基本読書

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圧縮された産業発展 -台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム- by 川上桃子

山形浩生氏のフォロワー(Twitter的な意味ではない)であるのでCakesの連載でこの本が熱烈に紹介されていたときにすぐに買ったのだが(5千円もするのだ。痛い。)、先にご本人に紹介されてしまった。⇒川上『圧縮された産業発展』:台湾のIT産業発展は、歴史の偶然をモノにする意志の産物だということがよくわかる。 - 山形浩生 の「経済のトリセツ」 ただこれが面白い本だった。

台湾のIT、それもノートパソコン産業における発展という狭い分野の「圧縮された産業発展」について語りながらも、抽象的に抜き出された知見の数々は、技術的資金的に劣位にあった後進国企業がいかに先進国企業に追いつき、逆に追い越していくのかといったことをテーマにし、場所と場面にかかわらず、広く応用できるものであると感じる。

台湾のPC産業の発展は受託生産によってなされてきたが、2001年にはノートパソコンにおける対世界シェアが55%だったものが、2010年には94%、受託生産比率にいたっては97%を維持している。その前でも、1995年ー2000年の間に出荷量が5倍に伸びているわけで、いかに短期間に、圧倒的に発展してきたかがわかる。もちろん最初からこの発展が予測されていたわけでも、楽勝な道のりだったわけでもない。

そもそもの歴史的な前提、政策の後押しと企業間の利益、欧米や日本を相手にビジネスをしていく上での経験の蓄積とそれを活かす能力があったからに他ならないが、そうしたことを具体的にみていくのが本書である。本文はわずか200ページ程だが内容が濃いうえに分析が的確でダイナミックな仮説、インタビューをいくつも提示してくるので読んでいてどこもおもしろい。

台湾の発展の基礎となっているのは、先進国のブランド企業による生産委託の急増だ。製品の値段を安く抑えることを主な目的として台湾のIT産業に白羽の矢がだった。その背景にはインテルがプラットフォーム戦略をとり、製品の付加価値を自分たちの側に寄せたことなども関係している。

どういうことかといえば、これにより経験の浅い企業でもノートPCを作ることが可能になり、後発国への生産委託が現実化、さらには同質性が高まったおかげで企画、販売側では製品の差異化を図ることが重要になった(当然値段はその第一の差別要因にあがってくるだろう)。一国の、一分野の産業発展にも自分たちだけでコントロールできない要因がさまざまに絡み合っているわけだ。

そしてそれを受託生産する、台湾側にも熾烈な競争があった。実際数年で半分以下にまで企業数が減っている。生き残っている企業に共通していたのは「電卓生産を通じて製品開発能力が培われていたこと」「ノート型PCに資源を集中して投入していたこと」などがあげられるという。たいしてデスクトップ型PCや周辺機器産業からノートパソコンに参入した側の多くは、後者で十分な成功をおさめることができなかった(資源を集中しなかった)という。

そして肝心の、なぜ受注したあと台湾はそこまでの発展を遂げたのかだが──、「ブランド企業からの受託生産時における情報の取り込み」とその情報の蓄積、そして多数の顧客からなる情報を蓄積したあとは、「顧客のための、台湾企業しか持っていない提案能力」の構築が行われ、ざっとまとめてしまえばこんな流れで世界に唯一無二の巨大ノートパソコン産業へと発展していくことになる。

外注を行う側は最初は設計部分を自身たちで受け持ち、純粋に製造のみを外注している。が、結局のところ設計と製造は分離不可能であり、製造をこなしていくうちに設計の知識も取り入れ、同時に製造をしたあとの市場にかんしての知識も仕入れていくことになり、外注企業が持っていたはずの知識、ノウハウといったものは自然と外注先に流れていくことになる。

そして台湾の産業発展の基礎となっていたのは、ひとつの顧客だけを相手にしていたわけではない。一部の企業たちが複数の国籍が異なる企業を相手にしたことによって発生した多数のデザインに関する好みや、製品戦略や仕様、そもそも設計の進め方や仕事のやり方、市場の見極め方まで含めて情報を多角的にえることが大きいという。

企業側もこうした状況(自分たちのノウハウが他所に流出してしまう)を考えても、台湾企業と取引をして台湾企業が蓄えた情報を使ったメリットの方が大きいと判断しているようだ(そうでなかったらシェア94%なんて数字にならない)。

しかし、こうして抜き出してみると発展の基礎としては至極わかりやすいというか、さもありなんといったところだろうか。既存の知識をベースにしつつ、費用の安さで仕事を得、情報を蓄え知識、能力を高め独自性を高めていく。あまりにも王道といえば王道な道のりともいえるがここまで綺麗に決まることもなかなかないだろう。運の要素も多く絡んでいる。

それでも台湾のノートパソコン産業は発展したのだ。情報を蓄えるだけだったら誰でもできるかもしれないが、それを上手に活用し、次のスキームにつなげていくにはやはりそれ相応の「情報を受け入れ、生かしていくための組織システム」を必要とした。そして本書は全体を俯瞰してそうした一つ一つのプロセスを明快に描き出している。この辺の、技術やノウハウを自分たちで育てていくことについては⇒ジェインジェイコブズ『発展する地域 衰退する地域: 地域が自立するための経済学 (ちくま学芸文庫)』 - 基本読書
 なんかとも関連しているのかな。