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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ホット・ゾーン――「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々 by リチャード・プレストン

オススメ! 科学ノンフィクション

1994年刊の物を、今回のエボラ流行にともなって復刊したもの。1976年から1993年にかけての主要なエボラ感染事例を扱ったノンフィクション本だ。エボラとはどのような性質を持つウイルスなのか、またエボラに対して人間がどのように発見し、どう対処し、どう考えて、そしてどのように終結させてきたのかといった基本的なところを抑えていく良書だ。言うまでもなく2014年現在はエボラが過去例にないほど世界的に蔓延して犠牲者が出ており、ちょっとどうなのこれ、さすがにやばいんじゃないの感をどんどん醸し出している今こそ読むべき本なのは間違いないだろう。普通の人がエボラに対してできることはほとんどないが適切な知識が適切な対応を生み、無用な動揺を防ぐことにもなる。

ちょっと変なのはインタビューで聞いた内容などをまるで見てきたかのように三人称(小説風)で記述していくところだが……。たぶん臨場感やその時エボラに対峙した人間がどう感じたのかを生々しく書き、ドラマのように盛り上げて行きたかったんだろう。個人的にはそんな邪魔な臨場感や感傷、葛藤の長々とした描写はいらんから事実だけ書けと思った。いや、めちゃくちゃ文章がうまくて面白かったんだけどね。ただそれで正確性がよくわからなくなると(まるで見てきたように書いているが、実際には聞いた話なのでその辺が混濁する)面白さのわりに犠牲が大きいのではないかという懸念がどうしてもある。あと著者としてはそうした人間の葛藤と戦いこそを書こうとしているのだから、そこを批判するのはお門違いな点は注意しておきたい。

エボラがまだ見出されて間もない頃、ほとんどの人が「かかったらほとんどの人間が死ぬヤベエ病気」と認識されていた時の話は絶望感に溢れていて面白い。エボラは一般的には空気感染しないと思われているが、当時の状況からは傷もついておらず、血も浴びていない人間がエボラに感染している事例や場所が離れて接触のない猿から猿へ感染した事例もある。空気感染ではないにしろ当時の人々からすれば「空気感染する可能性が存分にある、90パーセントの確率で死亡する致命的ウィルス」だった。調査しなければ対処法もそもそも物の危険性やどのような時に感染するのかすらもわからないが、調査に入ると息を吸い込んだだけで感染するかもしれないのでとりかかる側からすれば決死の覚悟が必要だったのだ。

 研究所の人間で、彼のプロジェクトに参加したがる者は一人もいない。凶悪なエボラ・ウイルスは、人間を、あまり考えたくないような目にあわせるからだ。防護服を着ての作業に習熟した人間にとってすら、この生命体を取り扱うのは空恐ろしいことなのである。彼らはエボラの研究もしたがらない。なぜなら、その結果、自分がエボラに研究されるハメにもなりかねないからだ。このウイルスがどういう宿主に棲みついているのかも、彼らにはわからない──それが蝿なのか、コウモリなのか、ダニなのか、蜘蛛なのか、それとも何らかの爬虫類なのか。それはひょっとすると、豹や象に棲みついていないとも限らない。おまけに、このウイルスがどうやって伝播するのか、どうやって宿主から宿主へ飛び移るのかも、定かではないのである。ただ一つわかっているのは、人間がそれに感染した場合、どういう症状を呈するか、だ。

エボラウィルスの中でも最も致死率の高かった(90%)エボラ・ザイールが人間の肉体をいかに破壊していくのかの描写もなかなか見ものだ。それは骨格筋と骨を除くすべての臓器と組織を攻撃する。コラーゲンの中で増殖し、これをどろどろにしてしまい、皮膚の下部組織から壊死して融解する。やがて皮膚は裂け、出血が生じる。体中の穴という穴から血が流れだすのだ。脳は壊死した血球で詰まり、眼球内部は血で一杯になり、血は流れ出たあと凝固することもない。臓器という臓器から血が吹き出てくるこの現象を、軍のバイオハザード関係者は独特の言い回し──「患者が崩壊し、大出血した」、より穏健な言い回しとしては「患者が屈服した」と表現した。

本書では当時判明している主要なエボラ感染例が一通り列挙されているが、初めて発見されたのは1976年の6月、中部アフリカ熱帯雨林の端に位置するスーダンのでのことだった。一人の男性が突如高熱と出血を出して死亡、その後すぐに同僚二人に感染し拡大。当時は当然まだ知られていないから死体に向かってハグなどの接触をしたり、感染が病院に移行してからは同じ注射針を使い回されたりすることであっという間に感染が拡大。病院は死体置き場同然になり、瀕死の患者の中にはそうした状況に耐えられなかったのかまたは脳がやられたのか走って逃げ出したり奇行に走る人間が出たという。致死率50%を超えていたこともあってか、このエボラ・スーダン・ウイルスはなぜという明確な理由も不明なまま自然に下火に向かい、姿を消した。

この時の死者数ですら300名止まりであり、その後もちょこちょこと発生事態はしているとはいえ、現在までの大規模(死者数が4400人を超え、患者数は9000人を超えている。8月以降人数大幅増加中⇒ソースWHO: Ebola Response Roadmap Situation Report)のものはかつてない。予想レベルでは二万人を超えるともされており、まあちょっと困っちゃったなってかんじだ。日本ではまだ発症が確認されていないものの人口過密気味である都市部で存在が確認された場合、早急な隔離と接触者の追跡が重要だと思われるが、その難度を考えると手際の良し悪しはおいといて想像したくない事態である。

本書では1976年の「はじまりのエボラ」につづいて、1989年に起こったアメリカの首都ワシントン近郊で起こった、実験動物の輸入・販売を手がける会社で起こったエボラの発症を詳しくおっていく。猿にエボラに酷似した症状が出ている、それが軍部に伝わって、処理班が向かい、感染が拡大する前に極秘裏に処理を遂げてしまおうとする状況がスリリングに描かれていく。これで面白いのは、いかに注意しても突発的な怪我(脱走した猿が飛びかかってくるとか)によって感染する可能性があることや、気を抜くとあっという間に感染が全世界に広がってしまうと恐怖する軍部上層部の緊張感もされど、危機に対して軍部がどういう反応をするかが描かれているところにあると思う。

レストンというワシントンの近くにある街で、ヘタしたら空気感染して人間を90%近く死に至らしめるヤベエ存在がいるなどとマスコミに知れ渡ったら、レストンから市民がパニックになって脱出するに決まっている──、だからこそもちろん取材に対してウソは言わないものの、ショッキングな事実はできるだけ伏せて答えたと当時の担当者は語っている。エリートはバカな大衆のことはそうそう信じないから情報もふせないとなとばかりに描かれるのはフィクションの世界特有のウソではないようだ。

実際当時の記事が載っているが、事態はすでに収束していてなんら心配することはないし、大騒ぎすることもないといわんばかりの内容になっている。記者はなぜか言ってもいない「問題のサルのグループは一匹残らず殺された」とまで当時の記事に書いてしまっているが、その時にはまだサルは殺されていなかったし当然ながら何かが起こる可能性は充分にあった。もちろんこうした事実をもってして陰謀論的に「政府は情報を秘匿している!!」なんていうのはあまりに短絡的すぎるが、当然の処置としてパニックを起こしそうな事態はそれとなく、ショッキングでない形で隠されることがあり得ることだろう。

このモンキー・ハウス事件自体は、サルを殺すことで人間の犠牲者ゼロで収まったが、人間へのエボラ感染がなかったわけではない。モンキー・ハウスで働いていた四人の飼育員が実は全員エボラに感染していたのである。犠牲者がゼロなのは、エボラは彼らの身体の中で繁殖し、循環したが、発病は起こらず、特に症状がそのあとも出なかったからだ。これのおかしなところは、そのうちの三人は特に身体を傷つけたわけではなく、感染経路が不明だったことで、当時の科学者の結論としては空気感染し得るのだ、となったらしいが現在ではWHO(世界保健機関)により空気感染自体は否定されている。また死ななかった理由は不明である。

悪辣極まりないエボラ出血熱であるが、さっきも書いたように今世界中で大流行中であり、当時の局所的な緊張感やストレスフルな感染経路の追跡、封じ込めが今まさに全世界で起こっていることなのだと思うと戦慄する。もし仮に日本で発症が確認されたら、正直電車に乗りたくないし、そもそも外に出たくねえなあ……と今から嫌な気持ちになる。感染力がめちゃくちゃ強く、ほんの少量のウイルスで感染するため、無理に出勤してきた人間の吐血やなんかを傷口に浴びたらもうほぼアウトである。希望があるとすれば、従来には存在しなかった薬がいくつか認可を得ようとしているところだろう。こんなニュースも先日出ていたし⇒「アビガン(R)錠200mg」のエボラ出血熱向け生産について : ニュースリリース | 富士フイルム

このあたりが本当に有効に機能するのか、機能したとしてこれが有効に投与できる環境を構築できるのかと、考えるべきことややるべきことはいくらでもあるのだろうが、とりあえず自衛以外はほぼ何もできない我々としては最低限正しい知識だけは身につけて、日々を過ごす他ないだろう。

ホット・ゾーン――「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々

ホット・ゾーン――「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々