基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

SFマガジン700【海外篇】とSFマガジン700【国内篇】

多数の作家が入り乱れて短編を寄稿するアンソロジーが僕はあまり好きではない。多数の短編が味わえるといっても、作家ごとに好みに差は出てくるし、それ以上にクォリティに差が出てきて面白くないものが連続したりすると買ったことを後悔してしまう。何よりも一冊の「本」としての統一感が損なわれてしまうのが問題だろう。とはいっても数としては割と読んでおり、平均的に面白いアンソロジーというのもある。SFでいえば年刊傑作選は毎年買って読書会までやっているし読書会『さよならの儀式 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)』の開催報告書 - 基本読書 実際に面白い。

またこの『SFマガジン700【海外篇】』と『SFマガジン700【国内篇】』はお祭り企画の癖にどちらも良い点が多く高く読み応えのあるアンソロジーなのでせっかくなので紹介しておく。年代も新しいものから古いものまで多様であり、統一感がない上に「日本国内で出ている著者短篇集に未収録の短編のみ採用」という「それって二軍落ちを集めて無理矢理チームつくるような感じなんじゃないの。ダメダメ短篇集になるんじゃないの」的な危惧が読む前はあったのだが、その不安を吹き飛ばしてくれるような傑作が、どちらの短篇集にも入っている。

たとえば海外編のテッド・チャン『息吹』は先日やった読書会で読書会『SFマガジン700【海外篇】』の開催報告書 - 基本読書 ぶっちぎりの高アベレージ(10点満点5人で48点)を記録した大傑作だし、日本編には寡作作家秋山瑞人の『海原の用心棒』がある。参考までに作家名だけ載せておくが、そうそうたるメンバーだ。【海外編】アーサー・C・クラーク,ロバート・シェクリイ,ジョージ・R・R・マーティン,ラリイ・ニーヴン,ブルース・スターリング,ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア,イアン・マクドナルド,グレッグ・イーガン,アーシュラ・K・ル・グィン,コニー・ウィリス,パオロ・バチガルピ,テッド・チャン【国内編】平井和正、筒井康隆、鈴木いづみ、貴志祐介、神林長平、野尻抱介、秋山瑞人、桜坂洋、円城塔、手塚治虫、松本零士、吾妻ひでお、伊藤典夫

海外編については息吹がぶっちぎりで面白くこれだけの為に買ってもいいぐらいだが、しばらく出そうにないグレッグ・イーガン短編として『対称』が4次元が対称の空間(過去と未来といった時間が一方向に進むのではなくすべて統合され存在している)が生み出せたらどうなるかの思考実験的な話で、これはいったいどういうことなのかと読書会でも大いに盛り上がって面白かった。ル・グインの短編は科学が未発展で独自の文明を発展させているところに調査におもむいた家族内で価値観がわかれていくすれ違いと意見のすり合わせとそこからの決断を書いた傑作だし、コニー・ウィリスの短編はミステリ的な面白さとSFネタがからみあった内容で相変わらず面白い。多少詳しい内容はさっきの記事に載せているのでそっちを参照。読書会『SFマガジン700【海外篇】』の開催報告書 - 基本読書

『SFマガジン700【国内篇】』

そうだな……ごくごく正直に自分の評価を書くと、日本編はアベレージでいえばそこまで良いアンソロジーではないと思う。作品チョイスに疑問がある。漫画作品が3つ入っているが、手塚治虫・松本零士・吾妻ひでおとそれぞれ巨匠の漫画作品ではあるものの古臭くてまるで面白くない。評論は入っているし、神林長平先生の短編は独立したものではなく連作短編の中の一編だし、秋山瑞人の作品だけで500ページ近くある(全部で500ページ)。巨匠の古い作品が面白くないのは、つまらないというよりかは革新的な作品であればあるほどのちの世代に好きなだけアレンジされよりアップデートされてしまう結果、のちの世代が「これが元なんだよ」といって読んでも「なにこれ古いし洗練されてない」となってしまうわけだけだ。同じ問題は海外編にも存在している(クラークとかシェクリィの作品は全然おもしろくない)。

とはいってもつまらないわけではない。あくまでも平均点からいったら海外編の方が高いよ、というだけの話で。筒井康隆の『上下左右』はページがコマで割られその中でそれぞれの物語が進行していくトンデモ短編で往年のキレッキレな筒井康隆で思わず顔がにんまりしてくるような内容だし、今でこそリーダビリティ抜群の長編作品を連発している貴志祐介の初期短編『夜の記憶』はばりばりのハードSFで「こんなものも書けたのか」と驚かされる。野尻抱介の『素数の呼び声』は異星生物を考えもしないような場所にもとめてそのオチだけで笑ってしまう、相変わらず発想の素晴らしいSFだし、円城塔が書いた『From Seasons 3.25』は時間SFとして珠玉の出来。

秋山瑞人の『海原の用心棒』は、そのページ数が140ページ近くとそれだけでこのアンソロジーのバランスを破壊しているが(全体が500ページ弱)さすがに面白い。秋山瑞人作品はあらすじを言葉で説明してもたいして面白そうには聞こえないのだが、実際読んでみるとどこまでも引き込まれるんだよね。猫を語り手にした『猫の地球儀』やミサイルを語り手にした『おれはミサイル』を書いてきた秋山瑞人がこの中編では鯨を語り手にしてその一生を書いた海洋SFに仕立て上げている。

この鯨が、彼らが言うところの天敵「岩鯨」との戦い、そして最初にその内面が一瞬だけ語られる人類圏由来の文明潜水艦か何かであるところの「レッドアイ」との共闘を描いていく。実力がない若鯨であったところから、言葉の通じない強者であるレッドアイと勝手に交遊を結び、群れとの決別、そしてなんとかして岩鯨を撃破し、最後に訪れる言葉の通じぬ両者の別れ──「鯨のダンディズム」なんてものがあるとすれば、秋山瑞人以上にそれを書いた人間はいないだろうという他ない傑作中編だ。

海外編はテッド・チャン『息吹』、国内編は秋山瑞人『海原の用心棒』を目当てに買っても、外れはないと思う。平均的に面白いのは海外編が上だけど、まあこういうのはアベレージがどうとかで選ぶものではないだろう。どっちにせよ書籍未収録の物ばかりなので、好きな作家が一人でもいるなら損はないと思う。全く触れていないが面白い作品も他にたくさんある。

SFマガジン700【海外篇】 (ハヤカワ文庫SF)

SFマガジン700【海外篇】 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: アーサー・C・クラーク,ロバート・シェクリイ,ジョージ・R・R・マーティン,ラリイ・ニーヴン,ブルース・スターリング,ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア,イアン・マクドナルド,グレッグ・イーガン,アーシュラ・K・ル・グィン,コニー・ウィリス,パオロ・バチガルピ,テッド・チャン,山岸真,小隅黎,中村融,酒井昭伸,小川隆,伊藤典夫,古沢嘉通,小尾芙佐,大森望,中原尚哉
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2014/05/23
  • メディア: 文庫
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