読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

地上最後の刑事 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) by ベン H ウィンタース

書名からして出オチ感半端ないけれども、人類が滅亡しかかっていて小さい村に一人だけいる刑事──とかそういう意味ではなく、半年後に小惑星が地球に衝突して人類はあぼーんするよという世界で懸命に刑事稼業に励む刑事さんを追っていくお話だ。

こういう大味な設定は──面白いだけに、扱い方が難しいとも言える。全人類に動揺が伝搬していく過程をどうやって書くか? 社会学者、科学者、国家、個人はいったいどういう反応をとるんだろう? 小惑星が当たるとか当たらないとかの発表はいったいどのようなプロセスを描くのだろう。あるいは全人類の対応なんて書かないで、個人の心情に密着して終わる世界を書いていくのか? そっちの方が楽なのは確かだが、それだったら癌で余命宣告でもなんでもいいわけで、あんまり人類滅亡をぶちあげる意味もないようにも思う。もちろん小惑星に核を設置して爆破──とかモビルスーツをけしかけて超スーパーブーストで押し返すとか、そういう対抗系の作品と本作の系統が異なることはもうわかっていただけると思うが。

本作が地道でウマいな、と思ったのは、一人の刑事を主軸に据えたことだ。刑事は一人、起こった自殺のような事件を調べるために走り回るが、調査に出向いた過程で会う関係者、仲間であるはずの刑事にも、誰もまっとうに取り合おうとする人間はいない。当たり前だろう。半年後に100%の確率で小惑星が落ちてくると国家が発表し、みんながそれを受け入れてしまっているのに、貴重な時間を使って仕事をする必要があるか? 残された時間があと僅かしかないのなら、仕事なんてしている暇はないし、他人に関わっている暇はないし、自分のしたいことリストを上から順々に消化していくしかない。

そうやって刑事が空回りしてそこら中を駆け巡っていると、ああ、本当にどうやら世界は滅亡するらしいぞ、というのがだんだんとこちら側にも了解されてくる。刑事という職業で、調査の為にいろいろな人間のもとをまわる。だからこそ破滅する世界においてさまざまな個人の反応を書きえた、ということなのだろう。なんでもやってやらあと自暴自棄になっている人間もいれば、表向きは取り繕っているが裏では動揺し麻薬に手を染めている人間もいる。そしてその合間に挿入される、政府発表などの要素も交えながら、突飛で、それだけに演出するのが大変困難な「小惑星が激突して人類滅亡」を納得感というおもりで読者の側に落としこんでいく。

その個人達は──『長期展望という概念が、魔法のように消え去った世界で*1破滅的な行動をとるようになっていく。麻薬はどんどん高値に、そしてそこら中に蔓延してくるし、自殺も後を絶たない。そんな状況で、自殺をしたかのように一見見える死体を、他殺の可能性を探るなんてのは、ちょっとどころじゃなく大変なことだ。誰もが「自殺したってしょうがない」と考えているし、捜査員も当然ながら考えているし、解剖する側もそう考えているから、ろくに調査が進まない。まじめに調査していたら「何お前、まじめに調査なんかやってんの?」といったあざけりさえ受ける。ヤンキー学校でちゃんと勉強する真面目くんみたいな感じだ。

長期展望という概念がなくなった世界は、人間の反応も、調査の進め方も、殺人事件の動機も、全く異なってくる。これは当たり前のことだが、こうした仮定を一個置くだけで、ありきたりな刑事小説が急に斬新な刑事小説に変わってしまうのだから物語とは面白いものだ。そして読者は一人孤軍奮闘を続ける刑事に感情移入して読む──のかといえば、そういうこともないのではないかと思う。作中刑事は「あなたは自殺をしたいと考えたことがあるか」と事あるごとに他人に問いかけているが、それはそのまま我々読者への問いかけでもある。終わる世界で我々は何をして、何をすべきでないのだろう。

そう考えてみると、僕の気持ちとしては「なんでこいつはこんな真面目に仕事を続けているんだろうな」という方に近い。むしろこいつは、まだ職について1年と少ししか経っていないからこその、やる気の空回りのような状況にあるのではないかと。こいつはこいつで終わる世界に適応出来ずに、なんとか自分の職務にがむしゃらにしがみつくことによって精神を持ちこたえさせているような、そうした危うさを感じさせる。ただの自殺でしかない事件をそうした強烈な思い込みによって殺人事件だと思い込みたがっているのではないか。

しかし終わる世界においては、考えることすべてがむなしい。別に、この刑事が殺人事件だと思い込みたがっていたとしても、別にどっちでもいいのだ。どっちにしろ働かずに適当に仕事をするか、仕事をほっぽり出してやりたいことリストを消化しに行くかなんだから、それが積極的な見当違いの捜査だったとしても特に変わりはない。本人の気が済めばそれでいいと、周りの人間も大概はそう考えているようだ。そして仮にそれが殺人事件だったとして──半年後に終わる人類世界で、殺人で逮捕することにどれだけの意味がある? 本作が描いているのはだから、真実がそこまでの意味を持たなくなった、あるいは価値が自明とされていたものの意味を、改めて問いかけなおしていかなければならない世界なのだろう。

アルマゲドンみたいな派手さを求めるような小説じゃあないが──、変わり種の刑事小説としては珠玉の出来だろう。特に取り上げなかったが、兄とやたら仲の良い有能なかわいい(これは想像だが)妹も出てきて、そういう意味でもポイントが高い。

地上最後の刑事 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

地上最後の刑事 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

*1:p271