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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

掟上今日子の備忘録 by 西尾維新

ライトノベル

絵VOFANに講談社からの西尾維新新シリーズ、しかも西尾維新初の電子書籍配信と紙の書籍同日発売、それにくわえて西尾維新の前作である続・終物語に本書のプロローグがついてきたとなれば、「ああ、講談社は第二の物語シリーズを求めているのだなあ、うりうり」と思ってしまうのも、無理はないところであろう。それぐらい力を入れているのであるから、期待も嫌でもあがろうというものである。第二の、金づるを、講談社へ!! と意気込みが目に見えるようだ。

とはいっても物語は、忘却の探偵の物語だという。掟上今日子は探偵であり、1日の終わり……具体的には掟上今日子が眠ることによって記憶を失ってしまう。記憶喪失にもいろいろあるが、掟上今日子の場合はこの症状が発生した段階までの記憶がすべてなくなってしまうらしい。つまり1989年の時点でこの症状が発生したとしたら、朝起きる度に突然周りにはパソコンがあふれているしちょっとしたタイムトラベル気分ということになるだろう。しかし彼女は、その特性をいかして「秘密保持にうってつけの(忘れてしまうから)、最速の探偵(1日で解決しないと忘れてしまうから)」として活躍している。

西尾維新さんはそのデビュー作をいわゆるミステリ作家的な分類でスタートし(あまり出たばかりの時の反応は知らないのだが、ミステリ作品としてのデビューだったのかしらん? クビシメロマンチストがミステリとしてそれなりに評価を受けていたのは知っているけれども)、その後ミステリジャンルからリフトオフしまるで関係がない作品ばかりになっていった。そして時折難民探偵のような思い出したようにミステリに回帰するもたいして面白くもない作品を発表してきた。考えぬかれたトリック、洗練されたセリフ、綿密に統制された時系列──そういったものを西尾維新作品に求めるのは酷というものだろう。1日に2万文字執筆する西尾維新という作家に基本的な特性として付与されているのはまずその圧倒的なまでの速度と、ノリと、勢いであり、伝統的なミステリ・探偵物とは相性が悪い。

だからこそ最初に期待があがるなどと書いたが、本作が探偵物と知った時から──そこまで期待はしていなかった。だけど読んでみたら、これがなかなか面白い。タイトルにも探偵の字はないし、そもそもこれをミステリ的な観点で読む、一般的な探偵物として読む必要はぜんぜんないのだとわかる。もちろん謎はあり、探偵掟上今日子は自身の金のためにこうした謎に挑み、そこには道筋がつく。ミステリ的な観点で読む必要がないというのは、こうした道筋を読者側から予測できるものとして読む必要はないという意味だ。分類的には日常の謎系──人死にが絡まない傾向が強いのかとも思うが、今後どうなっていくのかはわからない。そもそも単純な分類に落としこむのもどうかと思うので多くは語るまい。記憶がなくなってしまう探偵という主軸をいかしながら事件にからみ、1日で解決しなければいけないという設定が緊張感と無茶苦茶な、だけど面白い展開を引き起こしていく。設定をいかす観点からすれば当然ながら、ロマンスもある。

記憶が一日でなくなるから機密保持としての特性があるといわれてもそれはいくらなんでもどうなのかと疑問に思うし、こうしたいくつかの根本的におかしい部分をスルーすれば、めっぽう面白いシリーズとして立ち上がっていると思った。

短期記憶喪失物

記憶がサイクルによって終わるというのは、根本的にロマンチックな設定だろう。誰しも忘れられるのは悲しいものだし、だからこそ忘れられたと思った相手がなんだか素晴らしい奇跡的ななにかで覚えていてくれたりなんかしたりしたら、それだけで物語的には最高潮まで盛り上がる。あるいはそんな御都合主義でなくとも、記憶がなくなるサイクルの中にありながらも人間と人間の継続的な関係性が結んでこの後の人生も一緒にがんばるぞいと合意に達することができるならばそれはなかなか素敵な展開だ。短期記憶喪失物という設定を導入した時点でオチの盛り上がりは確約されたようなものである。

本作でも掟上今日子はあくまでも探偵であり、視点主は彼女に仕事を依頼する依頼主である。依頼主であるといっても記憶のない彼女に継続亭に関わっている珍しい人間だから立ち位置的にはかの有名な探偵と助手である。彼は彼で特異な体質をもっており、やたらと事件に巻き込まれてしかもそれに飽きたらず毎回犯人のように扱われてしまう。だからこそ掟上今日子に仕事を依頼し自分の身の潔白をはらしてもらう、そうしたことが何度か続けて関係ができるようになったようだ。そして同時にそんな体質があるからこそ、仕事も長続きせず大概の場合無職である。かわいそうな男だ。年齢層が25歳とこれまでの西尾維新作品の学生主人公よりかは高めに設定され、周囲の人間も探偵や編集者など一応まっとうに働いている人間が出てくる辺り、西尾維新作品史的にみても新たな場所を開拓しようという積極的な意図を感じる。

あと最初読んでいるときは「あれ、西尾維新作品なのに視点主の変態性が抑えられているな」と思ったりもした。しかし最後まで読んでみると周りの人間に視点主を変態だとののしる人間がいないだけで、やっていることはめっぽうハイレベルな変態行為だ。ことさら変態行為を変態変態と騒ぎ立てない、奥ゆかしく、行為のみを価値判断抜きに読者の前へ提出するという新しい変態の書き方だなと思った。で、まあ探偵助手、依頼主君は当然ながら25歳でメガネで白髪でかわいい掟上今日子にご執心であり、こうしたほのかな恋愛模様も今後このシリーズの読みどころの一つになっていくのだろう。

ただ短期記憶喪失物として特異なのはやっぱり本作が探偵物であるところに尽きる。寝ることで記憶がリセットされてしまうからあっという間に事件を解決しなければならず、またその特性ゆえにあらゆる機密事項に平気で踏み込める──このへんはさっきも書いたように「無茶苦茶だ(だって、仮に医師の診断があったとして誰がそんなこと信じる?)」と思うが、物語としてはメリハリをつけ主役の能力を制限する枷としてごきげんに機能していると思う。必然的の物語は短編連作のような形をとっていくのも、西尾維新作品の中では割合珍しいのではないだろうか。

その他

こうした探偵の特性を核に組み込んで物語は動いていき、そうした部分がまた面白くもある。そこらへんはネタバレになってしまうので触れるのはやめておこう。で、その他の部分で特に強く惹かれたのは──まあこのへんはシリーズ次作以後のお楽しみになってくるんだろうが、この世界には割合掟上今日子とは別の、探偵が幾人もいそうなことである。現実の探偵とくればラブホの前で何時間もはってたりといった泥臭い仕事が多いが、この世界における探偵は事件に積極的に関わる、フィクショナルな存在として描かれている。たとえばこんな描写が出てくる。

紺藤さんにあれだけの無理を言ったのだ。その場合は僕が責任をとって、僕の携帯電話に登録されている名探偵の中で、もっとも有能な、事件解決率百パーセントの、まさしく『万能の探偵』を呼ぶしかないか……あまり気は進まないが

いやーーーーーー万能の探偵ですよ、万能の探偵。呼ばれてみたいもんですよ万能の探偵なんて。清涼院流水先生のコズミックシリーズを読んで衝撃をうけてドハマりした人間からすれば、もう名探偵がいっぱいいる気な世界の時点で大盛り上がりだし、事件解決率百パーセントの万能の探偵なんて呼ばれたらこれはもう転げまわって大喜びです。いやあ、素晴らしい。楽しみだなあ。こういうめちゃくちゃな設定の探偵がでてくると面白いのはですね、めちゃくちゃな探偵だから事件も展開もめちゃくちゃなことになる、それが面白いんですね。もちろん作家がそれを制御できればの話にはなってくるのだけれど。

もろもろに次回作以後の布石も打ちつつ、初回に必要であろう情報はあらかた開示され、まだ若くとも既に作品数とキャリアしてはベテラン作家となった西尾維新さんの成熟を感じさせるシリーズ一作目になっていたと思う(書籍情報の下に多少ネタバレに絡む部分に触れています)。

掟上今日子の備忘録

掟上今日子の備忘録

ここから多少ネタバレ。本書の最後で『掟上今日子の備忘録』は依頼主視点主君の書いた書き物であることが明かされる。小説には当然ながら人称というものがあり、三人称なら神的な視点から書かれ、一人称ならある人間の目を通して世界をみていくことになる(二人称もあるがここでは割愛)。そこで普通疑問に上がるのは「この神視点はなに? だれ?」「この自己紹介や他者紹介を延々としながら語り続けているやつはなんのために語ってんの?」であり、こうした「作中作物」は一般的にはこうした視点の疑問点を解消するものとして導入される。問題は本作が作中人物の意志により書かれたものである以上、そこには何かしらの意図が紛れ込まされている可能性がうまれてしまうことだろう。

視点主くんは本作でも今日子さんの為と称して裸を念入りになぶったり、平然と大きなウソをつける偉大なナイスガイなので、こうした彼自身の意外な「巻き込まれ体質」以外の陰謀性みたいなものが語りにどのような影響を与えているのか──こうした視点もまた次作以後を楽しむ時にもっているとなかなか面白いのではないかと思う。ではまた次号!