基本読書

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メディア × 政治『大日本サムライガール』 by 至道流星

かつてマクロス河森正治監督はインタビューの中で異質なもの同士を掛け合わせることで、未知のものが生まれていくと語った。⇒空を「青以外」で塗らせるのは意外に難しい:日経ビジネスオンライン また有名な『アイデアのつくり方』という本ではアイデア作りの基礎として次の2つをあげている。一つは『アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ』であるということ。二つ目は『既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性をみつけ出す才能に依存するところが大きい』ということ。 ⇒ アイデアのつくり方 - 基本読書

大日本サムライガールは小説家至道流星による小説作品である。まだ完結していないので心苦しい。しかし傑作なので紹介しよう。

その題材はびっくりするようなもので、右翼で日本の独裁政治かを目指す女子高生が、政界に打って出るための手段として「アイドル」としてデビューし、その覇道をゆくというものだ。決して「アイドルとして知名度を得たから政治でもやってみるか」というようなおまけ的な要素ではなく、あるいは何の根拠もなくアイドルが政治をやらせたら面白いんじゃない? という思いつき的な組み合わせで選ばれたわけでもない。

政治家となり、国を変えるために、その為の最短のルートとして「アイドルになる」という必然性がこのシリーズの肝だ。そしてそれを書くのは 羽月莉音の帝国 - 基本読書 を書いた至道流星羽月莉音の帝国はもう大傑作で、こんなもん書いちゃって残りの作家人生どうすんの!? これを超えられんの!? というようなシリーズなのだけど、大日本サムライガールはまたまったく別ベクトルで傑作なので驚いた。

一見突飛なアイドル×政治というのがアイデアのつくり方における原則その1だとしたら、その組み合わせにおける合理性こそがアイデアのつくり方における原則その2だ。もっともこのシリーズの場合、記事タイトルにつけたように描き出していくのは「アイドル」ではなく現実の世界を動かしている「メディア」である。メディアがどのように馬鹿な大衆を扇動し、コントロールし、莫大な利益と力を生み出していくのかが物語の核になる。

あらすじ

物語は冒頭、凄まじい美少女である神楽日毬が防衛省の正門入口付近にて「真正なる右翼は、日本に私ただ一人である。有権者諸君、我が国は今、大きく舵を切るべき瞬間を迎えている。日本が取れる指針はもはや少なく、残された時間には猶予もない。それ故、真に国家を愛する私──神楽日毬は、日本の独裁者となり国家を正すことに魂を尽くす所存である」と拡声器片手に声をはりあげているところに遭遇する。

当然だれも関わりあいになるはずがなく、彼女が自分でつくった政党に参加している人間もいなければ主張に賛同してくれる人間も居ない。そこに通りかかるのが日本最大の広告代理店である蒼通の社員二人……蒼通というか電通なので、今後は電通と表記する。そしてひょんなことから電通の二人と独裁者を目指す日毬はかかわりあうことになっていくのだが……その論理がこの物語の肝だ。

メディア×政治

さっきも書いたように本書を付き動かしていく核は「メディア」と「政治」だ。物語の冒頭で電通マンで主人公の男はこうやって「政治家にとって、最も重要で効果的な仕事とは何か」と日毬に問い、彼女は「それはもちろん、自分の政策を実行することではないのか?」と答える。それへの返答がこれだ。

「違う。本質は実に簡単で単純だ。いかにマスメディアに取り上げられるかがすべてなんだよ。それが彼らの最大の関心事で、唯一無二の政治的な仕事なんだ。メディアに露出している政治家の方が有能だという錯覚を多くの人が持つから、献金だって集めやすい。いや、もっとハッキリ言えば、政治活動とは、対マスコミ向けのアピールのことを指している。中身なんて関係ないんだ」 〜中略〜
「メディアの露出していない政治家なんて、存在していないのと同じこと。民衆は誰も気づかない。心底バカげてると思うが、一人一票の民主主義である限り、この構造は変わらないだろう。おそらく、永遠に」

そもそも知らなければ投票しようがないし、熱心に政策を読んであの人に投票しようなんて層は極僅かでしかない。ネットの意見ですらほとんど意味が無い。日本人口からいえばネットの意見なんか影響力が皆無といっていいほどのパーセンテージしか占めていない。テレビの影響が1000万単位の人間に届くとしたら雑誌はせいぜい10万、ネットの情報を熱心に収集する層はその半分ぐらいだろう。

殆どの日本人はテレビなどのマスコミを通して影響を受け、自身の行動を決定する。つまり、民主主義とはテレビなのだ。というのがこのシリーズの基本骨子だ。だからこそ神楽日毬は自分の独裁政権を築きあげるためにメディアの世界──まずは自分の容姿を利用した地道なアイドル活動に打って出ることになる。

右翼アイドルは行き過ぎに思うかもしれない。基本政策は核を持ちアメリカとの同盟をいったん対等なものにしきりなおし保証などはすべて一括してベーシックインカムにするなど鋭すぎるものも多くとても多くの人間が受け入れられるものではない。しかし主人公は政治的に中道の思想を持っていることが最初から明かされているのでバランスよく読める(後ほど中道寄りの左翼アイドルも参加する)

メディアの描き方

地道なアイドル活動も読んでいて楽しい。最初は当然知名度がないから交通費がでないようなレベルの地道な雑誌の仕事を受注して、地道に地道に名前をうっていくしない。たまに声がかかればマイナなテレビにちょい役で出してもらったり、といった経験を通じてレベルアップしていくが、大半のアイドルはそんなレベルに達しない。本作はヒロインが最右翼かつ主人公が元電通マン(物語冒頭でアイドルプロダクション社長に転職)のぶっ飛び具合なのであっという間だが、次第に所属するアイドルも増え、そうした地道な出世も書かれていく。

しかし──アイドルというのはメディアの力の一面に過ぎない。本作が描き出していくのは、メディアがいかにして大衆を操り、力を持っているのかだ。メディア間のヒエラルキー、大衆がどのように反応するのかというのは『羽月莉音の帝国』でも書かれていたが、あくまでもサブテーマの一つといった扱いだった。このシリーズではそれを真っ向から書く。なんといっても主人公は電通だし、何度も電通と協力してことにあたるのでその辺の描写がおもしろい。

たとえば3巻ではアイドルとしてひとまずナンバーワンの知名度を得た日毬を武器に、アパレルのブランドビジネスを仕掛ける。一流どころの洋服デザイナーを雇い、そのデザイナーがデザインした服を日毬がデザインしたといってブランドを立ち上げ、売るのだ。資宝堂(以下資生堂表記)、電通、それからひまりプロダクションに、2巻でひまりプロダクションが過半の株式を取得してほぼ取り込んだ製造工場を使ってビジネスを立ち上げていく。

順調にデザイナはデザインをあげて、お店もオープン。しかし最初は何一つ宣伝しない。

「これはこれでいいの。のっけから芸能人を起用し、大々的に告知して、盛り上げに盛り上げて事業をスタートするなんて三流も三流よ。素人さんたちが考えそうなこと。正直そういうのはね、もう顧客に見飽きられてるの。私たちはプロだから、任せといてよ」

そうだったのか! 僕は超ド素人なのでそうやってやるんだと思っていた。というかこれも別に小説なのでフィクションなんだけど。もっともそういうやり方も、テレビの主要な視聴者である低IQ層(こういう言い方は本シリーズで何度も出てくる)の広いところを狙うならばそれでもいいが、流行るだけ流行ったらあっという間に忘れ去られてしまう。ブランドを確立するための事業の起こし方がここからは実践される。

で、面白いのが火の付け方なんだよね。最初はこっそりはじめる。サクラと気づいていないサクラを雇って、自然に盛り上がっているところを演出する。モニター調査と称して自分のお金で最近オープンした謎の店で服を自腹で買ってもらい、後でその分の費用を伊勢丹の商品券で払う。アンケートに答えればさらにお金がもらえる。しかし服もアンケートも1日1回だけ。友達も自由に読んで良い。なのでみんなこぞって毎日買いに行くし、演技をするわけでもなく自分の好きなものを選ぶから自然と盛り上がる。

盛り上がってきたところで日毬が実はデザイナだと知らせるパンフレットを置き始め、自然と「いま話題のあの店は、実はアイドルである日毬がデザイナだった!」とメディアが勝手に騒ぎ立てるようになる。ウマく行きすぎだがこれは別に実話ではない。実話ではないがマーケティングやそうした一つ一つの手法が実に面白く、しかも全て「アイドルとしての知名度をあげる」「活動資金を得る」「プロダクションもついでに大いに儲かる」と物語の盛り上がりに繋がっている。

政治×メディア

メディアの話ばかりしてきたけど、政治の話もきっかりやっている。しかしメディアの力を利用して政治に切り込むとはいっても、そうそう変えられるものでもない。日毬はなにしろ立候補すらできない。主張は突飛すぎ、冷静な人間なら誰もが戸惑うような内容だ。利権も複雑に絡んできてスムーズにいくとはとても思えない。小説としてそこをホンキでやろうと思ったら、ぐだぐだになるか荒唐無稽な内容になるかの二者択一になるのではないか。

実際4巻5巻と政治的な内容をついに積極的に語り出したが、その進みは遅い。政治家と有権者の相互作用を目的としたウェブサイト制作や、日毬に好意的な記者たちを集めた内輪の記者クラブ、日毬を中心に据えた政治討論番組のスタートなど、有効な手はうっているものの決定打ではない。ポイントを押さえてメディアを動かせば、世の中は意外と簡単に動くというのは本シリーズというか至道流星作品の中心原理だ。問題はどれだけそれを説得力をもってやることができるか。

普通に考えれば途中でそれなりのオチをつけて終わりにしてしまうこともありそうだが、羽月莉音の帝国でたったの10巻で無一文から国家を建設させてみせた至道流星なら、本当にこの右翼アイドルが日本の独裁総理になるストーリーを、説得力を持って書きだして見せてくれるはず。

そうそう、メディアでタレントを売り出すにはイメージ戦略が大事だが(インテリタレントとして売り出したいのならゴーストライターを使ってそれっぽいビジネス本を何冊も出していくとか)そのためには徹底したイメージコントロールが必要になる。

そうしたイメージの演出を著者自身もしていて、あとがきや経歴だけ読んでいると何一つ具体的な情報がないにも関わらず「なんだか世界中の経済をまたにかけて常日頃から何十億もの取引をしている大物」のイメージが湧いてくるし、いうことも無茶苦茶だ。

 さまざまな小説を執筆して参りましたが、とりわけ本シリーズには、かつてない本気で取り組んでいます。版元である星海社から、いずれ国会に何人も送り込むくらいの腹づもりです。私に対するあらゆる政治的抗議活動は、すべて逆効果になると思って貰いたい。
 日本を変える──その想いは、読者と共有できるはず。最後まで描ききれるよう、万難を排して臨むつもりです。どうぞよろしくお願いいたします。  あとがきより引用

わお、かっこいいが意味がわからない! なんにせよ今最も期待しているシリーズだ。

大日本サムライガール 1 (星海社FICTIONS)

大日本サムライガール 1 (星海社FICTIONS)

大日本サムライガール 2 (星海社FICTIONS)

大日本サムライガール 2 (星海社FICTIONS)

大日本サムライガール 3 (星海社FICTIONS)

大日本サムライガール 3 (星海社FICTIONS)

大日本サムライガール 4 (星海社FICTIONS)

大日本サムライガール 4 (星海社FICTIONS)

大日本サムライガール 5 (星海社FICTIONS)

大日本サムライガール 5 (星海社FICTIONS)