基本読書

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シスターズ・ブラザーズ by パトリック・デウィット

いやあよかった。最初から最後までその不思議な魅力にとらわれっぱなしだった。西部劇物といっていいのだろう。馬に乗って、銃を吊り下げた兄弟のコンビが一人の男を狙って何週間もの旅をする。怪しげな歯医者、馬の目をえぐりとってお金を得ようとする男、荒々しい女に金を湯水のように使う金持ちに、砂金を拾う為に川漁りをする大勢のろくでなしども。そしてなんといってもド派手なガンアクション。

不思議な魅力と書いたのは、どれもがちょっとずつズレているような感じを受けるからだ。それはひとつには物語の語り手であり、殺し屋の兄弟の弟──心優しく大柄で、馬鹿で考えなしだが思弁的な男であるイーライのせいなのだろう。なにしろ一番最初から彼の独白は「兄貴の馬は上等なのに俺の馬はダボだ……」という愚痴を延々と考え続けるのだ。

それでいてそのダボな馬のことを旅のあいだですっかり気に入ってしまい、馬のことを延々と考え続ける。ダボな馬をかわいがったところで旅が有利になるわけでもなく、そうした場違いな優しさというか、愚直な態度が物語を常に妙な方向へねじまげていく。そしてその語り口は常に論理的というか感情が入り込んでくるので非常にふらふらしている。

惚れた女性に身体がでかいと言われれば必死にダイエットしようとチェリーパイを我慢してゆでた人参を選ぶし、違う街にうつればまた別の女性に惚れて自分の生命ともいえる金をほいほい与えてしまう。イーライはしょっちゅう兄貴の飲み過ぎや、酒を飲んで周りの馬鹿騒ぎを馬鹿にして語るが、彼自身の行いも相当アホの極みであり、そうした行動が兄弟をピンチに陥れもする。

語り手……というか登場人物がズレているために物語は常に通常想像される西部劇からは遠く離れたところにいってしまう。

そして何より彼は殺し屋という職業に嫌気がさしており、故郷に戻って衣服屋を自分で開きたいと考えている。およそ西部劇にはにつかわしくないタイプの人種であるが、それでも仕事はキッチリこなそうとする意志をもっている。こうした「殺し屋」なる珍妙な職業についている二人のプロフェッショナリズムというのは、読んでいて非常にそそられるところだ。

殺し屋のプロフェッショナリズム

といっても本書のほとんどはターゲットに接近する旅にあてられていて、実際にその能力が発揮されるのは相手を殺す場面ではないのだが。それはたとえば作戦立案の場面であったり、立ち寄った町でならずものの襲撃にあった場合の立ちまわりであったりする。すごいなあ、いいなあと思う描写が、「自分たちが勝てないと思ったら、金を盗られるとわかっていても冷静に突きかえそうとする」というところ。

こうした自分たちの力量を冷静に見極めて勝てないのならば諦めるという割り切りがかっこいい。結局渡す金がないことに(これもイーライのせいだ)気づき、じゃあどうする、となったときに冷静にそこから「少しでも勝率をあげるための準備」をはじめるのだが、そうした状況を受け入れ、逆上するでもなく嘆くでもなく淡々と次善の選択肢を選んでいく様がクールでかっこいいのだ。

ただまあ残念なことに、そもそもハメられて一か八かの勝負に出なければいけなくなってしまうような時点で、実力としてはそう高いわけではないのだけど。そういう「スゴすぎるわけでもないし、弱すぎるわけでもない」という中途半端な殺し屋なところも本作を不可思議な内容にしている一因だ。

謎のディティール、日常の魅力

僕は西部劇をほとんどみないし、そもそも西部劇を大量にみたからといって西部時代のリアルに詳しくなるわけでもないが、やたらとディティールが凝っててそれがまた面白かった。たとえば馬が目を怪我しており、突然「目を繰り抜いてやろうか?」といってくる馬丁など。麻酔をかけて、スプーンでめをえぐり出すというのだが、その描写がまたなんともえぐい。

「しかし、手術道具はどうする?」
「使うのはスプーン一本だけさ」
スプーンで目玉をえぐり出すのか?」
「ただのスプーンじゃない。スープ・スプーンだ」彼は力強くうなずいた。

スープ・スプーンだからなんだっていうんだ。そしていざ手術が終われば暴れる馬に、定期的にぽっかり穴の空いた目に消毒液を入れなくてはならない。ひええ。まあなんとも荒っぽい時代である。実際どうなのかはさっぱりわからないが。

そして殺し屋の物語で西部劇だが常に撃ち合っているわけではない。そのほとんどは兄弟の旅の日常を書いたものだ。たまたま出くわした歯医者に歯ブラシをもらう、歯磨き粉の味を選択する、といったしょぼくれたエピソード、蜘蛛にさされ顔が巨大にはれあがり右往左往し二日酔いで旅の出発が遅れに遅れる。そうした動作の一つ一つがやけに面白く、反ヒーロー的であり、ようするに西部劇っぽくない。

しかしそうした日常遭遇する数々のドタバタへの書き込みが本作に異様な迫力を与えているのだ。

シスターズ・ブラザーズ

シスターズ・ブラザーズ