基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

島津戦記・パラフィクション・エボラ

先月に引き続きコールドスナップ・対談集・未必のマクベス - 基本読書 2014年10月も終了致しましたので月報のような形で月を振り返っていこうと思います。10月もいろいろ読みましたけど、フィクションよりもノンフィクションが強かったんじゃないかなと思いながら何を読んだかざっと振り返ってみたら小説もヘビィな物を読んでました。漫画はヴィンランド・サガの新刊やドリフターズの新刊という鉄板すぎる鉄板が出て、浅野いにお氏の新作も出るなど大御所がばんばん新刊を出す素晴らしい月だ。読書とは関係ないものの追加緩和の決定にエボラの拡散と現実も賑わっております。

というわけで冬木月報……に入る前に今読んでいるのはリチャード・ムラーのエネルギー問題入門でこれは面白い。次世代の大統領に向けての授業という体裁なので、君たち、軽挙妄動して国家を彷徨わせてはいけないよとえらく慎重に各種問題を取り上げていってくれます。福島原発のあの事故の再検討から、原油流出のような現代的なテーマも扱っているので今読むのが良さそうな一冊だ。これはまあ読み終えたらちゃんと記事を書きますね。

フィクションとか

10月で特に小説をピックアップするなら鹿の王 by 上橋菜穂子 - 基本読書島津戦記 by 新城カズマ - 基本読書環八イレギュラーズ by 佐伯瑠伽 - 基本読書あたりが特に良かった。前の二つは日本ファンタジー作家のドン上橋菜穂子にベテラン作家新城カズマの作品ということで鉄板ともいえるのだが、環八イレギュラーズの著者佐伯瑠伽さんはこれがデビュー作にして明確に新しく、高いレベルで安定していて先が気になる作家です。前者二人についても「ベテランだから鉄板」と軽く流せるようなこれまで通りの作品ではなく、それぞれ挑戦的な内容。

鹿の王は架空世界における架空の病気が蔓延していくさまを危機感たっぷりに描いていき、いかにして患者を隔離するのか、いかにして病を特定し、抗体を作るのかと現代でやったとしても大変に困難であろう「病気との科学的かつ実際的な現場の戦い」を描いていく。こう書いていくと結構簡単そうに聞こえるかもしれないが、病はあそこに敵がいるぞー! たたけー!! といって殲滅させられるものではない。鹿か? 犬か? 蚊か? 感染はどのような経路で発生しているのか? そこまででも膨大な手間がかかるのに今度は病が変化してこれまで通りの手段で防御できなくなることへの対抗策や薬が誰にでもきくのか、拒否反応が出る人間はいないのか、といった細かい検証も必要とされていく。

そこまでやっても完全に消滅させられる病ばかりでもない。ようは病を主軸にして物語を書く、それも「ちゃんと病を書く」ということは、割り切れない領域へ踏み込んでいくことだ。本作はそうした非常に書きにくい部分に突撃し、見事にやり遂げている。作品を重ねてなおこれだけ挑戦的な内容を重ねていく上橋菜穂子という作家の凄味を感じる一冊だ(上下巻だから二冊だが)。

鹿の王 (上) ‐‐生き残った者‐‐

鹿の王 (上) ‐‐生き残った者‐‐

鹿の王 (下) ‐‐還って行く者‐‐

鹿の王 (下) ‐‐還って行く者‐‐

一方島津戦記はこれまでどちらかといえば現代物やSF方面に寄った仕事をしてきた新城カズマが出してきた戦記物。戦記物のウリであるはずの戦闘描写や個々人の心情によりそって盛り上がりどころを描いていく常套手段をほとんど使わずに、「世界史の中での日本戦国記(島津記)」とでもいうべき作品世界を形作っていく。どういうことか? たとえば日本に住んでいる人間の生活は、日本の中だけで完結しているわけではなく、各国の需要と供給、戦争状況などなど多くの思惑のうねりの中で構築されていく。それは戦国時代においても例外ではなく、世界経済の影響力の中に日本も存在している。

日本の武将も、国内でどんぱちばかりしていたわけではなくグローバルな視点を持って需要と供給、それぞれの国の動きを見据えて行動を決定できる者達がいた。本作はこうした「世界の大きなうねりの中での日本」としての視点を島津を中心として練り上げていく。ひどくあっさりとした作品のように思えるかもしれないが、そこには歴史の大きな変動を切り取った興奮と、否が応でも振り回されていく個人と、それでも成すべきことを成そうと舵をとる奮闘がある。

島津戦記

島津戦記

ベテランに対抗するように新人作家の作品も紹介していこう。環八イレギュラーズは先に書いたように新人のデビュー作。直球ファンタジー、戦記物とそれぞればらばらの物を紹介してきたがこれは青春SF物だ。それも物語自体はひどく古典的なもので、犯罪者地球外生命体が地球にやってきて、それを追ってきた刑事地球外生命体も地球に降り立って、とある事情から自閉症男子をのっとってしまう。自閉症男子の兄弟、幼なじみの女の子、ふとしたきっかけから関わることになった同じ学校の女子が刑事に協力して悪い宇宙人をとっちめてやる! というだけの話で、ここだけ読むとえらく古臭く感じてしまうが中身は古典的なプロットがかすむぐらい新しい。

まどか☆マギカが独白の中でたとえとして用いられるし、刑事に味方する学生側は問題整理、状況判断が的確で決断スピードがとんでもなく速い。まるで有名企業のコンサルがきて改善提案を仕掛けてくるようなスピード感だ。古典的なストーリーだが、現代の学生は当然そうした古典的なストーリーを把握しているわけで、「はいはい20億の針ね」といった感じで、あっという間にその辺の面倒くさいやりとりはスルーされ実際的な問題の検討にうつっていってしまう。今日的リアリティとでもいうべきか……速さも含めてあっけにとられているうちに展開はあれよあれよというまに大きくなって小説ならではの規模の大きさになっていく、エネルギィの感じられる作品だ。

環八イレギュラーズ

環八イレギュラーズ

小説は他にもヴィクラム・ラルの狭間の世界 by M.G.ヴァッサンジ - 基本読書が傑作だったけど紹介しづらい。興味があったら記事を読んでみてちょ。引用した部分だけでも「これはすげえ」と思えた人ならたぶんハマる。

ノンフィクションとか

さて、ノンフィクションもまた良策揃いだった。たとえばあなたは今、この文章を読んでいる。:パラフィクションの誕生 by 佐々木敦 - 基本読書 は書くことを前景化させるメタフィクションに対して、読者を物語内に取り込むような小説をさしてパラフィクションと名付け、作品論を展開していく一冊だ。論としては面白くても作品とどのように繋がっているのかいまいちわからないし、10ページ読むごとに新しい哲学者や批評家の名前があがるような批評とは違い作品に寄り添った論を展開しているよい一冊だと思う。

あなたは今、この文章を読んでいる。:パラフィクションの誕生

あなたは今、この文章を読んでいる。:パラフィクションの誕生

またビジネス方面ではピクサー流 創造するちから by エド・キャットムル,エイミー・ワラス - 基本読書 が良書。ピクサー共同創設者にして現ピクサー・アニメーション/ディズニー・アニメーション社長であるエド・キャットムルによって書かれて(語られて?)構成された本になる。この本の強いところはエド・キャットムルが采配をふるい出してから明確にディズニーアニメーションの質が変わって、ピクサーの出すアニメが興行成績にそれぞれ差はあるものの、クォリティという意味では常に安定しているところにあるだろう。そうした「結果を出している男」なのだから、やはりそこには秘密があるのではないか? と思わされてしまう。実際単純な方法論に落とし込まず、問題をもぐらたたきのように叩き続けていくスタイルには説得力があった。
ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

  • 作者: エド・キャットムル著,エイミー・ワラス著,石原薫訳
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2014/10/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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科学ノンフィクション方面では、やはりこれを外すわけにはいくまい。ホット・ゾーン――「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々 by リチャード・プレストン - 基本読書 1994年に出たものの復刊だが、今、我々の置かれている現状を考えると、まさに今こそ読むべき一冊だろう。エボラが初めて地球上で確認された時の騒動と、それがいかにして鎮圧されたのかの詳細なレポート。そしてその後も何度も現れては消えていくエボラ出血熱と人類の戦い、エボラ出血熱に対峙したとき人は何を思うのかまで追っている。誇張気味に書いているところはあるし、小説のように書かれている事は正確性の面で疑問が残るが、エボラ出血熱とは何なのかを知る為には良い。
ホット・ゾーン――「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々

ホット・ゾーン――「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々

他には赤の女王 性とヒトの進化 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) by マット・リドレー - 基本読書 は同じく1995年に出たものの文庫化だが今日でもなお衝撃をもって性差がなぜ存在しているのか、男女の違いによってどんな戦略差が存在しているのかを明快に教えてくれる。なぜ動物にオスとメスがいるんだろう? 雌雄同体だったら出会う相手が全部潜在的な交尾相手になりえるのに、とあまりにも当たり前でなかなか改めて問いかけないことを問いなおしてくれる刺激的な内容だ。異性の基本傾向の背後にある生存原理を知れば、より協調行動をとりやすくなるだろう。
赤の女王 性とヒトの進化 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

赤の女王 性とヒトの進化 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

漫画とかライトノベルとか

漫画では特に楽しみにしていた『ヴィンランド・サガ(15) (アフタヌーンKC)』が出た。いやあ、出たら確実におもしろいとわかっている漫画が出る、こんなに嬉しいことはない。そして内容は新章突入だが、これがまたとんでもなく面白い。特に『小さな入り江に生まれて 父さんと母さんと兄弟たちと羊と家 「世界」といえばそれで全部と思ってた でもときどき 「世界」の外から船が来る』 というグズリーズの独白から始まる106話は、レイフが砂浜に「世界」を書いていくことで「自分の中の矮小な世界が一瞬にして広大な世界認識に置き換えられていく」衝撃をありありと描いていて、涙がとまらなかった。僕も又そうした衝撃を数々のSFから受けてきたからだ。

ヴィンランド・サガ(15) (アフタヌーンKC)

ヴィンランド・サガ(15) (アフタヌーンKC)

続き物以外でいえば浅野いにお『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 1』が出た。凄いタイトルセンスだな。ぜんぜんタイトル名覚えられないけどインパクトはある。不景気で、職がないかあったとしても社畜しかいない、そんななんともいいようがない「希望のなさ」や家に帰ってからも続くSNSでの人間関係のやりとりやまるで現実と乖離して行われるネット上の人間の罵り合いを見ている時の「雰囲気」としか表現できない気分を実に見事に切り取っていく。明快な震災のメタファーとしてやってくる 『侵略者』の巨大な『母艦』が東京へ舞い降りてくる描写など、読んでいてあっと息を飲むような衝撃で、いやーいいですねー。

ただ多少気になるのはここで描かれている女子校生の「気分」ってどれぐらい正確なものなんだろうなと。僕は割合共感でもって読んでいたけれど、僕の高校生活はなにぶん10年ぐらい前なので今とはだいぶ違うんではなかろうか。作中にも古市さんの『絶望の国の幸福な若者たち』が出てきていたりして、なんかこういう本に書いていることがそのまんま反映されているようにも見えて、もにょった。漫画の中に自然にSNSでのやりとりを挿入していくなど、テクニカルなんですけどね。

あと漫画ではまだ単行本が発売されていないのだが、ジャンプでずっと楽しみに読んでいるから紹介したいものが一作。『僕のヒーローアカデミア』がたいへん素晴らしい。いやー、多対多の能力バトルって、冨樫先生ですらそんなに書かない漫画表現上の難易度激高なジャンルだと思うんですけど、それを見事に書いている、少なくとも今のところは。多対多の能力バトル物をまともに書こうと思ったら『戦闘破壊学園ダンゲロス』のように原作を小説か他者に委ねるか、はたまたワールドトリガーのように全員の能力を均一にして一部に特殊能力を付与して集団戦を描くかがまあ安全だろうと思っていましたが、まさか週刊連載のフィールド、しかも原作もつけずにこれだけのクォリティで書き続けるとは驚きの作品。
僕のヒーローアカデミア 1 (ジャンプコミックス)

僕のヒーローアカデミア 1 (ジャンプコミックス)

ライトノベルもいろいろ出ているがシリーズ物で買ったのはクロックワーク・プラネットの3巻だけかな。これは昨日出たばかりなのでまだ読んでない。けど分厚くて面白そうだ。シリーズ以外でいえば海羽超史郎『バベロニカ・トライアル 西春日学派の黄昏 (電撃文庫)』が……語り口がカッコイイ言葉覚えたてであらゆる場面でその言葉を使っちゃう意識高い中学二年生みたいな感じで最悪なのだが、まあ一読の価値はあった。著者がいうところの『「メモリにでたらめなビットを並べていったら、どこかで偶然PC自体がバグる」みたいな話に近い』といった感じで、まあめちゃくちゃなんだな。バベルの図書館・セルオートマトン・ヒルベルトの連続体仮説とそれぞれ別個の概念を組み合わせた、ごっちゃごっちゃの概念をなんだかよくわからんと思って読み進めても「どこかで偶然PC自体がバグる」みたいな結論にしか出会わない。面白く読むために読者側の努力と意識高い中学二年生語りへの忍耐が必要とされるが、その二つを持ち合わせていれば得るものはある。
バベロニカ・トライアル 西春日学派の黄昏 (電撃文庫)

バベロニカ・トライアル 西春日学派の黄昏 (電撃文庫)

あとは西尾維新さんの最新シリーズ掟上今日子の備忘録 by 西尾維新 - 基本読書 も出ましたね。こちらはもう大々的な売り出し方で、Kindle版まで同時発売しちゃって気合が入ってます。内容的にも学生ばかりを主人公にしてきたこれまでの作風とは少々変えてきて、出てくる人間がみなフリーターかちゃんと職についている! 西尾維新さんは若くして文筆業に入っているのでまあまともな職業の人間なんて書けるはずがないのですがフリーターと探偵ならなんとかいけるとふんだのでしょう。実際過去に出した同じような路線の『難民探偵』と比べると、そう違和感はない。どうもいろんな個性を兼ね揃えた清涼院流水的名探偵がたくさんいる世界観のようなので、次作以後どのような展開をするのか非常に気になるところです。
掟上今日子の備忘録

掟上今日子の備忘録

月報あとがき

とまあざっくり振り返ってきたけれど。守備範囲が広いからか、毎月毎月物凄い新刊が出ていてあっぷあっぷしているうちに終わってしまう。ボスラッシュみたいな。新城カズマ氏の新刊に上橋菜穂子さんの新刊が重なるんだもんなー。漫画も本当はいろいろ読んでいて語りたい部分もあるんだけれども。ワールドトリガーとかね。改めて読んでみると大変おもしろい漫画ですねあれ。あとアニメ化しているラノベとか一応一通り手を出してはいるんだけどあんまりピンとくるものがない。アニメ化するレベルで人気のあるものが理解できなくなってしまったらもう恥ずかしくてレビューもできませんな。感覚がメイン層とズレてきているということですから。

余談としてだけれども今月は読書会を行いました。誰得読書会『NOVA+ バベル: 書き下ろし日本SFコレクション』開催レポート - 基本読書 いやー楽しかったなー。楽しかったけど8人でぶっ続けでしゃべり続けると大変疲れる。脳みそもぎゅんぎゅん働く。恐らく今年はもうやらないと思うけれど(やりたいアンソロジーもないしね)、たまには飲み会みたいな形でだらだらと喋りたいなとも思いました。では余談もこんなところで。