基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

死刑執行中脱獄進行中『悲惨伝』 by 西尾維新

下に書いていくことの要約。前作『悲痛伝』の1.7倍ぐらい面白い。その理由はようやくサスペンスとして、空々空の主人公としての魅力が発揮される場面になってきたからである。そして西尾維新ジョジョそのものなので、ジョジョノベライズにがっかりした人ほど読むべきではなかろうか(僕はジョジョノベライズも好きだけど)。

そのあまりに無内容で長々と続く思考とまったく進まない話に読者が悲痛の声をあげていた読者が『悲痛伝 』(講談社ノベルス):西尾維新 - 基本読書 だったが(読者がというか僕が)意外や意外、今回の悲惨伝はぜんぜん、前回はなんだったんだろう?? というぐらいにおもしろかった。このシリーズは感情をもたず冷静に、手持ちの情報を合理的に判断し、あらゆるものを切り捨てて自身の方向性を決定することのできる空々空(そらからくう)という13歳の少年を主人公にして展開している。

全住民失踪事件を調査するべく四国を訪れた、
地球撲滅軍第九機動室室長・空々空。
利己的で感情を持たない、十三歳の少年にして、英雄。
何者かによる四国脱出ゲームに巻き込まれた空々空は、
謎めいた年上の魔法少女、杵槻鋼矢と同盟を結び、
勝ち抜くために必要な『ルール』を探すことに。
不明室が企てる『新兵器』投入が刻一刻と迫り、
敏捷な影が二人を追う!
悲鳴から始まり、悲痛な別れを繰り返す英雄譚、第三弾。

そして物語の展開は、たぶんだけどこの空々空はいかにして活躍させられるのか、この主人公がもっとも光輝くのはどういった時かという観点から選ばれているのだと思われる。西尾維新史上かつてなく人が死ぬ物語であり、それ以上に人類が死んでいく物語であり、気を抜けば目の前の人間が死んでいく物語であり、空々空は男なのに魔法少女のコスチュームを着せられ今回の四国編では容赦なくデス・ゲームに放り込まれルールがまったくわからない状況下での戦いに放り込まれていく。

男なのに魔法少女を着せられることも、目の前でどんどん人が死んでいくのも、そしてまたルールがわからないゲーム、しかも能力バトルの世界に放り込まれるのも、すべて冷静沈着な判断力が最大限に生きてくる世界だ。四国編で出てくるのは魔法少女だがその実やっていることはまんま状況の読みとルール自体をいかに把握し相手の能力をどのように把握しくだすのかという荒木飛呂彦の世界観そのものでもある。

荒木飛呂彦の短編に死刑執行中脱獄進行中という、傑作がある。これは囚人が投獄された死刑執行のための部屋から「明示されていないさまざまなトラップを考えに考え抜いてなんとか回避し、生き残ろうとする」という話なのだけど、四国編はまさにこれだ。四国に入ったら最後外部に連絡をとることもできず、即死級のトラップがそこら中にしかけられていてどのようにそれが動作するのか、検証していかなければならない。

「何が起こっているのか」という緊迫した状況への限られた情報からの推理、そしてどうしたら生き残ることが出来るのかと考えることこそがこうした物語の醍醐味である。重要なのは「魅力的な世界ルール(情報)が開示されていく」ことと「状況の緊迫感」が増していくことが重要なわけだけど、悲痛伝はそこがなかった。ということでようやく、四国編において物語的な面白さを迎えたのはこの『悲惨伝』から、ということになる。

いやー特に今回は読み合いがよかった。正しくジョジョだったね。荒木飛呂彦さんは自身の新書の中でよいサスペンスの5つの条件として次のようなものをあげていたけれど、本作はこの悲惨伝で3つまでを満たしている。①謎。②主人公に感情移入できること。③「設定描写」の妙。良い設定があれば、観る者はその世界観に没入する。④ファンタジー性。誰もが憧れる世界であるということ。⑤泣けること。

謎。世界への謎。四国のゲームがなぜ始まってしまったのか、クリアはどうしたらできるのか、ルールはどんなものがあるのか。②……はない……と言いたいところだけど、感情がないかのように合理的に振る舞う傾向は今の若い世代の特徴のような気もする。僕もどちらかというとわーきゃー感情に揺れ動かされるヒーローよりかは空々空のように人を切り捨てるタイプの判断を即座にくだせる方が好きだが。でもやり過ぎなような気もする。

③は今回でこの四国編のゲームがけっこう作りこまれていることがわかって満足だった。④誰もが憧れる魔法少女の世界。⑤……はまだなにもない。まあだいたい3つは満たしているとっていいだろう。だからなんだというわけでもない。付け加えるならばここに生命を失うことへの緊迫感を入れてもいいんじゃないかと思う。そのへんの設計は四国編にて……かなりうまく機能してきた感がある。

と、けっこうベタ褒めしてしまった。いやでもそれぐらい良かったなあ。

悲惨伝 (講談社ノベルス)

悲惨伝 (講談社ノベルス)