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悲報伝 (講談社ノベルス ニJ- 32) by 西尾維新

相変わらず長い。延々と主人公が考え続けるのでかったるい部分も多いのだが、それでも清く正しく能力バトルをしていてかったるさを差し引いても現状面白い。魔法少女同士が凄惨に殺し合い魔女というキーワードが飛び交いまるで魔法少女まどか☆マギカをそのままコピったような……とイイたくもなるが実質的には魔法少女物というよりかはジョジョなどが連なってきた能力バトル物の系譜であり特殊能力の読み合い、状況の読み合いが楽しいシリーズでもある。

能力バトルの醍醐味は、心理的な読み合いにある。派手な特殊効果で戦うところが見たいだけなら科学でもなんでも使って戦争しているところでもいいだろう。わざわざ「個人」が、通常考えられないような特殊でばらばらな能力をもって戦うからこそ、人間同士の読み合いが楽しいのだ。漫画に多いぺらぺらぺらぺらと自分の能力をしゃべり散らかす、たとえば私は火を操作する能力者だ!(ばばーん!!)みたいな登場の仕方をされると非常にげんなりする。

いやあ、隠せよう。そこは。とはいえさすがにそんな作品ばかりでもなく(未だに漫画だと多いが)漫画でも小説でも自身の能力、戦力を隠して能力ごとのコンビネーションを発揮するなどより複雑さをました作品もいくらでもあげられる(ジョジョHUNTERXHUNTERを筆頭に戦闘破壊学園ダンゲロスや魔法少女育成計画などなどなどなど)。コンボを重視したものや能力の特殊性を重視したものや論理能力ばかりにしてみたりと能力バトル物の世界も多様だが本作はそういう意味では新しい部分はない。

うーん、でもコンビネーションもある。オーソドックスな能力が多いとはいえ数が多い(しょぼいのもあるしすげえのもあるしで幅が広い)。魔法少女と組み合わせているのは新しいか。ただ能力バトルにおいて小説というのはわりと便利だなあとこのシリーズを読んでいるときに思った。漫画だとぺらぺらぺらぺらと文字を大量に、著者が地の文で入れてきたりすると絵が見えなくなって鬱陶しいことこの上ない。

かといって登場人物が自分の能力をぺらぺら喋る場面などそうそう合理的に出せるわけでもない。小説の場合神の声としての地の文がいくらでも機能するのでたとえば作中主人公が知らない敵の能力を地の文でぺらぺらぺらぺらと解説することができる。得体のしれない敵の能力が判明していく過程の楽しさはわかるが、反対にドッキリ番組を見ているような「自分だけはネタを知っているけど目の前にいる人はネタを知らないことからくるドキドキ」、ようはメタ的な面白さがある。

また地の文がやたらと「それが○○の予兆だとはまだ彼は知らないのであった……」と先の展開をやたらと煽るのである。それは主人公が現状手持ちの情報から未来の可能性を幾筋も想定し、その場合はどうするかといったことをいちいち考えるタイプの特異な主人公だからだと思う。読者だけは作者からのメタ情報として彼が考えていることがいかにはずれ、あるいはどう当たっているのかをある程度開示されている状態にある。

志村、うしろー!! 的などきどき、面白さが延々と続いていくメタ的な描写が多いのは本シリーズの新しさであり、一貫した特徴のひとつといっていいだろう。

ところで能力バトルの面ばかり強調しているけど魔法少女物としてはどうなんだろうな。アニメにもほとんど触れたことがないし知識がないが、少なくとも少女性といったものは、あまりない。ライトノベル的な要素として美少女をいっぱい出さないといけないとか、少女が凄惨な殺し合いをするギャップが面白い以外にはあまり展開や内容に反映されていない(ここも今後何かありそうだけど)。

道具立ては当然のごとく魔法少女であるし、あの恥ずかしいコスチュームである理由は説明されているがあまり説得力はない。まあ、元々魔法少女物のシリーズというよりかは、ヒーロー物戦隊物英雄譚といった既に下敷きのある筋書きをいかにして覆していくのかの一過程であるから、そこに新機軸を求めるものでもないのかな。あまりに英雄らしくない。失敗しまくり、考えまくる主人公から見えてくる「新しい英雄譚」っていったいなんなんだろうなとかいろいろ考えるところもある。

この淡々としていて何度も執拗に「感情がない」とされる主人公だがタイプとしては最近よく見かけるようになった。マージナル・オペレーションの主人公もそうだが、現代の若者(20代なかばから下全部ぐらいを想定)の冷静さを反映させているのだろう。客観性というか、自分が社会の中で一体どの程度の位置にいるのかといったことがある程度見えているからかもしれない(物心ついたときからパソコンが身近にあるからかな)。

情熱を燃やすわけでもなく、夢や希望に向かっていくわけでもなく、ただやるべきことをなす、やれと言われたことをなんとかかんとか失敗しながらもこなす。英雄というのはいつの時代でも、人間には不可能だと思われるようなことを覆していく存在だが(偉業をなした、だけではなく暗い情念を克服した、とか野蛮性を克服した、といった形でも現れる)本作の主人公はかつて描かれてきた英雄とはまったく違った趣を持っているが、正しく現代の英雄譚なのかもしれない。

とにかく本シリーズは世界観の懐の深さ、スケールのデカさは西尾維新作品全てを含めても最大のもので、おもちゃ箱みたいで楽しい。本作を読めばわかるが、もうなんでもありなんだよなあ。科学だろうが魔法だろうが。それだけに説得力のなさが気になるけれど。そこさえ乗り越えられればすごく楽しいシリーズだ。物語シリーズが絶賛ぐだぐだ中の今このシリーズが唯一の希望である(2014年に出るという『りぽぐら!』という作品がタイトルからして非常にきになるけれど)。

悲報伝 (講談社ノベルス)

悲報伝 (講談社ノベルス)