基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

NOVA+ バベル: 書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫) by 大森望 他

NOVAというSF短編アンソロジーがかつてあり、オール書きおろしで短篇集を出し続けてきた意義は非常に大きかった。売上からみても短篇集より読者にとって求められているのは長編なんだろうと思うが、短編には個々の作家の世界観や能力、投擲範囲を示すことが出来る、ならではの良さがあり毎度楽しみに読んでいた。大御所から新人まで、毎度毎度いろんな作家に依頼をして短編をとってくるのは、日本でSFをちょっとでも書いていたり感心があったりすればまず大森望氏と知り合いであろうという異常な人脈と拾い上げの精神によってしかなされなかった企画だろうと思う。

ナンバリングタイトルだった事が災いしてか恐らく売上がだんだん落ちていったのだろうけど、10巻で一旦終わった後、NOVA+ということで+がついて帰ってきた。ざっと一読してどれも面白かったので突発的に読書会も企画して⇒誰得読書会『NOVA+ バベル: 書き下ろし日本SFコレクション』開催レポート - 基本読書 いろんな人の意見を聞きながら既に一冊のアンソロジーとしては充分すぎるぐらいに楽しんでいるのだけれども、なかなかどれも面白く、思うところがあったので個人的な感想もざっくり書いていきたい。

ちなみに執筆陣は宮部みゆき、月村了衛、藤井太洋、宮内悠介、野崎まど、酉島伝法、長谷敏司、円城塔で超豪華メンバー。短編ごとに感想を書いているけれど、長いのでまあ適当に読んで下さい。

宮部みゆき『戦闘員』

宮部みゆきさんの『戦闘員』はまさに開幕にふさわしい間口の広さで、SFをあまり読んだことがない人間にも優しい。仕事もなく特にやることがなくぶらぶらしているじーさんが、ある日不自然に増減する監視カメラの存在に気がついてしまうという古典的な道具立ての監視社会物だ。監視社会物といえばもうとっくに防犯カメラからはリフトオフして、複雑怪奇な設定で書かれたものがいくらでも出ているが、そうしたややこしい部分をそぎ落として使い古されているが我々のごく身近にある監視カメラを中核にがっつり据えてしまうからこそのわかりやすさがある。あとやることがなくなった老人は何をすればいいのか、どうやって生きていけばいいのかというのは現代的なテーマだよね。女性側の同じテーマを扱ったものといえば岸恵子さんの『わりなき恋』などがあるけど、こっちはじーさんだから……という性差も面白かった。

月村了衛『機龍警察 化生』

月村了衛さんが出してきたのは機龍警察シリーズに連なる一編で『機龍警察 化生』で、シリーズファンには嬉しいキャラクタがぽこぽこ出るし、作品の根幹にあたるロボットのコア部分への説明がまとまっていたりと嬉しい出来。数年で技術があっという間に進んでいってしまい、技術がどんどん陳腐化していってしまう恐ろしさがあるが、そうした恐ろしさを軸に話を組み立てており読み応えがある。あとお得意の警察内部の貸し・借り メンツを潰された、同じ組織内の別部署ってだけでいがみあっているとかいう謎の組織内の緊張感で物事が動いていくのも相変わらずで好きだ。警察組織独特の空気の何が好きなのか自分でもよくわかってないんだけどね。

藤井太洋『ノー・パラドクス』

藤井太洋さんの『ノー・パラドクス』は色物揃いのこのアンソロジーの中でもハードさでは突出している。タイムトラベルがだれでも金を払えば可能になった世界で、一体全体何が起こるのか、その社会はどうなっているのかを綿密に書き込んでいく。物語の核部分にあたるのは「2800年以降にはなぜか飛べないし、人がくることもない。なぜなんじゃ」というもので、もうこの設定だけでも読んでいてめちゃくちゃ興奮する。なぜだ!! なぜなんだ!! 未来に存在している技術や矛盾が起きずにタイムトラベルできる理屈なんかが怒涛の勢いで語られていくなかなか複雑な短編で、一回読んだ後「タイムトラベルが一般的になった世界なんて絶対に穴があるはずだから重箱の隅をつつきまくってやる」と思って読み返したのだが、これが全然穴がない。感服しました。

唯一違和感があるのは最初にタイムトラベル事象を発見した博士が、発見当時「No cause, No Paradox!(原因なんてなくていい、矛盾はない!)」と叫んだとされるところ。本作においてこれは重要なフレーズになってくるのだが、普通ここまで重要な既知に反する発見をした時は「なんだこれ、おかしいぞ。何か間違えたかな……」からはじまって、世界中の研究者の再現実験待ちになってはじめて浸透してくるだろうから、そんなエウレーカ! みたいに叫ばねーだろと思ったぐらいだがこんな細かい点ぐらいしかツッコミが入れられなかった(コレも何か間違っているかもしれない)。

サイエンス・フィクションジャンルにおいては少なくない作品が未来を舞台にするが、その時一つの議題は「未来世界の技術や社会をどこまで描写するのか」だと思う。本アンソロジー執筆陣でも、宮内悠介さんは基本的にはプロットのコア部分やイメージを主軸にしてそれ以外の部分はほとんど描写から省いていく。長谷敏司さんは世界観を経済や企業、国際情勢やどの程度の技術レベルなのか全体をガッツリ作りこんで、描写も多め。藤井太洋さんの場合はよくわからない。非常に作りこまれているのは間違いがないが、おもにその焦点は技術的な部分に限定されているようにも思える。描写は多めだ。

だいたいタイムトラベルが2800年まで可能な世界を構築するとなったら、全体を作りこんでいくのは時間がかかりすぎるだろうな。技術的な推移と2800年までの年表、重要な事件、主要人物の歴史ぐらいまでだろうか、作りこんでいるのは。未来に自然に発生している技術的な進歩と、その活用例がわずか数十枚の短編に詰め込まれていくので、読み終えた時は情報で殴りつけられたかのようになる。尖っていて面白い短編だ。刺さる人には深く刺さるだろう。

宮内悠介『スペース珊瑚礁』

人類の生活圏が宇宙にまで拡大した時に起こる金融的な問題を主軸にして展開していくスペース金融道シリーズの中の一冊。たとえば10光年離れた星にいる人々がどうやって金の貸し借りをしたらいいんだろうと疑問に思うのはSF好きのようなごく一部の物好きだけだろうが、そうした問題を生真面目にとりあげて語っていく──のではなく面白おかしく語っていくのがおもしろみ。今回は今流行っているネタがふんだんに取り揃えられて(ソーシャルゲーム、聞こえますか……聞こえますか……)など、ノリの軽さに拍車をかけていたようにも思う。

面白かったのが1光年以上離れた星の人間とソーシャルゲームで同期通信して遊ぶにはどうしたらいいのかについて、本作の回答は「まるで同期通信しているかのごとく、対戦相手の挙動を予測して動作する(ようは結局CPU戦)」といっていてなるほどなあと思った……。が、それはいかなる意味においても同期通信ではないし、対人対戦ではないような気がするのだが正確にトレースしてくれるならそれはそれでいいのかと思い直す。まあ全体的にバカバカしい短編だが一個前の『ノー・パラドクス』が重たいので嬉しい。

野崎まど『第五の地平』

草原に立っているチンギス・ハーンの描写と彼の幼名の説明などからつらつらと真面目なトーンで始まって「なんだなんだ、SFじゃないのか。チンギス・ハーンの話なのか」と思いきや2ページ目の中盤ぐらいからいきなり「またこの時代、人類の宇宙進出は加速度的に進んでいた。」という一文が挿入されてあ、これはアホな話なんだと一瞬で気がつく。この一文をきっかけにして加速度的にアホさを増していくのだが、素晴らしいのはこれがアホさを大真面目な理屈で補強していく過程である。

「遠くへ行きたかっただけだ……」「だがその”遠く”はどの方向にあるというのだ……」というあまりにもアホすぎる問いかけから、友人ボオルチュがまずは遠さを定義いたしましょうとばかりに二次元、三次元、四次元でそれぞれ距離の定義が全く異なってくることを説明していく。やっていること、語ろうとしていることはあまりにもアホなのだが、その説明の真っ当さに腹を抱えることになる。こんな風に終始アホさと真面目さが交互に襲いかかってくるのだが、バランス感覚が絶妙だ。話は次第に図を使ってのプレゼンテーションじみた「いかにして本質的な意味で遠くへ行くのか」講座にうつり、チンギス・ハーンがついにその解に至った瞬間は笑いなしに読めないだろう。小説なのに図をみてげらげら笑うのもかつてない感じだ。

酉島伝法『奏で手のヌフレツン』

酉島伝法がおくる音楽SF(大法螺)。造語を駆使して他にないオリジナルな世界観を作り上げていくのが特徴的な作家なのだが、まあ読んだことがない人間は「ふーん造語をつかってねー」というぐらいでふんふん流してしまいそうだから引用も入れてみようか。

 務者のひとり、殻解きジラァンゼが、自らの空疎な腹に手を添える。
 心窩から下腹部にかけては、聖痕と呼ばれる大きな裂け目が走っている。そこから腸のほとんどが排出されて、一年近くが経つ。太陽に喚ばれたことを示す最初の聖状だった。それからは俗世のどんな食べ物も体が受け付けなくなり、赤ん坊のように輝晶の溶き汁だけで滋養を摂ってきた。

窩とかたぶん人生で一回も書いたことがない。書いたことがないどころか人生で一回も目にしたことがないであろう大量の漢字を読むことになるので、日本語ってすげーなと思わせる作家の一人である。こんな異常な文章を書いているので、そこまで読みやすいわけではないのだが、その代わりちゃんと読むと描写の気持ち悪さがダイレクトに伝わっていて本当に嫌な気分を味わえる描写の力がある。人間とは似ても似つかない生物の出産のシーンなんか読んでいて本当に気持ちが悪かった。

長谷敏司『バベル』

組織の理屈と個人の理屈が相反するのは、実際日本だろうがアメリカだろうがイスラームであろうが、普遍的な事象として存在している。いわずもがな、その二つはおうおうにして重なることは少なく、まったく別物であるからである。たとえばサッカーチームの至上命題は基本的に「勝って、客を入れる」ことにあるが、個々の選手からしてみれば「負けてもいいから自分の実力を示す」ことかもしれないし、「足手まといにならないように気をつけて、そこそこの金をもらう」かもしれない。組織はそうしたばらばらの個人の思惑をできるだけとりこぼさないように制御し、進んでいくものだ。

本作『バベル』は、イスラームでデータを活用しファストファッションとして服の流行を読み、デザインまでシステムに一任して金を得る企業のいちサラリーマンの立場からこの組織内論理と個人の論理の衝突を描いていく。組織が(というか上司が)ある問題を起こし、組織としてもそれを擁護する立場をとったばっかりに、同意できない社員がどんどん抜けていき、主人公は抜け時を失って「社員がどれだけの期間にどれだけの速度で抜けていくかの予測システムを作ってくれ」と言われ強烈な反発を覚えながらも着手してゆく。

面白いなと思ったのは、こうした普遍的な悩み(組織vs個人)にたいして、科学技術での解決が考察され、そしてそれを導入した先にどれだけの物が広がっているのかという未来までもが描写されているところ。骨格は非常にシンプルなのだが、取り上げられている技術や思想はどれも広がりを持ったもので、枚数以上の満足感がある。たとえば予測システムが一社独占のものであればその企業が儲けるだけだが、競合が出てきたら? 予測システムの盲点をつく予測システムや、より精度の向上が求められるなど、予測を予測するシステムがうまれ、といたちごっこがはじまるだろう。

また個人の側としてもあらゆるものが予測されたら? ファッションの好みのものが分析されて先に出てくるだけならまだしも、食事や恋愛、物語の好みまでそうして事前予測から産出された満足度を最大化するようなもので溢れてきたらどんな気分がする? まず間違いなく、予測されない権利を求める動きが出てくるだろう──と想像はいくらでも広がっていくが、こうしたことは全部本作に書かれているというよりかはシンプルな骨格の先にありえるかもしれない未来として匂わせるようにして終わらせている。シンプルで芳醇な短編だ。

円城塔『Φ』

一段落ごとに一文字、文字が減っていくというルールによって書かれた小説。はじまりは150文字を使って一段落構成することができるが、次の段落は149文字、次は148字という感じ。150文字にするぐらいだったら140文字(Twitter)にすればいいじゃねえかと思ったが、どっちにしろ原稿が多少延びるか短くなるかなので大した問題ではない。日本だと有名ドコロでは筒井康隆さんや西尾維新さんが特定の日本語(たとえば「あ」が使えなくなったり)を使えなくする話を書いたりしているが、段落ごとに文字数が少なくなっていくのはその亜種だな。

面白いのが、語られていく物語だ。物語というか、この宇宙は一体何なんだという自問自答を延々と描いていくだけなのだが。宇宙から使える文字数がどんどん減っていることを比喩として扱うことにより、文字数が減って言うというメタ的にみれば単なる小説ルールを、作品内では宇宙消滅の危機として対応を迫っている。今まさに消滅しつつある宇宙において、この宇宙がなくなった時いったい何が起こるんだろうと少なくなていく文字数で戦々恐々としていく様は読んでいて笑える。

また文字数がいよいよ残り少なくなってきて、一段落が二行にまたがらなくなった時にこの短編は、文字の並びとして、グラフィカルな面白さを獲得しているのも興味深い。だんだんと消滅していく宇宙とその葛藤が、そのまま一目見た瞬間に理解できる。円城塔さんらしい、テクニカルな短編でアンソロジーの最後にふさわしい内容だ。

おわりに

さすがに短編一つ一つに思うところを書いていくのは疲れるな……。どれもエネルギーに満ちた短編で、NOVA+に賭ける意気込みが伝わってくる(そんなものさらさらないかもしれないが)。アンソロジーはいろいろあるが、SFが読みたいならばまずはこれ一択だろう。

NOVA+ バベル: 書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)

NOVA+ バベル: 書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)

  • 作者: 宮部みゆき,月村了衛,藤井太洋,宮内悠介,野崎まど,酉島伝法,長谷敏司,円城塔,大森望
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2014/10/07
  • メディア: 文庫
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