基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ZOO CITY 【ズー シティ】 by ローレン・ビュークス

舞台が南アフリカ! 一体の動物と共生関係を結ぶとそのかわりに超能力を得るという「うわああジャパニーズ・能力バトルだあああ惑星のさみだれだあああしかもヨハネスブルグの天使たち(宮内悠介)⇒ これは凄い。『ヨハネスブルグの天使たち (Jコレクション)』 - 基本読書 を読んだばっかりだから南アフリカSF読みてえええええ」と興奮しきって買ってきた。

期待させてしまうと申し訳ないので先に書いておくのだが、動物持ち能力者たちが過酷な環境でサバイバルバトルを行うような、ジャパニーズ能力バトルものではない(当たり前だ)。フィリップ・マーロウみたいなしぶい……というかドロにまみれたハードボイルド物である(ただし探偵は女性)。

健気で不幸体質なわりにしぶとくて魅力的だ。ジョジョ六部の徐倫……みたいな感じ……というとずいぶん外れているような気もするが、本質は外していないと思う。

南アきっての大都市ヨハネスブルグの一角に、犯罪者の吹き溜まり、ヒルブロウ地区があった。別名ズー・シティ―動物連れの街。当時、全世界で魔法としか思えない現象が起こっていた。すべての凶悪犯罪者は一体の動物と共生関係を結ばされ、その代わりに超能力をひとつ使えるようになったのだ。紛失物発見の特殊能力を持つジンジは、失踪した少女の捜索を依頼されたが、その行く手にはどす黒い大都市の闇が待ち受けていた!アーサー・C.クラーク賞受賞。

著者のビュークスがヨハネスブルグ出身&ジャーナリストということで、取材を丹念に重ねたであろう南アの描写には圧倒される。

ひたすらごみごみしていて、人間が住む場所としてはいっそすがすがしいほどに荒廃している。黒い思惑がぐるぐるとうずまく人間環境環境は最高にホットだ。とてもとても「そうはいっても素晴らしいところもあるなあ!」と思うこともできない場所だ。慣れない地名、人名、文化、それにファンタジックな要素が整然と描かれているのではなく、雑然と、観たままに放り込まれてきているのうで最初はひたすら困惑するだろうと思う。

のちにインタビューをちょっと紹介するが、これは意図的なものだ。イメージとしてはニューロマンサー、あるいはコニー・ウィリスによる史学部シリーズの一番最初の、情報を細かな説明抜きにぽんぽんと表現することに依って読者をひたすらと困惑させる、そうした不親切さがこの小説にはある。犯罪者が動物付きである理由とか、動物がつくと能力が得られることとか、なぜ殺人をおかした犯罪者にしかついていないのかとか、なぜ動物が一人ひとり違うのかとか。

そうした情報は親切に説明役のキャラクターが椅子に座って懇切丁寧に説明されるわけではない。ただ手がかりがそこら中に散りばめられ、読者はその手がかりを元に必死に推測を重ねていく。相当困惑するだろう。ただしこれはひょっとしたら、演出ばかりではなく、小説がうまくない部分もあるのかもしれない。

だいたい翻訳がひどいのか、原文がそもそもひどいのか、難解なメタファーも含めて、善し悪しは、正直なところ精確な切り分けができなかった。あまりにも緻密な街や人、文化の描写は、著者の元々の業績を占めているジャーナリストの部分が出過ぎてバランスを欠いているような気もする。が、素直に感想を書くならば次のようになる。

へたくそだな、何を言っているのかさっぱり意味がわからないな、というところもあれば、このごちゃごちゃした感じに圧倒されるところもあった。比率としては7:3ぐらいか。ただし──ニューロマンサーコニー・ウィリスを引き合いに出したようにそうした「入り込めなさ」は後から文のリズムをつかんだころから快感にも変わる(ところもある)。

メタファーについて

難解なメタファーと書いたが、大半のメタファーは一見よくわからない表現なのがむしろ面白く、魅力的だ。かなり訳も難しかっただろう。ためしにちょっと英文併記で引用してみよう。たとえばジンジ(主人公の女性)が彼氏に、自分のクライアントが死んだことを説明する最初の方の場面でこんな表現がある。

「死んだわ。殺人よ、専門用語がよければね。あたし本当にその場にいて、つながりがぶつんと……細くなって切れたの」言いながら、また胃の腑をがつんと一発やられたようだ。まるで迷子の心臓発作がふらふらしたあげく、手違いで腸に入りこんだみたいだ。

原文はこんな感じ。

“She died. Murdered, if you want to be technical. I was practically there and the connection just … withered up.” Saying it, I feel the kick in my gut again. Like a lost heart attack that’s wandered into my intestines by mistake.

Like a lost heart attack that’s wandered into my intestines by mistake.という表現がかなり意味不明なのだががんばって訳している(僕がじゃなくてこの本の訳者が)。heart attackで心臓発作だがlostがついて迷子の心臓発作になっているみたいだけど正しいのかどうかよくわからない。

動物付き能力者

動物が憑く(幽霊ではないが)ことで能力が使えるようになるという発想は、宗教的なものに基づいているのだろう。アニミズムとかかっていうのかな。主人公であるジンジもまた動物付きであり、彼女についているのはナマケモノだ。そして能力は失くし物探し。糸が見えるように、失くしたものがどこにあるのかわかる。なかなか便利、実用的な能力ではなかろうか。それにしても取り憑いた動物がナマケモノとは。

実際の能力と動物が結びつくことはほぼないという作中の台詞がある。一方彼女の場合はナマケモノという属性は彼女自身の性質に由来しているものかもしれない。普段は探しもの屋としてまっとうに稼いでいるが、裏では金を稼ぐために裕福な人間から、かわいそうな立場を装ったスパムメールの一斉送信で金をだまし取る仕事をしている、倫理的怠惰。というのも借金が山のようにあって、なんとかしてその金を返さなければいけない。

複雑なプロットと奇想ファンタジーのバランスについて

正直言って南アフリカで犯罪者に動物がついてしかもそいつらが超能力が使えるようになるという奇想は(日本だったらアニメ・漫画・ライトノベルの路線で容易に受け入れられるが)普通にやったらなかなかリアリティを得られないだろう。そうした浮き気味な設定は著者のジャーナリストとしての現実の南ア描写によって堅固に支えられている。ヨハネスブルグ出身だが、実際丹念に取材も行ったようだ。著者インタビューより Zoo City author Lauren Beukes on how to write a sci-fi novel | SciFiNow - The World's Best Science Fiction, Fantasy and Horror Magazine

So I think you can go wild but you have to anchor it to something to make people buy into it and to feel the real intent and also risk and danger, you know, to make it believable, to make it credible to put your character in peril.

冒険的な設定を行う時は、それに対応する、バランスをとるようにしてアンカー、それだけのリアリティを用意しなければならないという話。奇想ファンタジーと複雑なプロットのバランスをどうとればいいのか、という問い*1や読者への情報の開示の仕方などインタビューはけっこう興味深い内容になっている。重要なのは文脈であって、充分な手がかりさえ読者に与えることが出来れば、読者が情報を知らなくても精確な意味を語句から推測することができる、という。

簡単なまとめ

僕が魅力に感じたのもまさにそうした奇想と南アの町並みと住人の生活のリアリティなので重点的に紹介した。一方実をいえばプロットは複雑なわりにあんまり面白みがなく、盛り上がりにかけるように思う。尻切れトンボというつもりもないが、あまりプロット的な面白さを求めてしまうとがっかりしてしまうかもしれないから一応書いておく。ただし数々の点で圧倒されたことは間違いなく、今後の作品が凄まじく楽しみな作家だ。

ZOO CITY 【ズー シティ】 (ハヤカワ文庫SF)

ZOO CITY 【ズー シティ】 (ハヤカワ文庫SF)

*1:大半は直感的に、それに大事なことは可能な限り読むこと。書き始める前に私は大量のノワール小説を読んできた。