基本読書

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月の部屋で会いましょう (創元海外SF叢書) by レイ・ヴクサヴィッチ

岸本佐知子さんの名前が訳者にある時点でこの本がへんてこであることは確定的に明らかなのであるが、それはそれとしてこの本はとてもおかしい。

普通人は読むときに、次に起こることを、次に来る文章を予測しながら読むものだ。人間が立ち上がれば動くし、思わせぶりな男女が出てくれば何らかの関係があるのかと思うし、勇者が出てくれば何か魔王的なものを倒しにいくのだと想像する。そうした未来予測と展開の裏切りが積み重なっていって物語は進行していくものだ。本作は40編近い掌編(数ページの短編)が収められているが、そのどれもが1ページごと、場合によっては1行ごとに予想不可能な出来事が起こり頭は物語の予測を拒否し爆発する。

物語のパターンとしてはまずとにかく何らかの異常的な事態から始まることが多い。たとえば最初の短編『僕らが天王星に着くころ』の冒頭はこんなかんじではじまる。何らかの身構えがなければ3秒ぐらい何を言っているのかわからない、あるいは自分は何か文章を読み間違えたのではないかと自分自身を疑い出すようなスタートダッシュをきる。

 モリーに宇宙服が出はじめたのは春だった。ほんの一年前までは原因不明の珍しい皮膚病だと思われていたこれも、いまやすっかり流行り病になっていた。皮膚が宇宙服に変わり、やがて宇宙に飛び立ってしまう。そういう病気だ。

なにをいっているんだ、皮膚が宇宙服に変わってしまう皮膚病なんてあるわけがないだろうというツッコミはえらくむなしく、みんな、なにしろ起こっているんだから仕方ない、受け入れるしかないといった精神で事態の処理にあたっていくのだからそういうものだと受け入れるほかない。正直言ってこの掌編はまだ非常に受け入れやすい、理解の容易な方のお話である。「なるほどそういう病気なのか」と受け入れたらあとは愛する人間の皮膚が宇宙服に変わってしまい、宇宙へ飛び立っていくことの別れの切なさへとつながっていくからだ。そうした感情自体は身近なものであり、たとえ皮膚がどんどん宇宙服に変わっていく人達であったとしても、受け入れやすい。

これが面白いのは単なる死のメタファーというわけでもないところだ。なにしろ宇宙に飛び立っていくのだからそれはどこかへ向けた軌道をとっているということであり、計算すればどこかの星の引力にとらわれてくるくると回り続けるかもしれないからだ。だから通信もできるかもしれないしあとを追っかけることもできるかもしれない。完全な断絶的な別れである死とはまた微妙に異なる状況であることから打たれる対応もまた変わってくるのが、へんてこさを際立たせているといえるかもしれない。

わかりづらいのは意味のわからないことが起こっていてそれが何なのかもよくわからないまま話が進行していってそしてなんだかよくわからないうちに終わってしまう話だ。なにをいっているのかといえばたとえばこんな始まり方をする『休暇旅行』という短編をみよ。『こうしてぼくたちは休暇を過ごすために、だれもが常に巨大な金魚鉢を持ち歩かなければならない世界へテレポートする。』 な、なんだおまえは。いったいなにを言っているんだ。全然理解できないが、この世界ではそれは当たり前のことなので特にこうした違和感を表明するものは現れず、この後も何がなんだかよくわからん世界のルールが立て続けに明かされていくがさっぱり意味がわからずに終わるのだ。なんだそれは。

皮膚病でどんどん皮膚が宇宙服になるぐらいだったらまだわかるよ。皮膚病は我々の世界にあるし、皮膚病は皮膚が変質してしまう病気だし、まあそれが宇宙服になるのはとんでもない飛躍だけどまあそれぐらいならわかる。でも休暇を過ごすために金魚鉢を持ち歩かなければならない世界はちょっとお兄さんわからないぜ。休暇という概念はわかる。金魚鉢を持ち歩くという事象もまあわかる。でもそこをなぜつなげようと思ったのかはわからねえ。

救いなのはこうしたわけのわからなさが、「難解」とはまた別種のなにかであることだろうか。「まあ、そういうものなんだろうな」とわけのわからないものをわけのわからないまま受け入れればいいのだというわかりやすいわけのわからなさをしている。ここから無為に何か意味を見出そうとしたりしなくてもいいんだ……という安心がある。いいんだ……我々はこれを理解できなくても。もちろんいろいろ見出してもいいわけだし、いろいろ考えてもいいわけだし、めちゃくちゃに入り組んだジャングルジムみたいなもので迷い込んだ先で、それぞれがそれぞれの愉しみ方をすればいいのだろう。

そして大半が無茶苦茶な奇想だが、中にはちゃんと起こっている違和感に対して現実的な価値観から「あなたおかしいわよ!」とツッコミを入れてくれる人が出てきてくれる掌編もある。たとえば『ぼくの口ひげ』ルイスという男はある日蛇を瞬間接着剤で口ひげの箇所にくっつけ、鼠の赤ん坊や鳥の卵を食べさせるつもりでいたが奥さんに見つかりやめてくれーーーと大げんかになる。当たり前だ!! 奇想だらけの短編を読んでいくうちに、こうしたまっとうな価値観を持つ、感情をシンクロさせやすい人物が出てきてくれるとこの狂った世界でようやくまともな人に出会えた!! という清涼感を取り戻したりもする。

いやあ、まともな感覚ってほんとにいいもんだなと思わせてくれる。水中で息をとめていて、もう限界だーーというところで海面にでて息をすえたときのような「これだ。これが現実ってもんだよ」と」思わせる感覚というか。だんだん何を言っているのかわからなくなってきたが、まあそれぐらいへんてこな掌編ばかりだし、全体を通して「面白かったか?」といわれると「いや……面白かったというか……とにかく変だった」としかいいようがないのだけど、このへんてこさだけは保証しよう。

諸君、小説は自由だ。

月の部屋で会いましょう (創元海外SF叢書)

月の部屋で会いましょう (創元海外SF叢書)