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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

読書会の形式についていろいろ考えてみる

読書会 雑記

むかし読書会についてはこんな記事を書いたことがある⇒読書会について - 基本読書いろんな形式で読書会をやってきての雑感で、ざっくりとした要約としては「長編一冊を複数人、あまり仲良くもない人間でもたせようとすると間がもたない。」っていう大きな問題がひとつあり、その解決策として有効だと思ったのは、「スゴ本オフ形式(たとえば音楽、のようにてテーマを決めてそれについて各自がオススメ本を持ってきてプレゼンする)」「ビブリオバトル形式(スゴ本オフにゲーム性をもたせたかんじ。実際はいろいろちがうけど)」「(アンソロジーだとなおよし)短篇集で語り合う短編形式」の3つだってところ。

ちなみにノンフィクション系の読書会であるとか、難解な本を全員でディスカッションしながら読み進めていく勉強会系読書会などいろいろあるがひとまずここでは小説系の読書会についてのお話。スゴ本オフ形式もビブリオバトル形式もどちらも面白いが、参加者同士がその場で深く語り合っていくという感じにはならないのではなかろうか。短編形式は一つ一つの短編についてわりあい時間をとってあーでもないこーでもないと参加者が語ることができるけど、ただ人数にあっという間に限界がきてしまう。昨日やった読書会でも6人で16編もやろうとしたらさすがに時間が足りなかった⇒読書会『さよならの儀式 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)』の開催報告書 - 基本読書 

もちろん大人数になってもチームを分ければいくらでもできるけど、せっかく集まったのにチームが分かれるんじゃあんまりおもしろくないと思う。チーム替えなどが行われても結局折角集まった人間が分割されている状況に変わりはないし、何よりそういう分割させてやる形式の読書会は20回ぐらい試した経験があって、あまり楽しくなかった。こっちは盛り上がっていないのにあっちは盛り上がっている……とか嫌だしね。読書会では体験したことがなくても合コンで似たような思いを経験した人も多いのではないか。

他にどんな形式がありえるのか

というわけでここ数年は忙しかったこともあり、短篇集メインの読書会形式でやっていたのだが、できれば他にもいろんな形式でやってみたいとは思う。やりづらいといっても長編を語り合いたい場合だってあるし。こっちはしかし主催者側の難易度があがるんだよね。ようは論点をあらかじめ幾つか用意して、ディスカッションのような形で話が進まないとあっという間に終わってしまうから。開始十分でみな自分の感想を語ってしまって「わたしはこう思いました」「うん……そうですね。」「そうですね。」「そうですね……」 「……ほかは……もうないですね……」となって無理矢理話題をひねりだすような読書会を僕は何度も経験しているので、もうやりたくない。

一冊の長編だと厳しいが、シリーズ物だともっとやりやすいだろうと思う。まだ完結していないシリーズであれば「これから先どうなるのか予想」とか「好きなキャラクタ、嫌いなキャラクタ談義」とか「一番好きな巻はどれか」とか話の広がりがある。実はこれを『天冥の標シリーズ』でやろうと思って、記憶があやふやな人向けの単巻オチまで書いた全あらすじとか、議論になりそうなお題のリストとか、作中のあやふやな部分のまとめの資料とか作ったんだけど、募集までかけたものの途中でやっぱり面倒くさくなってひっこめてしまった。でもたぶん開催したら面白かったと思うな。準備は大変だけど。

他には作家縛りだったら間が持つだろうなと思う。問題は人が集められるかどうかってところか。でも集まるかどうかはとりあえずおいておこう。好きな作家、それも多作な作家であればあるほどいくらでも話すことは湧いてくるものだ。好きな作品を語り合ってもいいし、嫌いな作品を語り合ってもいい。筒井康隆語りとか超したいし。

海外ではどうやっているのか

しかし本当に長編でやるのは難しいんだろうか? アメリカやイギリスではどうも読書会はずっとポピュラーな存在のようで、いたるところで読書会が行われている。何しろ読書会系のサイトだけでもものすごい数がある⇒BookMovement | Tour BookMovement はいろいろ見た中ではもっとも使いやすいウェブサイトで、他の物はこっちを参照⇒Book discussion club - Wikipedia, the free encyclopedia 。で、これらはどうもあまり凝ったことはしない。難しく形式を考えたりもせずに、ざっくりとやる一冊をテーマに決めることが多いように思う(もちろん探せば凝った形式などいくらでも見つかるだろうが、全体の傾向としての話)。

こんな話だったり⇒さよならまでの読書会: 本を愛した母が遺した「最後の言葉」 by ウィル・シュワルビ - 基本読書、小説・映画だがジェイン・オースティンの読書会のような雰囲気が一般的なのだろう。ようは「テーマ本と主催者がいて、そこに都度都度参加者が集まってくる」ではなく、「4〜6名ぐらいのBook Clubがまず結成され」、「その4〜6名ぐらいのClubが定期的に集まる日を決めて、友好関係を深めながら、だらだらと本の話を肴にコーヒーでも飲む」みたいな感じ。気心の知れた間柄なので毎度毎度「いま何読んでいるの? そういえばこの前オススメしたアレ、読んでくれた?」と話し始めて読んでたらその話を始めたりといった感じでだらだら進んでいく。

もとより議論というか、自分たちの意見をガシガシ言うお国柄だからこそ成立する関係性かもしれないが先に読書会グループをつくりあげてメンバーを固定させてしまうような、こういう形式も、ありだなあと思う。何より誰も彼も負担が少ない。少なくとも一回はこういうBook Clubをつくってやってみたいが、いかんせん僕にはそんなことができそうな知り合いがまるでいないのが残念なところか。

音楽は「ライブの時代だ」といわれる(コピーされて音楽自体では金儲けができないから)。本もまるきり同じとまではいわないけれど、ライブ性への欲求は高まっていると思うので、ある意味本のライブである読書会についてもこれから先いろいろ検討してみたいところだ。