基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

全滅領域 by ジェフ・ヴァンダミア

突如地球上に現れた謎の領域──そこでは生態系が通常とは異なる変化を遂げ、異様な雰囲気をまとっている……。調査隊が幾度も送り込まれ、その度に不可思議な事実が発覚するか、あるいは何事かが起こって帰ってこないのだ……と聞くと大変わくわくしてくるものではないだろうか。恐怖とはわからないこと、そしてそのわからなさが自分に圧倒的な不利益を与えてくる可能性がある時に発生するものだが、逆にいえばそれは正体とその再現性が判明してしまえば薄れていってしまうものだ。幽霊やゾンビでもいい。そいつが現にいて、対処法が確立したのならば、それはもはや恐怖ではなく現実的な課題でありプロセスを確立させ機械的に処理すべき問題になってしまう。

「不可解な場所」が魅力的なのは──それが容易には理解できない素材を大量に提供してくれるからなのかもしれない。不可思議な事象、1イベントではなく、場所そのものが不可思議というのは、足元さえも信頼できないということだ。繰り返される変異、足元の地面が突然何か得体のしれないものに変化するかもしれない恐怖、見慣れた木々、星空でさえも疑うべき対象となり、人間ですらそうした疑心の対象になりえる。コイツは本当に、元のままのアイツなのか? 「未知の領域」、本書ではそれをエリアXと呼称するが、そこまでいうんだったらそこは徹底的に謎の領域であってほしい、容易に理解されない、難攻不落の迷宮のようなものであってほしいと願う。そして本書ではそうした願望が十全に叶えられている。

本書はこのエリアXに調査潜入する調査隊の一人、生物学者として参戦している女性が、後続に向けてとっている手記の体裁で物語られていく。メンバーは他には人類学者、測量技師、心理学者の計4人。未知の領域を探査するのに4人は少なすぎるんじゃないかとか、情報が少なすぎやしないかとか装備が貧弱すぎるだろとか、メンバーの全員が女性であることに、何か意図はあるのだろうけれど自分たちにはわからないという以上の説明がなかったり、とにかく異常な雰囲気の元物語は開幕していく。

なにしろ面倒くさい前置きは一切なし。生物学者らはとっくにエリアXに潜入して、そこには報告されたことのない、生物学者がいうところの<塔>があったところから記録は始まるのだ。

恐怖への細やかな気配り

読みだしてすぐ気がつくのは、その描写の細やかさだろう。塔を見つければ、その外見はどんなものか、材質はなにか、大きさは直径にして何メートルか、地面からの距離、刻まれている言葉などはなにかないのか、そして形としての特徴はどこか──と細かく描写していってくれる。それは最初だけではなく、その後も丁寧に丁寧にそれを見ている側の心情と驚きと「何を見ているのか。何がそこにあると認識しているのか」を客観ベースで記述していく。それは書き手である生物学者が、もともと人とのコミュニケーションを好まずに一人で生物をじっと観察しているのが好きな変わり種であることも関係しているのだろうが、徹底した観察とそこから自然と導き出される洞察こそが本作を異界探索物として良質なものにしている。

映像であれば我々は、その得体のしれないものや、何か異変の起こっているものを見ただけで瞬時に理解できる(それがうまいこと描写されている限りにおいて)。文章においてその役目を担うのは、映像表現の代わりとなる文章表現による「異質さ」の表現でしかないから、この情景描写と心情描写の細やかさは怖さを表現する上では土台となるもので、なくてはならないものだ。きちんと不和や懸念、そして小さな違和感を積み重ねていくからこそ、真に恐るべきものに遭遇した時の振れ幅が発生してもついていけるのである。怖さを伝染させる為に、感情移入させる必要はないが、そうした心情が存在しうることを説得できる必要がある。

同時に配慮されているなあと思うのは、「異変とは何なのか」を含めて、この世界のことを終始定義させることを避けている点である。多少のネタバレになってしまうが、本作は最後まで登場人物たちの名前が明かされることはない。人類学者は人類学者であり、心理学者は心理学者である。自分たちを送り込んだ組織のこともそうたくさんは描写されないし、先遣隊にも事細やかに触れられるわけではない。さらにはこの異界エリアXで起こるあれやこれやの事象に対して、彼女たちは目撃したとしても簡単には定義しようとはしないし、結論付けもしないし、名前をつけることさえも慎重になっている。

 だんだんとわかってきたことだが、<エリアX>に棲みつきにきたなんらかの力と戦おうと思ったら、”ゲリラ戦”を展開しなくてはならないらしい。すなわち、地形に融けこむか、アザミ日記の記録者のように、できるかぎり相手が存在しないふりを装ってやりすごすかだ。相手の存在を認めてしまえば、あるいはそれに名前をつけようとすれば、相手の侵入をゆるすことになる。

「棲みつきにきたなんらかの力」などとひどく遠回しな言い方をしているのも、相手がそうそうその正体を明らかにしないからであって、実際に遭遇したとしてもそれは「なんだったのか」と簡単に定義できるものではないのである。こうした慎重な態度と、慎重な態度を要請する異変そのものによって、本作はまるまる一冊使った後も尚恐怖と謎が持続している。

未開領域、何が起こるかわからない土地へと恐る恐る踏み込んでいく時のお化け屋敷へ踏み込む時とはまた違った緊張感。何か得体のしれないものを見つけた時の、電撃が走ったようなショック状態。一瞬の判断が求められる危険な状況……そうした描写のどれ一つとっても、「これだよ! 未踏領域探査物で僕が観たかったのはさー! これだぜー!」と拍手喝采して盛り上がるようなレベルの高さで、大満足の一冊。

ただこれ、サザーン・リーチ三部作の一作目だから、あと二作出るっぽいんだけどね。一作300ページちょっとで、読みやすくさらっと読めるからクソ分厚くて読み通すのに何日かかるんだコレー! と思うような大作に辟易している人にもオススメですよう。

全滅領域 (サザーン・リーチ1)

全滅領域 (サザーン・リーチ1)