基本読書

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ローマで消えた女たち (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) by ドナートカッリージ

 イタリアの作家ドナート・カッリージによる第二作。ミステリ? というよりかはサイコサスペンス。二段組で500ページ超えとかなり分厚いが内容は面白い。特徴的なのは綿密な、「細部」を重視した描写と道具のとっぴさだろうか。もともと映画やテレビドラマの脚本を手がけていただけに、シナリオはこなれていて事件はポンポンテンポよく起きるし、セリフもなかなか。脚本家は基本ロジックというか、パターンを持っていることが多いので(そうでないと仕事として成り立たないだろうなあ)一定の質は担保されていることが多いようにも思う。

 スタンダードにいろんな要素が平均的に面白いのであまり書くことがないので特徴にしぼって書いていこう。本作は写真分析官のサンドラとヴァチカンの秘密組織に属している神父マルクスのダブル主人公体制で進んでいく。サンドラは写真分析官だけあって、時間の止められた一瞬から細部を読み取りまるでシャーロック・ホームズかなにかのように様々な物語を生み出していく。たとえばレイプ被害者支援団体の電話番号が走り書きされていたからといって、それを書いた人間がレイプ被害者であるとは限らないようにそれはあくまでも「物語」でしかないのだけど。

 この物語を支えているのはだから、描写なのだ。家の描写、服の描写、身体の描写、状況の描写。被害者の家がどのような状況にあって、どんな手順で殺され、あるいは連れ去られたと考えられるのかをひたすら丁寧に書いていく。描写自体が多いだけならツラくて仕方がないところだけど、本作の場合「状況描写自体が心地よい」のでそうしたツラさはない。この状況描写の心地よさはまだうまく言語化できていないんだけど、汀こるものさんの作品とかにはそうした心地よさがある。

 物が壊れる時、いかにして物は壊れていくのか。家が台風でばらばらに崩壊した時に「家が壊れました」とだけ書けば情報は伝わるが「どれだけ凄惨に崩壊したのか」は伝わらない。机は舞い上がって地面にたたきつけられて粉々になり、机に入っていた小物はもはや吹き飛んでどこにあるかもわからない、かつては冷蔵庫だったと思われる物体はひしゃげてかろうじてその原型を残すのみ、みたいなこれは僕が即興で書いた適当なものだが、描写をリズム良く書ける作品は特別な面白さがある。あとはやっぱりローマ在住の作家によるローマ描写はよい。日本の物を読めばそりゃたいていは舞台は日本だし、翻訳もほとんどは英語圏のものだからたまに場所が変わっているとそれだけで新鮮な気分。まあそれは、僕が多く読みすぎているが故の感覚かもしれない。

二択を迫る悪役

 物語の導入は胸に「オレを殺せ」と刺青されて死にかけている男(連続殺人犯)と、そこに内科医として救急車に同伴した連続殺人犯に身内を殺された女性が出くわす所からはじまる。なかなかショッキングだ。かたきは目の前にいる。いまなら、見殺しにするような形で、極々自然に決着をつけることができる。本作はその途中途中で「もし自分だったらどうすればいいんだろうか」とついつい自問してしまうような極限の二択状況が設定されていく。たとえば「目の前の女を助けるか」「離れた場所にいる、妊娠した女を助けるか」みたいに。

 ただ思うのだけど、純粋にその二択だけ、あるいは状況だけ与えられたら物事は簡単だが実際そうした問いの前のさらされるときは他の情報が多く付属しているわけで、「わかりやすい二択」みたいな状況って実際にはほとんど存在しないよね。まあ「コインの裏表でオマエの生死が決まる」『ノーカントリー』のキチガイとか、ダークナイトのジョーカーとか、本作のごにょごにょみたいに「相手に選択を強制するタイプ」がいるからそういう状況になるんですよっていうアンサーはあるけれど。

 容易には選択できない二択を迫る悪役はでも悪役としてはかなり完成されているようにも思う。「面白さ」の根源は基本的には「予想外のことの発生」「ジレンマの発生とその解消」あたりに集約されると思うんだけど、選択出来ない二択の時点で「予想できない」し、「どちらにすればいいのかわからん」というのはそのままジレンマに繋がっている。どちらか、あるいは提示されなかった第三の選択肢を選べばそのまま「予想外」と「ジレンマの解消」を達成できる。現実にはほぼ存在しないシチュエーションだが、わかりやすく面白い。

道具立てについて。ヴァチカンの秘密組織

 ヴァチカンの秘密組織と言われるだけでなんだか燃えてくる僕ですが。道具立てが面白いんだよね。なにしろダブル主人公のうちの男の方、マルクスは物が発する声に耳をかたむけて、それらが置かれた場所の過去の情報を読み取ることができるし、そこまで大げさな能力者が他に出てくるわけじゃないんだけど「ちょっとした超常現象のある世界」の雰囲気がいい。「ローマだったらいてもおかしくないかな?」とさえ思う。いやそれはぼくがローマに過大な期待を持ちすぎているだけだが。あとヴァチカンの秘密組織とはいうものの「教誨師」というちゃんとした役職名? がある。実際に存在する役職で、刑務所で受刑者に精神的救済を目的とする人々だが本作では受けた懺悔のうち「最重要」とされる案件を秘密裏に処理するような諜報員的な組織集団になってしまっている。

 いろいろおもしろいところはあるんだけど、長いのでそこまでオススメする気にはならない。翻訳物に特にその傾向があると思うが、どれも長いんだよなあ。SF的な宇宙で〜ぐらいに薄いほうがオススメしやすいのだけど。

ローマで消えた女たち (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ローマで消えた女たち (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)