基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

オタク・イン・USA:愛と誤解のAnime輸入史 (ちくま文庫) by パトリック・マシアス

最近ちくま文庫から出版された本なのだけど、これがもう面白いのなんの。アメリカオタクたちがいかにしてオタクになったのか、というアメリカオタク史で、げらげら笑いながらどのページも読んだ。そうか……僕はずっと日本にいて日本での二次元文化の受け入れられ方はみてきたけれど、まったく同様に他国でも「二次元文化の受容」が起きていたんだな……という当たり前の事実に、本書を読むまでほとんど思い至らなかった。そしてその過程は、国ごとの文化によってまったく異なって現れる。この差異が実に面白いのだ。

その現れ方の違いは、日本より、苦闘の歴史だ。まあ、自国文化でさえ全然受け入れられなかった時期が長い(その上今だって……)のに、そんなものが他国からきたとなれば日本以上に拒否反応が起きるのも当然だろう。自国の文化が海外からきた意味不明なものに侵略される!! と思うのも無理はない。同様のケースは二次元に限らずあらゆる場所でみられるのだから。

しかもその場所は表現規制の厳しいアメリカなのだ。大人でさえも酒を飲むシーンがカット、暴力、残虐的なシーンはカット、タバコはカット、それどころか自国文化にあわせて日本のシリアスな作品をコメディに書き換えてみせる(まあ他国の作品をローカライズして出すのは日本でもどこもやっていることだけど。)。コミックスやアニメは子供向けのものであり、だからこそ主人公は規範的な人間でなければならないとする風潮が強いのだ。

カットは日常茶飯事だった。60年台から続く子供番組での暴力描写規制のため、アイスラッガーによるフィニッシュは、なんとほとんど全部がカットされてしまった。だから戦いに決着がつくその瞬間にプッツリキレてしまうので、何がどうなったのかわからない。切断描写だけでなく、たとえばプラチク星人が一度セブンのエメリウム光線で焼かれた後、骨格だけで蘇るシーンは、ガイコツがいけなかったのか丸ごとカットされていた。

うーむ、悲しい。読めばわかるがとにかくあらゆる作品にたいして規制、改変がひどい。ヤマトを改変した会社は「元の番組にあったバイオレンスを『改善』した。たとえば人間が死ぬ場面では、人間のように見えるがみんなロボットだと説明した」なんていうことまでいってのける(でもまあ、日本のエロゲーの制服を着た女子高生がみんな18歳以上です、みたいなことか。)。

面白かった改変が『ロボテック』の名で発表された作品が『マクロス』『超時空空騎団サザンクロス』『機甲創世記モスピーダ』を無理やり一つのシリーズにした総称だったり(ギャグとしか思えない)、ずいぶんとんでもないことをやっている。現地で日本アニメの評判を聞いて、自国で放送されるのを待ち構えていた人間たちからすればたまったものじゃなかったはずだが、こうして読んでいると笑えて仕方がない。

しかしどうやってまったく無関係の3つの作品を、1つにまとめあげたんだろう? と疑問に思ったが直後にこんな記述が出てくる。

メイセックはまず、『マクロス』『サザンクロス』『モスピーダ』八十五話をぶっ続けで、しかも音声を絞って観たという。予備知識なしで想像をふくらませて一つの話にするためだ。

いったいこのメイセックという人はどんな気持ちで音を絞って八十五話もアニメをみたんだろうか。まあ一話20分にしてもたかだか28時間ちょっとだから大した時間ではないか。これは自分から音を絞った特殊な例だが、でも当時の日本製アニメには英語がついていないものも多く、動きと声優の声だけでイメージをふくらませた人も多かったのだと思う。

実際それでイメージをふくらませて、原作を持ったまま自身の創作を行ってしまった人間も居る(『ダーティペア』)。しかも大ヒットしてしまうのだからおもしろいものだ。このケースなんか、ちゃんと英語字幕か吹き替えがついていなかったら起こりえない事例だったかもしれない。かつてのファミコンRPGに表現力がほとんどなくてもみんな妄想たくましくダンジョンに潜っていったように、制約は時として創作力に転化される(HUNTERXHUNTERみたいだな)。

アニメだけじゃなく漫画表現、801、コスプレ、おもちゃ、ヴィジュアル系、アメリカのアニメ評論と取り扱われている題材は実に幅広く「オタク」的なもの全般だ。岡田斗司夫さんがずっと前に指摘したようにもう「オタク」なんて特別な人種を指していう時代でもない気がするけれども。そして国や制度が違えば、そこには同じものを受け取ってもまったく別の受け取り方、解釈の仕方、そして返答の仕方がある。

本書の最後で漫画の総売上は2007年の3分の1にまでなってしまっていることが書かれているけれども、ボーダーズの倒産、質の低下、そして違法ダウンロードにより情報を得ていることなどが理由に挙げられている。それを裏付けるようにして海外のアニメコンベンションの数は例年増加し続けている⇒AnimeCons.com - Anime Conventions and Guests

他に類書の類が見られない、実に貴重で、しかも面白い一冊だった。