基本読書

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第一次世界大戦 (ちくま新書) by 木村靖二

今でこそ「第一次」世界大戦となって世界中に知れ渡っているが当時は当然第二次がないのだから第一次もクソもなく、それどころか開戦時は今知られているような大規模な戦争に発展してしまうと考えていた人間も少なかった。戦争が起こるにいたった起点も今からみると「そんなことがきっかけで」と思ってしまうような物でも、後から振り返って被害の大きさを知っているからこそ思えるもので、当時の利害関係者からしてみれば各々の価値観によって最適と思われるものを選びとってきたに過ぎない。

当時の人間や意思決定陣が何を考えており、何がどうなったら大戦にまで至ってしまうのか。また第一次世界大戦では何が起こって、その後の世界を変えていくことにつながっていったのかを点検し検討を加えていくのは歴史を学ぶ上での一つの意義であろう。第一次世界大戦より100年の時間が経ち関係者がみんな死んで客観的かつテーマを持った研究が増えて、多角的に検討が行えるようになってきた現代だからこそ出せるよくまとまっている良い新書だ。

第一次大戦は日本があんまり大きな役割を果たしていないこともあって影が薄い。損害もごくごく軽微で、日本の立場からは経済的には潤ったが余り触れるところもない戦争だったのは確かだ。しかし主戦場となったヨーロッパではもちろんのこと大きな影響力と、記憶に残る事態であり、戦争責任の追求や関連の研究が膨大な量出ている。本書はそうした最新の研究をおさえ、第一次世界大戦をポイントごとに解説していく。もちろん戦争の発端なんてものを完全に一意に特定することはできないし、様々な状況が前線でも市民の間でも司令部でも起こっていることを一気に概要することなんて出来はしないのだが、もつれあった糸を丁寧に解きほぐすようにして整理し並べ立てていくので非常に見通しがよくなっている。

殆どの人はその詳細を知る必要もないと思うが、本書で解説している「世界大戦はいかにして起こってしまうのか」「戦争に突入した関係国はいったいそれぞれどのような思惑を持っていたのか」「終結の方法はどのようなものだったのか。またどのような終結のやり方がありえたのか」「第一次世界大戦によって世界はどう変わっていったのか」といったあたりは抑えておくと他の物事、たとえば第三次世界大戦の可能性にまで考えを伸ばさなくても、中国日本間の領土紛争についてどういう手をうったらどんな結果を迎えるのかなど、考える時にも役に立つのではないか。

なぜ起こったのか

意外と簡単に戦争は起こるし、コミュニケーション不足であっという間に大戦に発展してしまう、緊張状態ではお互いがお互いの思わせぶりな行動の意志を全部読み取るなんて不可能で、ちょっとした行き違いが積み重なって大きくなっていく。こうして概略だけ読んでいても唖然としてしまうようなものだ。ちょっとだけ解説しておこう。第一次世界大戦の初期の初期、直接的な原因としてはオーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者だったフランツ・フェルディナンドがセルビアの急進的民族主義者に暗殺されたことにオーストリア政府がキレて(ヨーロッパ各国も)、懲罰的軍事行動に移行しようとするところにある。

ただしロシアがセルビア支持に回るだろうと予測され、そのおさえの為には同盟国であるドイツの支援が不可欠であり、意向をドイツに伺った所ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世が「ドイツは同名義務と旧来の友好関係に忠実にオーストリアを支持する」という言質をとる。二国間の小競り合いがだんだんと裏にいる大国へ派生していく過程が窺える。この時セルビアは二国間戦争を念頭に置いており、ドイツの保証はロシアへの牽制でしかなかった。同時にこの時国際社会がどう考えていたのかというと、セルビアの謝罪と一定の譲歩は必要とみていたがそれは両国の外交交渉でかいけつされるべきだと考えていたらしい。

まあそうだろうな、と思う。だがここ以外の歴史をみてもことが荒ぶっていく時はあっという間でありこの時もオーストリアは最後通牒をセルビア側へ突きつけ国際社会は一気に戦争状態へと移行することになる。この時列強間、特にドイツが何を考えていたのかというのはなかなか興味深いところだ。白紙小切手じみた支援の約束をして開戦の根拠になったのはドイツなのだから。ドイツがオーストリア開戦を強く支持したのは、いずれ列強間の紛争は起こるに違いないし、戦争が不可避ならば一気にこの機会に覇権をとる好機であると考えた。そしてセルビアとオーストリアの局地戦であれば当然オーストリアが勝つはずで、そうすればロシアの影響力は低下し、かつもしロシアが軍事的に介入してドイツvsロシア・フランスの戦いになってもドイツはそれを引き受けられると考えていたらしい。

二度の世界大戦を経てその爪痕をみてきた現代にあってはおよそ考えられない思考だが当時はまだ世界大戦以前であり、そのような思考がまかりとおっていたということだろうか。その後ドイツはロシアに総動員例撤回を求め受け入れられないとロシアに宣戦。フランスも露仏同盟にしたがって動員を開始。イギリスはドイツの覇権掌握を阻止するためドイツに宣戦。この他の国も次々と中立を保つか参戦するかの決定を迫られることになる。ガンガンと大国が参戦を表明しことが大きくなっていくのはこうして読んでいても大変恐ろしい。

もちろん各国には各国なりの大義名分と明確な獲得目標があり、参戦を決定した首脳陣には長く大量に人が死ぬ大戦争をするつもりはなく短期決戦を想定していただろうし、列強として傍観はできないという国の威信もあったのだろう。始まりは一人の人間(ただの人間じゃないが)だったとしても、様々な行き違いや状況が大国間戦争へと発展させてしまう一つの実例として興味深いものだ。

第一次世界大戦 (ちくま新書)

第一次世界大戦 (ちくま新書)