基本読書

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音楽の進化史 by ハワードグッドール

 音楽というのは我々の身近にあるものであって、なんだかずっと前から音楽は音楽として存在していたかのようにすら思ってしまう。ゆえに音楽がいったいいつから、どのように変化をしてきたのだろうと考えすらしない人がほとんどであろう。音楽技法がまだほとんど生まれていなかった時代の音楽に今当たり前になっている技法が生まれ、音楽に革命が起きた。それにより音楽は時代ごとに全く異なる様相をみせてきた。そんなことを知ったからといってどうなるものでもないのだが、音楽の発明の過程を想像していくと、音楽がそれと特別意識するまでもないほど身近なものであるがゆえに面白い経験になると思う。

 本書の特徴はまずその明快、簡潔さだろう。450ページを超えるなかなかの大著だが、この中に数万年に及ぶ音楽史を詰め込んで、説明は簡潔にたとえられなおかつ要所要所では個別の名前にも言及しているのだから恐れ入る。たとえば次のような文章はほんの一例だが、手を変え品を変えこのような明快なたとえで説明していく。

 交響曲は文章で言えば論文に似ている。一つの主題について、様々にかたちを変えて詳しく説明するのが論文だが、交響曲は同じことを音楽でしているわけだ。

 音楽の歴史の説明ではバロック時代だとか、ルネッサンス音楽とかいう謎めいた用語、特定の演奏者に深くコミットする物がある。本書は用語の解説や、有名だからといって音楽家に触れるのではない。純粋に「音楽」それ自体にとって変化を及ぼしたのはなんだったのか、どんな様式の変化が起こったのかを詳しく見ていくことになる。音楽の歴史では当たり前だが、今では当たり前であることが、最初から当たり前であったわけではない。たとえば現代では一度もその音楽を耳にしたことがない人でも、楽譜が読めればその音楽がどのような音を持ち、どのように演奏していけばいいのかわかるようになっている。しかし、そもそも音のヒントになるような書き込みがうまれたのが650年頃から1000年頃だ。

 それ以前にも、紀元前4万年頃から音楽があったこと自体はわかっている。それは今よりももっと単調で、宗教色がこく、生活に密着していたといった付随的な情報はわかる。が、音楽は芸術品などと比べ音は固形物として残らない。精密な楽譜が生み出される以前の音楽は、まるっきり歴史から消え去ってしまっていると言ってもいい。再生手段などないのだから、やりようがないのだ。楽譜がないということは、当時音楽を人から人へ伝えるには、暗記して語って聞かせる以外になかった。そうするとどうしても紙に書くものと比べて単調化せざるをえない。音楽は記譜法が確立してはじめて、複雑化していく道をたどることができるようになった。

 しかし文字なんてとっくの昔に生まれていたんだから楽譜をつくろう、だれがみてもわかるように記譜法をつくろうとする人がいたっておかしくなさそうなものだ。それが音楽が生まれて何万何千年も経った後にようやく発明され発展するのに何百年もかかるなんて人類たいしたことねえな、と思ってしまう。ただ歴史なんてものは万事が万事この調子で、技術は一旦生まれると新しい技術を誘発する、さらに加速させて発展させていくものなんだよね。はじまりは驚くほど遅く、いったん加速がつきはじめるとあっという間に変化していく。『繁栄』の中でリドレーはアイデアはアイデアとセックスすると表現したが、ある種の方法論が発明されるとその後の進化はそれまでの速度を圧倒的に凌駕する勢いで進んでいくものである。

 たとえば楽譜が生まれることによって多くの人に音楽教育を施すこと、音楽を広めること、音楽を複雑化させることが可能になり、残されるようになったことで作曲家の存在もうまれた。複雑化した音楽に対応するため演奏するためのオーケストラが編成されるようになり、歌手、指揮者、音楽の研究者など様々な職種の人間がうまれていく。もともとは宗教的な行為であったり、安らぎを得るための手段であったはずの音楽はクラシック音楽のような「音楽のための音楽」にその形を変貌させて、次々に革新的な変化が生じるようになっていく。

 重要なイベント、技術的な変化だけ取り上げて個人名は取り上げないのかといえばそんなこともなく、ロングショットにフォーカスを織り交ぜていく。たとえばこの簡潔な本としては異例的な長さだが、フランツ・リストが19世紀において最も重要な作曲家どうかについて7ページも費やして論じてみせる。ワグナーが作り上げた特別な、そして最後の作品である『パルジファル』についてはその魅力の源泉と正の影響、それから後にナチスに利用されることになる反ユダヤ主義といった負の影響についてもページ数たっぷり使って語っていく。

 本書のように一つの要素に絞って文明史を辿っていく面白さの一つは、長期間で見た時特有のダイナミズムというか、繰り返し現れる動きがみてとれることだろう。音楽の歴史では、革新と複雑化の時代のあとには、整理統合、単純化の時代がくるということが繰り返されている。若い世代は前の世代とは反対のことをしたがる傾向があるからかもしれない。たとえばバッハとその才能ある息子たちの間でも、音楽性の違いは明確に表れている。歴史全体で見た時に、変化が楽譜の登場移行一気に加速していくのも見てとることができる。150年前の人達が想像もしなかった量の音楽を我々は手軽に、どんな場所でもきけるようになっていることからもそれは明らかだろう。

 楽譜が生まれるようになるまで何千年もかかった時と比べて今は変化が早すぎる。音楽がレコードによって誰もが手元に音楽をおけるようになり、いつのまにかCDとなりウォークマンがうまれ誰もが道端で音楽を聞きながら歩くようになった。音楽は今やほとんど無料に近くなりYoutubeがあればお金をかけずにほとんどの音楽を聞くことができる。歴史をみて今後を予測することは容易ではないし、あまり意味があることとも思えないが、ひとつ言えるのは過去の技術を踏まえながら、今後も新たな変化を生み出していくことだろうし、「現代」はあらゆる時代で音楽にとっては一番いい時代だ。

 ちなみにこの音楽の進化史(原題The Story of Music)は最初はBBCのTVシリーズとして制作され、その後本になったようである。やっぱり音楽の歴史であるから、TVシリーズのように音が使える方が有利な部分もある。探してみたらYOUTUBEにあがっていた。英語だが興味が湧いた場合はみてみるといいだろう。⇒BBC Howard Goodall's Story of Music 1of6 The Age of Discovery - YouTube 

音楽の進化史

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