基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

マニフェスト 本の未来

米国の電子書籍事情は諸々の理由があって日本より随分先に進んでいる。最近Kindleで洋書をよく物色していることもあって驚くのが、特にここ数年以内に出版されたものについてはほぼすべてKindleに揃ってるんですよね。「あ、これないな」と行き当たることがほぼない(日本だとまだ「あ、これあったんだ」という驚きばかり)。

本書『マニフェスト 本の未来』はそんな電子書籍が当たり前になった世界の人達が書いた「本の未来」。というわけで電子市場が日本より進んだ場所から、現在の視点の報告と日本の市場(というよりかはデバイスや本の形態まで含めた全体的な変化)の未来の話が読める。そしてそれが僕らの未来をみているのと同じことでたいへんおもしろい。

英語の電子書籍市場では短編、中編がそれぞれバラ売りで、200円とかで売ったりしていて、すでに完全に物理的制約から離れているよなあと思います。たとえば紙の本で売るんだったら50ページの本を200円で売る、短編をバラ売りするとかはまあ普通ありえないですけど、電子書籍だったら普通にありえるわけですから。そしてそういうところまでもう進んでいるわけです(もちろん日本でもあるけど、まだ数が少ないよね)。

現在出版されるものについてはほぼすべて同時に電子化が終わっていて、過去のものも電子化が進みつつあり、新たな形態が生まれてきている。

本書が言っている未来とはそこなわけですね。本をいったんゼロから考えてみよう、新たな形態ってなんなんだろうと。本とは今までずっと紙の本であり続けてきたわけですが、これからはその形も変わるでしょう。たとえば検索をするときに知りたいのはある特定の「あれはなんだろう? どうういうことだろう? なんか面白いことないかな」という疑問であって「一冊の本」より前にその質問への答えが欲しいわけです。

あるいは高邁と偏見を読み終えた後にポップアップが出て「高邁と偏見とゾンビに本書をアップデートしますか?」というような、紙の本の時とは考えられなかったネットワークの中にコンテンツが置かれるようになる状況も考えられます。とにかく既に物理的制約を離れている以上過去の物とはまったく違った形態に常に変化していく可能性があるわけで、本書で考えられているのはそうした多様な本の形態についてということなのですよ。

本書はなんだかそのへんのブロガーやなんだかよくわからん胡散臭い人間が26人も集まってだいたいそれぞれ自分の一章を書く形式で書いており、たいへん面白い内容のものもあればまったく興味がわかないものもあれば、当たり前のことを当たり前にいうあんまりおもしろくない章もあり、まあなんだか適当に面白そうなところをつまみ読みするのがいいような気がします。

たとえばファンフィクション(同人みたいなもんだと思う)について書いた章があったかと思えばゲームみたいなインタラクティブ形式な物語について書いたものもあればDRM規制の技術的是非を問うたものもあり、はてはてグループで読書を読むためのウェブサイトについて語ったものもある。ざっくばらんな感じです。

紙の本で買うと3000円もしますがKindle版なら1000円で、僕はもちろんKindle版で買いました。まあさすがにこういう趣向の本ですから、発売と紙と電子は同時に出たみたいですね。そんなのは普通当たり前の話になわけですけど、現時点では「すごいな」と素直に思ってしまうぐらいありふれていない話です。

そんなことはどうでもよく。まあ興味がある人は読むと楽しめると思います(なんだってそうだが)。

いろいろ日本では聞かない面白い話があってそういうのをちょこちょこ紹介して終わりにします。だいたい本の内容は伝わったでしょうから。たとえばインタラクティブなストーリーテーリングを語るモデルというのがあり、細分化された物語を作家が書き、選択肢によって物語が分岐していく──まあエロゲーというかギャルゲーで日本には馴染み深くなってしまっていますがそういうものです。

アダム・カーダが開発したPhotopiaというゲームでは、プレイヤーはメインキャラクターではなく、一人の女性主人公が直面していく事態にいろいろな脇役として参加することになります。⇒http://goo.gl/PSjzr 英語しかないですが。最初のページでWould you like instruction? というメッセージが出るのでnoかyesかで答えると遊べます。

他にも面白そうなゲームがあって、革命の草稿というやつなんですけどこれは文通ストーリーだという。⇒http://goo.gl/Qxah8 これも当然英語だが。文章が魔法によりリンクされているパラレルワールドを部隊にした物語で、手紙を順番に読んでいく。それぞれのセンテンスは魔法により送られるため、字が少しずつ薄くなって、消えていく。

ユーザはヒントを頼りに文章を見直して、編集し、時には全文を削除して手紙の内容をコントロールしていく。これもまた物語の形をとっているが、今までの本の形態とは明らかに異なっている(というかまあゲームなのかもしれないが)。

またソーシャルリーディングについて語った章で紹介されているブックグラットンというウェブサービスが日本にはまだないもので、おもしろかった。本をたくさん集めて、誰でも自由に読め、誰でも好きな場所にコメントをつけることができる。日本では今、読書メーターのように読んだ本を登録して感想をつけられる機能をもったウェブサイトは無数にあるが、本の中身をそのままあげられるウェブサービスはない(と思う)。

中にある本は多分パブリックドメインの物と、個人が作ったEpub本? なのかどうかはわからないが、とにかく無料の本なのだと思う。これにたいしてみんなは読むことができるし、コメントをつけることができる。今でも無料の小説投稿サイトはいくつかあるが、それを古典作品にまで開放し、「人と人が繋がる為の手段」にしているところが新しいといえるだろう。

各所で読書会がブームになってきそうだ(と勝手に思っている)が、こういうウェブサービスがあるとずいぶん楽しそうだと思う。

と、まあこれ以外にもいろいろな話があって大変おもしろい一冊でした。僕個人は出版の行末みたいなのには多様化するんだろうなあという思いがあるぐらいで、他にはあまり考えてないんですが。というのも、僕が好きなものは本という形態が失われてもなんら変わらず存在し続ける確信があるからで。

僕は本を読むのが好きで、今なお楽しみが増し、常に没頭していますが、僕が楽しんできたのは「本」ではなく、ずっと本の中に書かれている「人の言語、あるいは表現」だったわけですから。まわりを取り囲む状況が変わって、パッケージが変わって、中身も多少変化するかもしれないけれど、僕自身はそれを楽しみに待っているわけです。

周辺でお仕事されている方にはたいへんなお話でしょうが。

マニフェスト 本の未来

マニフェスト 本の未来