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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

史論の復権 (新潮新書) by 與那覇潤

『史論の復権 (新潮新書) 』などとやたらと大層な書名がついていて身構えてしまう。が、中身はただの対談集(対論集と記載があるが)である。7人との対談が収録されているがそのうちラスト3つはドラマや映画の話をしているので(歴史にある程度関係があるとはいえ)「史論ってなんだろう……」とあまり身構える必要もない。ところでやたらと対談本や共著を出す作家というのは人気、つまりは需要の高まりに筆が追いつかず、やっつけ仕事であっという間に本を出せる形式で粗製乱造した結果=地雷であるというのが通常である(と僕が勝手に認識している)。

與那覇潤さんも中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史 - 基本読書 がヒットしたおかげかこうした仕事が増えているので不安だった。が、本書はなかなか面白い。対談相手と與那覇潤さんがお互いの立場や本をある程度読み込み、いくつかのキーワードを軸に「それはちょっと違うんじゃないの?」とか「いや、私はそうは思わないよ」と割と自然な形で異なった意見が出てくるのも珍しくて良い。

ちなみに史論とは厳密にアカデミックな「歴史学」の研究論文ではなく、雑学的なうんちくを披瀝するような「歴史談義」……でもなく、『学問的な過去の探求による成果を踏まえつつも、しかしその主眼をむしろ現在の捉えかえしに置いて、自分たちが生きている時代が歴史上いかなる優位にあるのかを、専門家に限らず広く江湖に問いかける──。』というものらしい。ちなみに主なキーワードになっているのはたとえば「中国化」などで、過去から現在までを「中国化」というキーワードで捉えなおして今後を推測しよう、というのが『中国化する日本』でも共通するひとつの視点だった。

歴史ってそれだけでも充分面白いものだけれども、やはり現在に役に立てようとするとさらにおもしろくなる。歴史はいつまでも変わらないものでもないが、見るときの時代(視点)によっても変わってくるものだ。『歴史とは何か (岩波新書)』の中でE.H. カーも次のようにいっている。『歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります』

まあE.H. カーが上記を言った時の文脈と與那覇純が見ている文脈はまたちょっと違うんだけど、アプローチの仕方は両者共同じであり面白いので好きだ。

中国化とは簡単にいってしまえば現代の西洋からやってきたと思われている近代のシステムは1000年前の中国発だったりするんだよということ。身分制度を完全に廃止し、経済や社会を徹底的に自由化し政治の秩序は一極支配によって維持される。貴族による世襲政治は科挙(官僚採用試験制度)を採用することによって廃止され、数年ごとに官僚の任地を変える郡県制によって地元に基盤を築くことを防止する。

束縛がとけて自由化が起こると今度は格差が起こる。機会は平等になっても結果は平等ではないのだから当然のことだけど、このような階層の二極化を代表として、グローバル化した現代でも起こっているような問題がつぎつぎと起こる。與那覇潤さんはこうした中間層がいなくなる問題を、少し拡大して問題意識として捉えていて、それは次の記述からも読み取れる。

 しかし歴史の教鞭をとる身として気になっていたのは、それらの出来事に際して私たちの社会が示す態度からも、「中間的なもの」が消えていくように思われたことでした。たとえば政権交代や構造改革の評価が、ごく短期間のうちに絶対善から絶対悪に変わる。中間がないのです。原発で事故が起きれば即時全基停止が叫ばれ、隣国と領土問題が持ち上がればすぐ絶好だ、妥協するくらいなら戦争も辞さず、といった極論がもてはやされる。逆に「中間派」だと見なされると、両側から石が飛んできかねない。
 私にはそれは、人々の歴史に対する感覚の衰弱と、表裏一体のもののようにみえたのです。

僕は正直言ってこうした中間的なものが消えていく現況が、「歴史に対する感覚の衰弱と、表裏一体のもの」にはまったくみえない。たんにインターネットが普及し、細切れの情報に常にさらされるようになった結果我々が好む情報が「断定調」のものばかりになったとか、もっと他にいくらでも原因として怪しい箇所はある。そこでなぜ一足飛びに歴史にいってしまうのかイマイチわからない(歴史の専門家だから……というのを抜きにして考えると)。

が、それはそれとして歴史上我々の「現在」がいったいいかなる流れの中、どのへんの位置にあるものなのかを歴史学の研究論文でもなく、小説でもなく追ってみようというのは好きな取り組み方だ。ただ日本を「グローバル化していく中で日本はいかにローカルな良さを押していくか」「解体された中間層をいかにしてさいど繋ぎ止めるか」といった正確な歴史認識とそこからくる今後の予測といった歴史感的な話題が最後まで続くかと思いきや、ラスト3つの対談は小津安二郎について語ったり大河ドラマについて語ったりするのでずいぶん雰囲気が異なる。

史論の復権 (新潮新書)

史論の復権 (新潮新書)