基本読書

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ルワンダ中央銀行総裁日記 (中公新書)

初出は1972年で、増補版が2009年に出ている名著なのだが、いまさら読んだ。そして、めちゃくちゃ面白い! 日銀に長らく努めていた服部さんがアフリカ中央の小国ルワンダ中央銀行総裁にODAの一環で送られたあとの6年間が語られているのだが、日銀で培った経済的知識を、そうした知識をまったくもたないルワンダに適用し、ぼろぼろだった財政、物資も何もなかった残念な状態から見事国を立て直していく。

「ああ、経済って、本当に人の役に立つんだなあ。そしていまの状況はそうした経済的前提の上に成り立っているんだなあ。」と心底実感させてくれる内容でとにかく凄まじい。ろくに働かず好き勝手帰ってしまい、誰一人として経済に関する学問的知識をもたない中央銀行職員たちの中に降り立ち、ばっさばっさと改革を成していく。すべてはルワンダのために行い、ルワンダ人の意見を聞き、有効な対策を打っていく。

まあとにかく服部さんの着任当時のルワンダは貧乏そのものといったかんじで、市内の見学が30分で終わってしまう。五十軒ほどの商業地区に少し大きい家程度の外務省、郵便局、大蔵省、国税庁に百戸あまりの住宅街。そんな貧相な物質で構成されているのがルワンダキガリであった。しかも銀行は設立当初から破綻寸前で悪化の一途をたどっている。ぎりぎり他国の援助で経済が破綻せずに済んでいるような状況だった。

服部さんはそこからこの国の経済を立て直していくことになる。もはや何をやっても有効な改善になるであろうという状況でがしがし手を打っていくわけであるがこれがまた痛快。主要な方針としてはルワンダ経済の諸悪の根源とかしていた二重為替相場制度(特定の貿易外取引において使われるドル=ルワンダ・フランの交換レートと需給関係で決まる自由市場の二つがあった)の廃止による外国人優遇税制(優遇しようという意図のもとというわけではなく、自然と誘導されてそうなっていた)の消滅。

また経済を市場経済へと移行させることになる。生産増強の重点はこれまでルワンダ国民がやってきた農業において、農業生産を自活経済から市場経済に引き出すための準備として市場機構の整備をおこなっていく。その為にルワンダ農民の欲するものを安価で豊富に供給しなければならず、そのために輸入の自由化を決定する。ひとつの方針から無数の行動に手がうつっていくわけではあるが、その中心になる理屈は非常にシンプルなのがおもしろい。

基本的な方針を自活経済から市場経済への引き出しという形に定め、それを農民の自発的努力によって達成する。そのために農民のモチベーションが発揮されやすいように普通にやればなんとか生活出来るだけ儲かり、少し頑張れば頑張った分だけ利益として計上されるように仕組みをつくり、必要な農具、肥料、殺虫剤などが適宜意欲に応じて対応できるように整備を行なっていく。

「国民の自発的努力を信じる」というと聞こえはいいが、これは「信じる」なんて生易しいものではなく、動機面から物資面まで含めてあらゆる側面において「やる気をなくすような」障害をできるかぎり排除していくのが服部さんの改革の数々の骨子になる。

言葉にするとほんの二三行で治まってしまう簡単なものだが、実際その中で服部さんが行った数々の改革はどれひとつとりあげても考えぬかれたものばかりだ。ルワンダの主な輸出製品だったコーヒーの立て直しからバスの整備、それからビールの消費者価格の設定まで、動機面から人間をコントロールしようとする思想は当時どれぐらい知られていたのかわからないが行動経済学の実践編のごとくうつる。

一人の漢による国の建て直し記であり、経済学が本当に人々の役に立つのだというわかりやすい実証例であり、経済学的思考法で物事を改善する事例で本作は溢れている。先進国の論理を振りかざした無根拠な援助や市場主義や関税の撤廃を推し進めるのではなく現地に密着し障害を一つ一つ排除していく、地道な在り方が成功につながっていくのは、本書が出版されて40年以上が経つ今でもまったく衰えることなく使用できる考え方だろう。