基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

黙示録 by 池上永一

池上永一さんによる新刊。600ページを超える大著だが電子書籍(なぜか上下にわかれている)で読んだので重さは感じず。18世紀前半のあたりを扱った琉球、主軸は舞踊ということで踊りの表現をどうするのか、期待を込めて読み始めたがこの表現がまた素晴らしい。ストーリー展開は上がり下がりが激しく、どこまでも登っていくかと思いきやどん底まで落ち、そこからまた登るかとおもいきや……と螺旋を外していく内容で新しいと思った所もちらほら。

池上永一作品としては、『テンペスト』と『トロイメライ』につづいての琉球王国を舞台にした小説だ。中でも本作は、琉球という国の微妙な立ち位置が、ストーリー上存分に発揮されていて面白かったり。沖縄には何度も行ったことがあるけれど、日本と地続きぐらいの感覚で捉えていたなあ、と毎度反省する。琉球琉球として、かつて一つの国であったのだ。それって凄く当たり前のことのような気がするんだけど、でもなかなか意識にのぼらないんだよなあ。

琉球の歴史は三国志や戦国時代のようにフィクションでもほとんど描かれないし、そもそも歴史書自体ほとんど消失しているからといったところに起因することかもしれないけれど。まあいいか。そうした琉球の歴史としてみたときに、大和と清国という巨大な国に囲まれた小国として、いかにして生き残っていくのかという、大きな問いかけがそのまま舞踊へと直結している。

武力で張り合うには琉球はあまりに非力すぎる。しかし単なる属国としてではなく、清国と幕府に対抗していかなければならない。そうしたいかんともしがたい事態の中で、活路を見出したのが芸術であった。それも特に舞踊である。清国、幕府、日本に組み入れられたかとおもいきやアメリカとの共同生活を強いられ、沖縄における「アイデンティティの確保」というのは今も昔も重要なテーマなのだろう。過去の歴史小説だが、現在まで通底する問題意識が読み取れる。

シビアな話

貧民出で荒削りなものの才能だけは抜きんでてあり、加速して実力をあげていく主人公と、エリート街道まっしぐらで型を完璧にこなし踊りの才能もあるライバルとの間で絶えまない競い合いが続く。さまざまな物語で何度も反復されてきたストーリーの骨子でありながらも、同じ場所を通り、同じ場所に着地するのではなく、位相をずらして着地させてみせる。その根幹には通常では考えられないぐらい「生きるため、欲望のためにはなんでもやる」そしてそれ故に道を踏み外していく主人公の凄惨な生き様がある。

とにかくシビアな話だ。人は虫けらのように死んだり、行方不明になったりする。主人公は貧民の出で、目的のためならなんでもやる。ライバルを蹴落とすために部屋に忍び込んで足をぶっさす、盗みも殺しもひと通り経験している。しかもほいさっさときっかけがあって善人に気安く転身するわけでもない。はっきりいって主人公になるのが想像もつかないようなクズである。旅の仲間との絆もあってないようなもんで、死のうが行方不明になろうがまったく気にしない。

シビアなのは主人公だけでなく、他の人物たちも同じである。池上永一作品はそうでなくても個性的な人物が多いが、今作においては琉球の切迫した事情がある。みな貧しい、というほどでもないが、王朝にだって別にあふれるばかりの金があるわけでもない。かつかつであり、そもそも文化によって威信を示さねば国が傾いてどうなるかわからないような状況で、現在とは比較にならないほど、目的意識に忠実な人たちとして描写されているからこそ、行動や思考に個性が際立ってくるのかもしれない。

とにかくみんな、必死なのだ。だけどそれが面白い。

踊りの表現

踊りの表現はどうだっただろうか。下手な踊り、うまい踊り、人が唖然とするほどすごい踊り、といった表現上の違いを文章だけで表現するのは難しいように最初は思っていたが、これが素晴らしい。まず観客の反応を書くこと。「おお、これはすごい……」でもなんでもいいのだけど、これは別にたいしたことがない。問題は凄いダンスとそこそこうまいダンスと唖然とするほど凄いダンスみたいなのをどうやって表現するかだけど……。

表現の手管が多い。技術的な面の説明、たとえば「指で感情を表現する」や「目だけで世界を表現する」といった技術的な達成をだんだんと積み上げていくことだったり、演技の表現方法の違い(美女に構ってください、と醜女が泣き縋る場面など)の説明だったりと幅が広い。漫画なら絵で表現することが出来ることでも文章だといちいち説明しなければならないが、その理屈にリアリティがあるので踊りの表現として面白かった

作りこまれた世界観の中に潜むファンタジー性

池上永一作品の特徴は歴史にせよファンタジーにせよ練りこまれた世界観にあると思うけれど、その一方で平然と超自然現象的なことがおこる。妖怪そのものの不死の人間が出てきたり、妖刀がそのまんまの意味で出てきたりする。伝説上あったと描かれているようなことがそのまんまむき出しで「あるって昔の本に書いてあるんだからあるんでしょ」ぐらいの無造作な感じで綿密に構成された世界観の中に転がされている。そのなんともアンバランスな……というのでもないな、「普通に妖刀がある世界観」みたいなのが僕は大好きで池上永一作品が出るとつい読んでしまうのだ。

まとめ

普通の人間の人生を十回分凝縮したような……という言葉が本作には出てくるが、まさにそれぐらい濃密な一冊だ。

黙示録 (単行本)

黙示録 (単行本)