基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

Jack Glass (Golden Age) by AdamRoberts

“Your task is to read these accounts, and solve the mysteries and identify the murderer. Even though I have already told you the solution, the solution will surprise you.”

日本でいえば読者への挑戦状のようなものから本書は幕を開ける。冒頭からいきなり語りを公平にすると語り手から注釈が入り、これから起こる3つのmysteriesにたいして殺人者を特定してみせろという。それだけならただの、まあありがちといったらあれだが、既にいくつもの作品が存在する本格ミステリといった体ではあるが、本作が面白いのは本格ミステリの舞台を、そのままSF的世界観を組み合わせているところだ。

これには驚いたし、そのオチには度肝を抜かれた(そんなんやっていいのかよ!)本格ミステリを宇宙空間でというアイディアは今までいくつもあったと思うが(日本でも思い浮かぶ)これほどアホっぽい、ストレイトな作品はたぶんなかっただろう。端的にいえばフーダニット、ホワイダニットハウダニットのシンプルな原則を守りつつ、状況設定にSFの世界観を持ってきているだけなのだが……。

著者のアダムロバーツはどうやら日本では一作も翻訳が出ていないみたいだ(Wikipediaを見ただけだから怪しいものだが)。評論も書いてたり、小説もたくさん出ているし、このJack Glassはキャンベル賞を受賞している。とにかくベテランではあるらしい。WINNERS: 2013 Campbell and Sturgeon Awards - SF Signal

Golden age detective fictionとGolden age Science fictionの慣習を混ぜこぜにしてしまって、衝突させるようなものがこの作品をつくる衝動だったというが、中を読んでみれば正にそのとおりであることがわかる。データベースにAIを用いて常時接続、情報を引き出すことが出来るbIdなる装置なんてまだまだ序の口で、世界自体は何十億もの人々が「shanty bubbles」に住んでいる世界が描かれる。

生命活動をサポートする泡のようなものに住んでいるようなイメージで、それがすべてソーラーシステムによってエネルギーを供給し、太陽の軌道にあわせて自身の場所を常に移動する。地球は金持ちのための独占領域となっており、社会は常に口論の絶えない6つの名家によって監視されているような状況だ。Jack Glassとはこの世界における悪名高い犯罪者、連続殺人鬼であり洗練され、無慈悲で、かつとても知能が高いとされ「実在する」とさえ信じられず、伝説上の存在になっている。

本作を一言で表現するならば「そんな馬鹿な」だと思うが、最初の状況設定からしてぶっ飛んでいる。囚人たち7人がいきなり小惑星の中に置き去りにされ、なんでかというとそれは「刑務所」なのだ。彼らはその刑務所の中で11年の期間滞在しなければならない。ただし監視がいるわけでもなく、生命維持がされているわけでもないから生き延びるために必死に水を掘ったり、空気の供給が途絶える前にそれを確保しなければいけないのだ。

空気がなくなるというまさに死に物狂いの状況であり延々といかにして小惑星から水を採取するかの挑戦が繰り広げられる様は読んでいて恐ろしい……そしてそれは単なる罰則であるわけではなく、彼らがそこで暮らせるだけの環境を整えることができたら、禁錮刑が終わったあとに真っ当な人間が住みにくるのである。小惑星を監獄にするというむちゃくちゃな設定になんとか理屈をつけようとするその姿勢には好感がもてるが、明らかにおかしい。しかも物語はここから「脱獄」するのが目的なのだから「そんな馬鹿な」といった気持ちもわかるだろう。

いったいどうやったら、隔離された何者も存在しない小惑星から脱獄できるのだ。でもJack Glassはそれをやってのける。そこから舞台は第二部へ。こっちはおっそろしく古典的な推理小説になる。金持ち天才姉妹がある日使用人の殺人事件に巻き込まれる。これまた密室殺人で、頭を木槌のようなもので叩き割られているのだ。これは誰がやったのかはすぐにわかるのだが──問題はWhy(なぜ)それが行われたのかだ。

この姉妹の妹の方がこの後話の主軸になっていくわけだけど、少なくとも千冊はミステリをよんでいる推理小説オタクで、ことあるごとに自身の推理を働かせようとがんばる上にタカビーなお嬢様キャラクタでぼくは大変好きでしたね(極々個人的な話)。なんというか、推理小説が好きな女子がどうも好きみたい。森博嗣さんのシリーズとか、コニー・ウィリスさんのシリーズとか。

読者への挑戦をうたっているだけあってか、なるべくフェアに、推理してもらおうとしているのか、何度も何度もこの妹の方が状況を確認し、誰が、一体全体どうやってこれをやったんだろう? できたんだろう? と自問しまくるので、正直言ってたいへん冗長ではある。しかも読んでいてまったくわからなかったし(これは理解力がないのか英語力がないのか)

しかし丁寧に積み上げられた宇宙空間の世界と、そこで行われる殺人事件の謎解きはやはりおもしろくて、最後はやっぱり驚いた(むちゃくちゃなのだが)。翻訳されるかどうかもわからないから書いてしまうが、Faster-than-lightが物語内で大きな意味をもってくる。Faster-than-light - Wikipedia, the free encyclopedia 極端な話、「光速を超えて移動ができる」という前提を入れてしまったらミステリなんかあっという間に成立しなくなるわけで(笑) オチはこれではないが、ようはそれぐらい「物事を前提から疑わないといけない」オチだということで。

FTL! We all know it is impossible ,we know every one of us that the laws of physics disallow it. But still! And again, this narrative has to do with the greatest mind I have known ─ the celebrated , or infamous,Jack Glass. (p1)

Jack Glass

Jack Glass