基本読書

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突変 (徳間文庫 も) by 森岡浩之

作家・森岡浩之とはこういうものも書けるのか、とまったくもって驚きの作品。これまでどちらかといえばライトノベル的な、ノリの軽いアクション物や少年少女のスペースオペラを書いてきた森岡浩之が突然出してきたがこの特殊災害サスペンスSF『突変』。この「特殊災害」がポイントで、かつてない災害を設定しているのでそこで起こる状況もかつてない物になり、架空設定から生まれる架空状況が面白い。架空状況とは今思いついた「現実には存在しないけど仮定してみることで面白い右往左往が引き出せる状況」のこと。ほら、バトルロワイヤルとかはじめて読んだ時「自分のクラスで殺し合いしたら自分は生き残れるかな」と考えたし、シュミレーションゲームじゃないけど、「こんなことになったらどうするかなあ」と思わせる喜びがこういう架空状況にはある。

作家にも得意分野があるのか、長年活躍している作家ほどスタイルや方向性みたいなものが定まってきて、長年読んでいると「この人はこういう範囲だな」というある程度の枠が見えてくる。それは凄味が予想できるという意味ではなく、文章を書く仕事を狙った場所に砲弾を打つ仕事だと仮定した場合に、「だいたいこの方角を狙ってくる作家である、飛距離はわからん」という意味での範囲である。この範囲がやたらめったら広い人もいれば、そこそこ狭い人もいるが、まあだいたい決まってくるだろう。

どういうことだ、何を言っているんだと思うかもしれないが、この『突変』という作品はそうした「ある程度作家が狙ってくる枠」と考えていた、森岡浩之作品の枠をいろいろとぶっちぎっていたので、読む前から驚いていたのだ。森岡浩之といえば代表作はアニメ化もされ11作出たあと中断しているスペースオペラの星界の紋章からはじまるシリーズになるだろう。その他の作品はそこまで有名とはいえないが、『機械どもの荒野』のような未来アクションSFや『月と炎の戦記』のファンタジー系作品などまあ後者がライトノベル分野から出ているように、全体的にどちらかというとノリの軽い小説を書いていたのだ。

本書の大森望氏の解説で触れられているように作家歴二十年以上で作品が二十一冊、しかも半分は星界の紋章シリーズなので、そこまで数がない。単純に割れば年刊1冊ぐらいは出ていることになるので、ちゃんと活動自体は継続しているのだが、ほとんどシリーズ物だからそういう印象になる。そして出てきたのがこれまでに書いたことがないような700ページ超えの長編で、しかもそれが特殊災害サスペンスSF。へえ、そんなに長いものが書けたのか……というかよかった、まだちゃんと書いているんだな、と驚いたし、何よりこれまでとだいぶ方向性を変えてこんなものを出してくるのだから、それはまあ自信作であることの現れだろうとも思った。

今までとがらっと傾向を変えて、しかもで長いものを書いてこなかった作家が突然長い物を書いてきた時は面白いという自分なりの経験則もあったが。徳間文庫の中でも背表紙まで特別仕様のもので、こりゃあなかなか気合が入ってるな出版社もといろいろ考えに考えて、読書玄人ならぬ読書老害的な事前期待をびんびんに膨らませていざ読み始めたのである(長い前置きだなあ……)。

突変とはなにか

で、読んでみたらこれが面白い。すらすらと読みやすい文体はそのままで、どちらかといえばキャラクタはこれまでより現実的な、というよりこれまで設定されてこなかった人達だ。70歳近いおじいちゃんに、独身のスーパーの店長、陰謀論を信じるいい年した女性議員などなど。同時に世界観設定的にはクリーチャーが出てきたり謎の武装高校生の双子が軽口を叩き合ったりしていて、「この辺ライトだな〜〜」と思わせる部分もあるが、全体的にきっちりとパニックSFらしく様々な年齢層と思想の持ち主を書ききり、災害時の人々のうろたえやその対応、迷いと細かい手順までを書いていく。

『突変』とはどうにもイメージを喚起させない無骨な単語であるし、なにがなんだかわからないだろう。まずそこの説明から始めると、「突然変移」の略である。作中の日本は我々の世界とよく似ているが、突如この突然変移が起こって、その起こった箇所はパラレルワールド的な場所と入れ替わってしまう事象が発生していることだけが異なっている。虚空へ向かって「やめろ」といったって止まるものでもない事象なので、まるで地震かなにかのようにこの突変は人々の日常に根をおろしている。「沖縄に旅行でも行くか〜」「やあねおじいさんったら、沖縄はこの前裏返ったでしょう」「いや、裏返ったのは久米島だけですよ」みたいな。

なぜパラレルワールドと入れ替わってしまうのがわかるのかといえば、突変した場所はパラレルワールドの異界生物が溢れてくるからで、空飛ぶヘビや地球の生態系からじゃ出てこないような生命がわんさかある日突然出てきて、そこにいた人々はみんな消えてしまう。我々のよく知る地球と、そのパラレルワールドでは当然のごとく交信もできないのだが、まあとにかくこっちに向こうの生物が無傷できているのだから、突変した場所にいた人達も向こうに無傷のままいっているのだろうということで決着がついているみたいだ。

突然起こった突変に巻き込まれた、小さい地域の人々のうち6人を中心として物語は進んでいく。これは一人称視点が6交代制で物語が進むのではなく、三人称視点で6人をばらばらに語っていくスタイルだ。もうすでに突変が確認されている世界なので、そこには元から自警団のように対応をボランティア的に引き受けている人もいれば、国家から資格をもらって住器を持ち歩いている人もいる。それなりに頭の切れる市民長もいれば、こういう特殊災害系ではおなじみの「人々に狂った思想を植え付ける宗教家」的な人も出てて、決して6人は「理性的に物事の解決をはかっていく素晴らしい人たち」ではない。

立場が違えばそれぞれの興味範囲も異なっているため事件へのコミットメントの仕方もさまざまで、とにかく銃が撃ちたいだけの人間もいればパラレルワールド側に夫がいってしまったのでむしろ突変に巻き込まれてラッキーと思っている人もいる。たとえばこういうパニックサスペンス系に「狂った宗教家」みたいなものが出てくると大抵さんざん生きる希望をとく主人公勢にたいして邪魔をするだけした後惨たらしく殺されたり死んだりして、読者や鑑賞者の「あーウザいやつがひどいめにあって死んだぞ。すっきりだぞ。」と快感を煽るのが常だ。

だが本作はそうした宗教家を単なる鬱憤晴らし装置として使うのではなく一人の必死に生きる事態対応者として描くことで、ひとつの事象でも見え方が多彩になってくるようになっている。惨たらしく、スパっと殺しちゃったほうがシンプルでスッキリはしているんだろうけどね。そういうわかりやすい方向には決していかないんだというコントロール下にある物語ではある。

突変現象の面白さ

あまりみたことがないタイプの災害SFで、まずその設定とそこから生まれる状況が面白いと思ったのは最初に書いたとおり。じゃあどこが面白いんだといえば、まず重要なのは「被災者はパラレルワールドに移行するだけで、死ぬわけではない」というところだ。もちろんパラレルワールドに移行したあと、その辺にいるクリーチャーに殺されている可能性はあるのだが、とりあえず最初は生きている。なので取り残された方からすれば「会いにいける」存在であって、それがまたドラマを生んでいる。

また死ぬわけではないので、そこには被災した人達のコミュニティや独自ルール、いってみれば社会が存在している。畑や田圃も一緒に移動してくるので当然栽培はするし、次々に新しい突変被災者たちがやってくるのでこうした人達のフォローも必要だし、人を襲うクリーチャーはその辺を歩きまわっているし開拓も必要だしと、やることがとにかくたくさんある。民主主義はまだ成立しているのか? というか国家は存続しているのか? もともとの地球にあった免許などはまだ有効なのか? そもそも金はどうなっているんだ? 企業は? 生産体制はどの程度まで整っているのか? と疑問がいくらでも湧いてくるが、丁寧にそうしたパラレルワールドでの社会についても構築されていてそれを読むだけで面白い。

あとは当然面白いのが、クリーチャーが大量にいる世界に現代兵器を持った人間がトラベルする、戦国自衛隊的な「本来出会うはずのないものが出会ってしまってばんばかばーん!」物ということだ。パラレルワールドにいるクリーチャーは別にすべての生物が害を及ぼすものではないのだが、もちろん肉食系のクリーチャーも存在しておりそうした存在とは戦わねばならない。「クリーチャーがいる世界で共生を強いられ、社会を構築していく」パターンは珍しいね。いやほとんどみてないから知らないだけでたくさんあるのかもしれないけど、しかしその結果として災害系SFとモンスターパニック系SFの良いとこどりみたいな世界観になっていて、それがまた面白い。

しかしその辺を異常生物が飛んだりのそのそ歩いていたりするわけで、こんな危険な世界では寿命がいくらあっても足りねーぜ、と思ってしまうところだが、最初のパニック状況を抜けるとそれなりに希望もみえてくる。あれ、意外と生活している人がちゃんといるしクリーチャーにただやられているだけじゃないじゃん? と。そしていったん安全が確保されると、次々と疑問が湧いてくる。地球はどんどん突変していっているのであって、あれこれ最終的には地球が全部入れ替わっちまうんじゃねーのとか、そもそもこれどういう原理でこんなことが起こってるんだよとか、この異常な生態系は地球生態系のどこかの時点で枝分かれしたものなの? それともまったく起源が違うものなの? という生命科学からの考察もあったりして(大好物、大好き。)、起こっている事象に対して「なぜそうなっているのか」を分析していく過程は世界の真理へと近づいていくわくわく感にあふれている。

てんこもりな分、これ一冊でこの世界が堪能できたとは言いにくい。シリーズ化して何作も読みたい内容で、不満点があるとすれば「もっと読みたい!」と、それだけだった。

突変 (徳間文庫)

突変 (徳間文庫)