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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

〈小市民〉シリーズ by 米澤穂信

〈小市民〉シリーズとは、米澤穂信さんによって書かれた春期限定いちごタルト事件、夏期限定トロピカルパフェ事件、秋期限定栗きんとん事件 (上)(下)を対象とした名称。

いつのまにかKindle化していたので読んだ。最近こうやって、いつか読もうと思いながらも読んでいなかったものがKindle化されて読み始めるパターンが多い。それだけ新作への執着が薄れていくのだけどまあそれはおいておこう。学園を舞台にしてひねくれ切った頭のいい女の子と男の子が自分の本能的欲求にあえてあらがって<小市民>たらんとするシリーズである。登場人物は極々少なく、メインが2人、あとはその時ごとにサブキャラクタがちょくちょく入ってくるぐらいのシンプルな作品だ。

起こる事件は殺人事件なんかではなく、たとえばバスの中で誰かが間違えて降車ボタンを押したが誰も降りずに、その降車ボタンを押したのは誰かを考える、といった程度のものからちょっと大きめのものまでいろいろ。こうした日常の謎系の話も別に著者が元祖というわけでもなく随分昔からある。最初に読んだ時、はあ? どうでもいいわ! 人を殺せ! 人を、殺せ!! と思っていたものだった。

しかしこれはこれで、案外いいものなのである。不可解な事象があって、そこに納得ができる理屈をつけていくという解決プロセスにおいては、殺人事件も小さな事件も同じなのだから。むしろ「殺人」という強烈さがなくなった分自由度が増しているとさえ感じる。ほら、殺人が起こると警察がこないといけないし、事情聴取も……ってやらないといけないことが増えるからね。

まあ、主演が学生に縛られている点で自由度なにをかいわんやというところではあるけれど。

シンプルな物語

面白いのはキャラクタ。能力の高い人間がそれを隠すために(この場合は能力を隠すためじゃなく自分たちの異常性癖を隠すためだけど)バカのフリをするという話はよく聞くものの、本作の場合どうしてもバカの振りができなくて異常性癖が漏れだしてしまう。というかそもそもする気がない。最初に「シンプルだ」と書いたのは、本作の主演2人の考え方、行動原理が「シンプル」だからであると思う。

男の子はついつい謎をといてしまう。なければ演出してしまう。知恵比べをするのが楽しくてしかたがないのだ。「誰も解いたことがない数学の問題でも勝手に解いてれば? そっちの方がエキサイティングじゃない?」とちゃちゃを入れたくなるけれどとにかくなんでかしらないけど日々謎を追い求めている。女の子の方は女の子の方で、スイーツが好きで暴走しがちであるが行動原理はシンプルだ。女の子は暴走し、男の子は謎をとくことで暴走に結論をつける。

そして「好き」とか「嫌い」とか「うざい」といった感情に左右されないのでお互いの関係が「利害関係」だけで説明できてしまう。お互いがお互いにとって有用でなくなったらそれで終わり、そこに何の葛藤も起こりませんときたもので、通常の学園モノであるならば一大イベントであるところの恋愛も本シリーズではあっさりと処理されてしまう。感情的なドラマから乖離したところにいる、この突き放したような距離感が心地よい。

もちろんそうした垣根は徐々に破壊され、混ざり合っていくのだけど……。その過程がまたおもしろい。同著者の古典部シリーズもまた同様のプロセスをたどっているようにみえるけれど、「小市民」を目指す、なんて歪みきった目的もだんだんと解きほぐされていく。ようは「こりかたまった考え方が解きほぐされていく」ように、痛々しい高校生が、その痛々しさを自覚して折り合いをつけていく。パズルを解きながら、問いに対する明快な答えを何度も出しながらも、人と人との間にある「数字で割り切れない感情」が深まっていくそのやりとりが見事だ。

毎度思うのだがうまく言葉にできない部分が素晴らしい。一度ぽっと出ただけのなんでもないキャラクタがちょこちょこ話の中で動きまわっていて影響を及ぼしたり、淡々と話しが進んでいきながらも、些細なイベントからキャラクタを際立たせていったりするようなキャラクタに対する丁寧さが好きなのかもしれないなあ。

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)

秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)

秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)