うことだ。「こんにちは」といって話しかけたら大抵の人は「こんにちは」と返す。あるいは「よう」とか「へい」とか「やあ」とか。どんな返答であれデータベースに返答内容が登録され、「こうきたら、こう返す」という事例を数百万件以上蓄えれば結果的に本物の人間との対話のようにみせかけることができる。

しかしこれには当然欠点がある。「ボーイフレンドはいる?」と尋ねると過去の返答集から「いまはいないけど、そのうち欲しいな」と返したとする。次に「君のボーイフレンドになりたいな」と打つと「それは難しいわね、わたしは結婚して幸せだから」と返してしまう可能性がある。つまりアイデンティティ、設定が一貫していないのだ。

もちろんキャラクタ設定をあらかじめ固定しておけば上記の問題事態は防げるだろうけれど、すべての設定をあらかじめ決めておくことなどできない。固有のアイデンティティを認識し、一貫した自己として振る舞えるのは現時点における人間の本質の一端と言える。

こうした「人間の本質」を明らかにしていく一方逆に考えてみるのもおもしろい。たとえば人間はただ息をしているだけで人間なのかといえば、そうではないでしょうという話。僕らはただ存在しているだけで人間なのではなく、同じ事だけを繰り返したり定型文を述べている時に「人間性を失っている」といえるだろう。

人工知能は最近ではヘルプデスクに活用されていたりする。またこの前映画館にいったら、チケットの販売が全てシステムに置き換わっていた。人間の仕事は減りつつあるが、「仕事を奪われている」のではなく「非人間的だった仕事をシステムに変わってもらって」いて、そのおかげで人間性を取り戻していっていると考えることもできる。

仕事をするために人間は生きているわけではない。誰も仕事をしないでみんなが楽しく生きていける時代がくるなら、それが最善であるのは言うまでもないことだろう。そしてその時人間が何をするのかを考える為に必要なのが、こうした人間の本質を探っていく試みなのだと僕は思うのである。

機械より人間らしくなれるか?: AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる

機械より人間らしくなれるか?: AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる