基本読書

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顧客を売り場に直送する ビッグデータがお金に変わる仕組み by 西田宗千佳

ビッグデータという言葉の知名度は今広く行き渡っていると思うが、いってもそれが実際になんであって、どう使われているのかをぴたっと具体的に答えられる人がどれだけいるだろうか。ましてやいま最先端でどんなことが行われているのかというところにいくと、進歩が早すぎてちょっと見ないでいると活用方法の事例が増え、思いもしなかった活用方法が出てきたりする。追いつくのが至難の技だ。

グーグル・グラスに車の自動運転ももはや実用化の粋であるし、Siriの急速な進化と、噂されている時計型のデバイスなど過去に想像されたような「空を車が飛んでいて〜」という未来像はやってこなかったがそれとはまったく別種の、しかしたしかに科学が信じられないぐらい発展した未来が現状訪れている。本書はビッグデータの活用事例を広範に渡り解説していきながら、同時にひとつのテーマである「どうやって顧客を物を買ってくれるといった状況まで誘導するのか」という企業ごとの涙ぐましい努力の軌跡も分析していく。

特にネットでその傾向が顕著だが、顧客を売り場に……というよりそもそも認知度をあげることが難しい。電子書籍やアプリ市場は特にそうで、名前が売れていないとそもそも勝負にならない。名前が売れず、宣伝する場も持てず、では売れる道理がない。誰も商品が売っていることを知らないし、実績のない、名前の知らない相手の作品など金を出して買おうと思わない。ネットはもはや情報が溢れすぎていて適切な情報に辿り着くのが困難な状況にある。

テレビはいまだにマス向けの有効な宣伝手段であるけれども、そもそも均一化した趣味嗜好をもった「大衆」なるものがどんどん少なくなっている今、「いいものを作りました。」で「大勢に向けてガンガン広告を打つ」というシンプルな方程式が通用しない状況がある。今、本当にいいものを作った上で、それを顧客に最適な形で理解させる方法を洗練させていかなければならない。

理解させるに至るまでの「誘導」にあたるのが本書のテーマのひとつ、「ビッグデータ活用」であるということ。Gmailが勝手にメールの中身を読み取るように、検索履歴が蓄積され、検索した結果が反映された広告が出てくるように、顧客を売り場に誘導する為の仕組みがビッグデータの活用によって随所に仕組まれている。最近ではネットだけでなく、テレビでも世代、趣味、男性もしくは女性かといった情報を元にCMを人によって振り分ける機能が出てきているなど、この「広告振り分けシステム」はビッグデータ活用の大きなひとつの成果だ。

そしてもちろんそれだけが活用事例ではない。たとえば移動履歴の活用事例が面白い。休日にはイベントが行われる。人は前日のうちにそこへいくための経路を調べておく。だからその情報を集めて分析すると、だれがどれぐらいどこに集まるのかといった混雑予測や、そこから人手の移動や物資の需要と供給を判断できるようになったりする。これが面白いのは「休日にイベントが有り、人はその為に前日に検索をする」っていう人間の一般的な行動から「それを集めたら予測できるんじゃない?」と発想するところだ。

またヤフーは毎度検索キーワードや検索頻度などの検索データから選挙での当落結果の相関性をみつけた。2013年の成果では一致率は87%、もしくは92%。どのテレビ、新聞社よりも高い一致率を出してみせた。どの事例も興味深いが、「予想してみよう、予想できるんじゃないか」というデータの活用については発想と実際にそれを可能にするだけの分析手腕が必要だということ。でもそれさえできればおもしろいように人間の行動が予測できる。ネットの検索履歴を見るだけでも、人間の行動というのはあんがいわかってしまうというのだね。

一方で問題もある。多くの人は自分の情報がどれぐらい取得されていて、どのように使われているのか殆ど知らないことだろう。利用規約をいちいち細かくチェックする人間がどれぐらいいるだろうか。しかもそうした規約には、「規約はいつでも変更できて、その変更はウェブサイト等への提出時に効力を発揮しますよ」という文言が入っていることが多い。いったん同意したとみなしたあと、継続的にチェックしなければ好きなように規約が変わっている可能性がある。

もっともほとんどの場合、情報は「個人情報」というよりかはたんなる「属性」しか取得されていない。年齢層だとか、性別だとか、どんな商品を好む人間なのかといった情報だ。それでも情報を取得されて、相手はそれで商売をしているわけで違和感は残る。しかも何に使われているのかわからないなんて、もってもほかだ。こうした問題について、ジャロン・ラニアーは「個人が生み出した価値へ、正当な対価を与えられる社会を」といって極少額の決済システムであるマイクロペイメントシステムが根底にある社会を構想している。⇒Who Owns the Future? by Jaron Lanier - 基本読書

が今のところ実現可能性のまったくない話である。我々は現状、データを活用されるに際して後手にまわるしかない。本当に誰にも知られたくないこと、情報は、ネットには書かない、登録しない。ビッグデータなどによって自分の情報がどう使われるのかについて、ある程度は把握していること。そうした情報を提供することと、それによって自分が受けることのメリット・デメリットを試算しておくこと。

現状のような、「規約を企業側もコピペでつくり、ユーザは誰も読まない」みたいな状況はあきらかに間違っているし、「どうせ理解できないから好きに情報を使いますよ」とさも当然の顔をしてやっている状況にも歪みがある。ラニアーが提唱している方法になるか、はたまたまったく別の解決方法がとられるのかはわからないが、この歪みがいつか正されるだろうことはたしかだ。

ユーザ側は自覚を必要とし、データ取得側はその最適な利用方法と、より誠実なデータの使い方が求められるだろう。データだけ集めても、それを現実に活かせなかったら無意味である。本書は双方の立場にたって状況を見ていく一冊で、読むと今後の見通しが晴れるだろう。

顧客を売り場に直送する ビッグデータがお金に変わる仕組み

顧客を売り場に直送する ビッグデータがお金に変わる仕組み