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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

偏愛蔵書室 by 諏訪哲史

その他のノンフィクション

普段本についてあれこれ書いているせいか、あまり人が本についてあれこれ書いた文章を読みたくないと意識的に避けてしまう。出来が悪ければイライラするし、出来が良ければ自分が書こうと思えなくなってしまうからだけど、それ以前に好みの問題もある。僕は基本的には「あらすじなどの内容紹介」はしてほしくない。特にあらすじなんかだらだらと並べ立て文章のほとんどが単なるあらすじで占められていたりする自称「書評」など読むとイラついてしょうがないのだが、本書はその意味では好みからそれない書評集だ。

諏訪哲史さんの書評にはあらすじ、筋の紹介などほとんどない。それよりも自分の個人的な体験談、思い出からはじまったり、あるいは小説論、物語論のようなものが語られたり、特に印象的な場面からの引用が行われ、「その何が印象的で、どのような機能を持っているのか」について端的に語られていく。シンプル・簡潔で、作品の一部を切り取り、それをさらに3ページのわずかな文字数の中で増幅させ、書かれていないその先へ接続させてみせる。この「書かれていない部分へ接続させる」というのはこの手の書評系では重要な案件だと勝手に思っている。

ようは本の内容や魅力を、わずかな文章で完全な要約などできるはずもないのだから、そのエッセンスを凝縮させ、書かれた文字情報以上の部分は「目を向けてもらう」ようにしなければならない。それでこそ文字情報はそれが内包しているバイト数以上の働きをする。本書で接続されていくより大きなものは、同作家の他の作品であったり、小説とはなにかというそもそもの小説論であったり、同時代に書かれた文学・作家への興味であったりと多様だが、書評ごとに別の方向へ目を向けるきっかけを与えてくれるだろう。

また書評者が固定されている本で重要なのは、「価値判断の基準をある程度明確にしていること」が一般的に挙げられるだろう。ようは主観的な要素が強い小説ジャンルにおいて、客観的な、誰もが納得する指標などというものは存在しないのだから、ある程度評者自身の「価値観」が明示されていないと自分と相対的に距離をはかってみることができない。ああ、この人はこういう価値判断基準を持っているんだな、ということがあらかじめ了解されていれば、「この人ならこの本のことはこう評価するだろうな。自分とは違うな」と判断することができる。

著者の判断基準はその初期の方で明かされ、その後何度も繰り返されるので、親切だ。多少引用すれば『小説は、「物語」と「詩」と「批評」から成る。三つのうち一つでも欠けたものは小説ではない』『読者の耳にたこを作るようで恐縮だが、再度整理する。小説を構成する必須三要素、「物語」「詩」「批評」はそれぞれ「WHAT」「HOW」「WHY」と換言できる。物語という伝達内容を、詩という伝達方法で、批評という伝達反省を絶えず自覚しながら言語に表出する。この営為こそ、「小説」の本質だ。』

僕自身はこういう見解には与しない。小説観なんてあってないようなものだし、どのような小説にもあてはめる価値基準をあえて作らないようにしている。じゃあお前のレビューは当てにならないということになるかもしれないが、毎度自分が感じたこと、なぜそう感じたかの仮説を詳細に明らかにしているつもりだ。その仮説に納得のいく人もいれば、いかない人もいるだろう。blogという文字数制限がないフォーマットだからできることであるともいえる。

一方であらかじめ価値基準が明確に設定されている著者の場合、自分との距離をはかることもできる。評価するときも、基本的には物語としてどうか、詩としてどうか、批評としてどうか、という観点で丁寧に点検が行われていくので、ブレずに適切に距離をとってついていくことができる。ちなみにどんな本が書評されているのかといえば、基本マイナな古典、たまに有名な古典といったところ。ぜんぜん聞いたことがない本がいっぱいある。たとえば『遠野物語』『愛について語るときに我々の語ること』『家畜人ヤプー』『失われた時を求めて』などなどはかなり有名で読んだ人も多いだろう。

今となっては手に入るかどうか怪しそうな本も多く、ブックガイドとして良いのかといえば、別によかあないと思う。これを読んで書かれている本について読みたいと思う人間がいるのかどうか微妙だ。それでも、文章それ自体に自分自身の文体と視点がきっちり確立しているし、折にふれて創作観、小説観、芸術観が開陳されていく、単なる書評を超えた総体の文章として読むとなかなかきっちり・しっかりした一冊だ。まあ、さすがに高いので、著者のファンとかではない限りは書店で見かけた時にぱらぱらとめくってみるとか、図書館にあったら借りてみるなどの行動を推奨する。

偏愛蔵書室

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