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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

Zendegi by GregEgan

SF 洋書

『白熱光』の訳者あとがきで今後のイーガンの発刊予定が書いてあったのだが、早く訳されろ訳されろと願っていたこのZendegiにはまるで触れられなかったので読んだ。次は『Orthogonal』で2015年秋だって。遠未来か!*1 もちろん早川以外から出る可能性もある(独占契約があれば違うのだろうが、イーガンに独占契約もなにもないだろう)ので絶対に出ないということもないのだろうけれど。現代パート(2012)と近未来パート(2027−2028)に分かれており、「特に説明なく人類が肉体を捨ててる」といった常識を一から構築し直す必要がない為イーガン作品の中では非常に読みやすい部類だ。

読みやすいからといってイーガンの読み味が損なわれているわけでもなく、手堅い一作。個人的にはイーガン長編作品の中ではかなり好きな部類に入る。人類がついに自身をソフトウェア上で走らせ、不死になっちゃおうぜ!! と活動を開始する時代であり、バーチャルリアリティの発展が極まりつつある時代である。これはその後普通に精神をアップロードした人間的生命体が出てくるイーガン史的には、直接繋がっているわけではないとはいえ、重要な作品だ。

タイトルのZendegiはまったく意味がわからないと思うけれど、ペルシャ語で生命を表す。『The title of the book means "life" in Persian』*2物語はMartinというジャーナリストとNasimというbrain mappingを専門とするcomputer scientistが主な面子で、Martinが物語の発端、Nasimはマッピング技術といったテーマの側を担当しストーリーの核となっていく。親子愛であったり、死への恐怖といった普遍的な感覚が密に描かれていて白熱光のReviewで散々「イーガンが人間を書けねーのはいつものことだけどー」と枕詞のように批判を受けていた(4つぐらいReviewみたけど全部書いてあったと思う。)ことへの反逆かと思ったりした。

「人間が書けていない」といった指摘はまあ、Reviewする側も本気ではないだろう。なにしろ一般的に想定される人間なんかそもそも出てこないんだから人間を書けるわけがない。本作で俺(イーガン)もやろうと思えば書けるんだぜ、といったことを証明してみせた。人によっては初めてかもしれない『泣けるイーガン』になっているのがよい。相変わらず淡々と事実のみを追記し、ラブロマンスなど一切発生しない作風なのは変わらないが、ここには確かに親子愛がある。『自分が死んでも子供のことを守り、必要なときには善きアドバイザーとなって不要になるまで付き添っていてあげたい』という強い思いが、「不死への欲望」となって現れているからだ。

昨今日本では仮想体験型オンラインゲームに取り込まれて脱出不可能になる小説群が大人気だが、本作でも重要な位置を担う。イーガンがおそらく本作で書こうとしたのは「不死環境化へとリフトオフした瞬間の世界」ではなく、その一歩手前だ。デジタル的に0と1ががきっと切り替わるのではなく、アナログ的に段階進化していく過程で起こるであろうイベントを書いている。そもそも人工知能はSFでは一足飛びに大前提として「人間並みの知能を獲得」、していることがあるが、そこには技術的に大きな飛躍というか、断絶があったはずだと思う。

つまるところ記憶といったものを獲得し、言語を理解し人間文化を理解し、適宜適切な対応をするといった経験をどのように積ませるのかという問題がそこにはある。人間が幼少期を通して周囲の人間の活動を観察し行動を模倣し自分のものにしていく過程をどのようにしてプログラミングするのか。Siriのような人工知能はまだまだ人間のパターンを自分の中で蓄えているにすぎないが、数えきれないほど存在し日々生み出されるパターンを取り込み続ける=Siriをそのまま正当発展させてSFで描かれるようなAIにするのはちょっと現実的じゃないような気がする。

人間の微細な運動をすべてアップロードするにしても、大脳皮質の神経細胞だけで百四十億を超え、神経膠細胞までふくめると神経細胞のおよそ十倍は超える。そんなものをどうやってプログラムしたらいいんだろう。自己学習型のコンピュータの開発が進んでいるところだから、いずれこちら方面での革新が何かを起こすのかもしれない。生物化するコンピュータ by デニス・シャシャ,キャシー・ラゼール - 基本読書 ただ今のところ人工知能や人間のトレースについてはまったく先が見えない状況だ。

イーガンはまさにそうした「よくわからんごちゃごちゃした状況」を『Zendegi』で書いた。それは技術的なことだけではなく「不死の世界へとリフトオフしようとしたけど宗教団体とかいろんな抵抗勢力に襲われたぞ」とか「人間をアップロードすんの思ってたより技術的に難しいぞ」とか「創りあげた代理人格の検証方法とは何か」や「仮想現実と現実が融合していく過程」といった地道な部分の描写がメインとなっている。

先ほど仮想体験型オンラインゲームが本作で重要な位置を担っていると書いたのは、このガジェットが親子の絆を深め子供の成長に不可欠な要素として描かれていくところだ。現実or仮想現実といった区別がなくどちらも取り混ぜられて人間関係が進展していくのが当たり前になっていくということだろう。人類はある日をさかいにいきなり人格をまるごとアップロードして不死になるわけではないし、人類はいきなり仮想現実に移住するわけではない。

それは言われてみれば当たり前の話だが、イランの国内選挙の不正に端を発するデモ運動などを通して「仮想現実と現実、仮想人格とオリジナルな人格」がだんだんと混ざり合っていく人類の歴史過程を辿っていく本作を読んではじめて「ああ、これが当たり前なんだよなあ」とある意味初めて想像するようになった。割合地味な話だがめちゃくちゃおもしろかったのはそうした「あたりまえだけど普段の生活ではあまり想像することのないところ」を丁寧に描いていたからだろう(イーガンはイランを描写するためにわざわざ視察旅行にまでいっていてそれを長文で日記に残している。*3)これは時間があるときにでも訳しておこうか。

そもそも本作で出てくるVirtualな代理人格というのは、まだ完全なオリジナルの映し身がつくれるわけではない。具体的な方法はあやふやだが、脳波測定で被験者に思い出や、怒りといった多様な反応を引きずり出して、その時その時で脳波パターンを取り込み、代理人格として転写するといった感じで「そんなんで実現出来るとはどうしても思えねーけど」な原始的なやり方でつくりあげている。無理があるのはキャラクタも当然承知していて、「完全な人間の再現は今はまだ無理だ。子供のサポーターになる、といった単一の目的のためならなんとか出来るかもしれない」という程度の存在でしかない。

LPレコードをMP3に変換する。英語で書かれた小説を日本語に変換する。ある対象を別の形式へと変換する、あるいは要約VERをつくるには情報の欠落が必ず伴ってしまう。このことは一貫したテーマになっていて、それはつまるところ「人間の精神についても同じだ」ということになる。え、じゃあ本作の代理人格はどうなっちゃうの……といえば、もちろんうまくいくはずもなく……大変なことになっていく。『"If you want to make it human, make it whole." 』*4変換される時の情報の欠落がテーマになっている以上、原書で読む意義は高い一冊だと言える。

VRやAIといったテーマでいうなら、日本ではソードアート・オンラインを読んでおけばいいと思う。いわゆるライトノベルなる分野に属す作品だが、これ以上ないほど本格的にVRを主軸に据えた紛うことなきSFである。わざわざこうやって強めの言葉で宣言するのは「どうせラノベだろ。エセSF」などという不当な評価を見ることが3度ほどあったからだ(証跡を出せればいいんだが今更探すのも面倒くさい)。

Zendegi

Zendegi

ソードアート・オンライン〈1〉アインクラッド (電撃文庫)

ソードアート・オンライン〈1〉アインクラッド (電撃文庫)

ついに翻訳版が出ました。
ゼンデギ (ハヤカワ文庫 SF イ 2-8)

ゼンデギ (ハヤカワ文庫 SF イ 2-8)

*1:ちょっと読んでみたがあまりに意味がわからなくて死んだ。白熱光よりヤバイ

*2:Zendegi - Wikipedia, the free encyclopedia

*3:Iran Trip Diary: Part 1, Tehran

*4:Zendegi's closing statement.