基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

蠅の王 (新潮文庫) by ウィリアム・ゴールディング

有名作だと思うがどんな意味で有名なのかはわからない。ガキンチョ共が果物がいっぱいあって豚がいてとりあえず飢えて死ぬことはない極楽の島に飛行機の墜落の結果辿り着く。時代は近未来で何らかの大戦中の攻撃であった。その島では大人は一人もおらず子供だけの楽園だが次第にぐだぐだした状況に陥っていく……。本書を読んだきっかけは天冥の標シリーズの次回最新刊(天冥の標 7 新世界ハーブC)の最初の構想がこの蝿の王を五万人でやるっていうとんでもな発想だったのをきいたことだ。

もっとも書いてみたら全然違うものになった、っていうお話だったのだけど(ハヤカワSFコンテストでの話)、それはそうと読んでみる。まずは驚くのが、不愉快なやつらばかりがいることだ。みんなそれぞれクソったれ野郎で、天使のような子供なんて出てこないし、聡明なだけのヤツなんかいないし、場をかき乱し自我が制御できない憎たらしい小僧ばかりである。子供なんてみんな憎たらしいから(特に小僧は)リアリティはある。

三人称視点で進んでいくが、一人中心において書かれる主人公はいる(ラーフ君)。かれは漂流した子供たちの間では大きい方なので、最初に子供たち軍団のリーダーとして君臨することになる。ところがこいつ(ラーフ君)がまた無能で、子供たちの軍団をまるでまとめあげることができない。誰もいうことをきかないし、小屋をつくろうと言っても火を燃やして煙を上げ続けようと言っても誰もいうことを聞きはしない。

まあ、しょうがない。相手は子供なんだし、自分だって子供なのだから。うまくいかなくなると小猿みたいに火をつけろ火をつけろとわめき続けるだけの木偶の坊となってしまう。まるでリーダーらしくない。その傍らには理屈ばっかりこね場をかき乱すピギーちゃん(といって馬鹿にされる)ふとっちょがいて、こいつもまたなかなか正しいことを言うのだがその言い方が相手を馬鹿にしきっているように表現されていてまた嫌なやつだ。

いうことを聞かない奴らばかりでラーフがリーダーとして苦悩するのもわかるが、ラーフもその側近も、自分自身の制御ができていないので本来平和なはずの食料豊富な無人島はどんどんギスギスしていく。ギスギスして子供の喧嘩のようになるぐらいだったらかわいいものだが、争いが始まり、最初のチームは分裂し、お互いがお互いに意図したものであったのか、あるいはたがが外れてしまったのか、危うい均衡を崩す一瞬のあと、カタストロフ的事象に島全体が巻き込まれていく。

本書は実際的な意味ではなく、精神的な意味で救いのない話である。善と悪のような対立の話であればどれだけ単純なことか。というのも本書は、なんかもうこうなっちゃったらまじでもうどうしようもないよな、といった感じでグダグダと人間関係がダメになっていくのを書いているからだ。子供たちは勝手に悪魔を想像し、存在してもいない現象を見、いもしない敵を想定し、よく自分の目でみて、ちゃんと考えてさえいれば必要のない悪事に手をかけてしまう。

でもまあ、そんなことっていっぱいありふれている、子供にかぎらず。ネットで呪詛をまき散らす人々などをみているとそう思ってしまう。敵と戦っていると宣言しながら、自分自身の頭のなかに創りあげた敵と戦っているだけのなんと多いことか。結局自分自身と戦っているようなものだ。他人をだますのはなかなか難しいが、自分をだますのはたやすいものだ。だからこそ、自分が幻と戦っていることを知覚するのは、難しい。

本書の中盤あたりで、きっかけが何だったにせよ、一度取り返しの付かない罪をおかしてしまうことで歯止めが効かなくなっていく。そこには群集における心理過程だったり、宗教を産み出す心理だったり、民話が生み出されていく過程だったりが反映されていて非常に面白いシークエンスではあるのだが、人類が原始時代からつちかってきた過ちを再度やり直していくような「運命」として描かれることへの不快感がある。

彼らはどこかで引き返すことは出来なかったのか? どこかで理性的になり、誰かが彼ら彼女らの目を覚ましてやることはできなかったのか? 幸せに、無人島で協力していく未来は? いくら考えても「脱出経路」がみえない状況に叩き落とされていく。読み終えて思うのはまるで子どもがさんざん遊び散らかして寝てしまった後のような「あーあ、もうこんな散らかしちゃって……」という「いかんともしがたさ」。少年少女達が、血反吐をはきながらその環境に身をさらさなければいけない描写を延々と読まされるのだから読後感は最悪に近い。

すべてが台無しになってしまうような最悪の状況、反吐にまみれたような状況を書いてそこから精神の輝きを取り出してみせる作品は多くあるが、本作は反吐を好きなだけ撒き散らしておわったかのような作品だ。しかし一方で、この「どうしようもない」感覚が、強く印象に残ることも確かなのだ。それは僕も「ダメな方、ダメな方へと事態が転がっていってどうにもならない」ことへの共感的な感覚を常に抱えているからなのかもしれない。

蠅の王 (新潮文庫)

蠅の王 (新潮文庫)