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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

My Brief History by StephenHawking

洋書

車椅子にのって機械音声を話す奇っ怪な物理学者のことを知っているだろうか。生きている中では最も有名な物理学者といってもいいかもしれない。『“To my colleagues, I'm just another physicist, but to the wider public, I became possibly the best-known scientist in the world,”』彼の名はスティーブン・ホーキング。彼による自伝の新刊。売れに売れまくって40ヶ国語にまで翻訳されたという「ホーキング、宇宙を語る」の原題がBrief History Of Timeだったので本書のタイトルはそれに準じている。私の小史、だとか私の略歴、みたいな感じのニュアンス。

まさにそのタイトルの通り、150ページにも満たない写真満載のコンパクトな本だ。それでも子供時代から何に熱中したのか、どうやって恋に落ちて、かの有名な筋萎縮性側索硬化症の発症時の心境と、今の心境などについて惜しみなく語っている。ホーキングは主にブラックホールについての研究で知られているが、もちろんその研究についても(がっつりとではないが)触れられているし、タイムトラベルの実現可能性についての有名な議論についても本書で語ってくれている。

短いながらにホーキングの人生の総括として、また彼の研究の振り返りとして、150ページとはいえかなり密度の高い一冊といっていいだろう。たぶん翻訳されると思うけれど、その時は要チェックだ。

彼は子どもの時に与えられた機械仕掛の列車や、飛行機、ボートが好きでそうしたものを作っていくうちに、機構がどのようにして作られているのか、どのようにコントロールされているのかが気になりだしたのだという。そしてどんどん仕組みのわかる人間の創作物に引き込まれていった。その後「宇宙の仕組みを解き明かしたい」と理論物理学の世界に進んでいくホーキングのルーツがこの時の体験にあるのは、疑いのない事実だろう。

今でも偉大なエンジニアや科学者達は、子どもの時の工作体験、分解体験が元になっている人達が多いが、現代のおもちゃは解体しても容易に「どうやって運動が制御されているのか」がわからないくらい複雑になってしまっているので今はちょっと残念かもしれない。もっともそれでどの程度影響があるのかというのはわからないけれど、わかりやすい入り口が閉ざされてしまったのは確かだ。

システムがどのようにして物を動かしているのかについて追求していった先に、ホーキングの興味の対象になったのが宇宙だった。物理学はとても簡単ではっきりしすぎているので退屈だった、というホーキングも凄いが(高校生の頃の話だが)、結局物理学と天文学をやることによって、私達がどこからきて、なぜここにいるのかを理解するきっかけになるかもしれないといって物理学の道へ進む。「But physics and astronomy offered the hope of undarstanding where we came from and why we are here」

宇宙がどのようにして動いているのかが理解できれば、ある意味ではそれをコントロールすることができるかもしれない。というその無邪気な楽観は、子供時代におもちゃの色を好きなように変えたり、路線をひいたりしていたときの心持ちとそう大差無いように思える。

If you understand how the universe operates, you control it, in a way.

実際自伝を通して伝わってくるのは宇宙を理解するってことの途方もない楽しさなんだよね。自分の仕事は仕事と呼ぶにふさわしくない、楽しくて仕方がないから、とも言っているし。もっともその仕事につくまえにホーキングは筋萎縮性側索硬化症を発症する。筋萎縮性側索硬化症は今ボクもググったところだが、筋肉が収縮していく病気で半数ほどが3年から5年で死亡するという(恐ろしい)。

たしかにホーキングの姿って、もう枝みたいな感じで70を超えてなお生きているのが不思議なぐらいなのだ。発症当時、人生にうんざりして価値のあるものが何にもないような気がしていたいたというホーキングだが、病院で死刑宣告に等しいものを受けて(筋萎縮性側索硬化症)、突然人生にはたくさんの時間を費やす価値のあるものがあることに気がついたといっている。随分現金な話だが、わずか20たらずの子どもが突然死刑宣告を受けるわけだからその辛さは想像するに苦しい。

When you are faced with the possibility of an early death, it makes you realize that life is worth living and that there are lots of things you want to do.

新たに人生に目的を見出し、嫁も子どもも出来て(結婚前のボートに乗ってデートをしている時の写真は滅茶苦茶美人さんなのだが結婚式の時の写真はぶくぶく太ってまるで別人みたいになっている。な、なぜ……)責任が出てきたのか、ブラックホールの研究で注目を集めるなど、病気をのぞいては人生順風満帆な様相を見せ始める。

1988年に出版された前述の『ホーキング、宇宙を語る』はもともと娘の学費を稼ぐために書いた、ぐらいの消極的な理由で書かれたものだったが歴史的なベストセラーになってしまう。彼の車椅子に載っている写真から、マイナスを背負った天才というイメージを持たせてベストセラーになったのではないかと言われるが、彼自身は宇宙の仕組みについて大勢が興味を持った結果ではないか、といっている。

障害から40年以上がたってまだ生きているとはいっても、その過程で何度も死にかけている。肺炎で死にかけた時に気管を切除しているからこえはだせないし、どこへいくにしても一人じゃ無理だ。だがコンピュータを使って電子音声を出すことで会話は問題ないし、身体的不能は、私の科学研究においては深刻なハンディキャップにはならなかった、と彼は書いている。それどころかある意味では役に立ったともいえる。学生に指導しなくてよかったし、退屈な会議に出る必要もなかった。だから自分の時間をすべて研究に費やすことが出来たのだ。

私は完全に満足した人生をおくることができた、と彼は最後に書いている。『理論物理学の世界で研究をして生きてこられたのは、素晴らしい時間だった。もし、私達の宇宙への理解に、何かを加えることができたのだとしたら、私は幸せだ。』と。彼は結局、最後まで子供の頃の夢を追い続けていたんだね。世界の仕組みを理解したい、そしてそれをコントロールしたい。極度の障害も彼の場合は乗り越えられない壁にはならなかった。

ホーキングの理論物理学への貢献を考えれば、間違いなく、「もし」は必要ない。

My Brief History

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