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なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書) by 冨山和彦

アベノミクスによるトリクルダウンの効果を非常に一面的に見積もっているのではないかとか、貿易赤字はそこまで問題じゃないでしょと思ったり、細かいところで異論があるけど発想部分は面白かったな。それは著者が学者ではなく経営コンサルタント、経営者であるというのが大きいからだろうけれど、自分が見てきたこと、関わった企業を話の中心に据えて語りながらも数字も同時に挙げていくので説得力はある。これだけ読んで「そうだったのか!」とはならないけれど、でも考え方として面白かった。

「ローカル経済」と書名についているものの、グローバル経済(製造業やエネルギー、IT関連など)再建の方にもページを割いている。ただこちらは特に発想的に新しいものではない。いや新しいのか? とにかくここ三十年の間大手総合電機メーカーなどの日本のグローバル企業が営業利益率や売上高を下げ続けてきたのは「構造的に儲からなくなっている事業をぎりぎりまで引っ張る」とか「比較優位を失っている機能をぎりぎりまで引っ張る」というように、経営判断上の集約と労働生産性を高める手を打ってこなかったからだと経営者の意思決定ミスの問題に 帰結させてしまうなど、かなり強引なところも多いが、「法人税減税しろ」とか「規制緩和しろ」といった具体的な提言の方は至極まっとうだ。

一方のメインとなっているローカル経済とは何かといえば、こっちはこっちで最初にイメージされるであろう地方の話ではない。こちらはいろいろと定義はあるだろうが、基本的にはサービス産業、地域密着型の非製造業系の経済圏のことだ。たとえば東京の町田に住んでいれば、歯ブラシを買いに新宿まで行くことはほとんどの場合ないし、町田のバスは町田にあるからこそ意味がある。「グローバル化」とはよく聞く言葉だが、日本のGDPの70%と雇用の80%の雇用はこうしたローカル経済圏で起こっているのであって、グローバル企業向けの施策だけではこちらの7割の方が捨て置かれてしまう。

で、このローカル経済圏で起こっている現状もっとも切実な問題は労働者不足なのだ。2013年10月の人口推計によると、15歳から64歳の生産年齢人口は前年から116万人以上減少し、8000万人を下回った。物凄い勢いで働き手が減っているわけであって、製造業やITなどを除いたサービス業などの「ローカル経済圏」では、アベノミクスよりずっと前からこの労働者不足が顕在化しているのだという。つい最近もこんな記事が出ているし⇒地方企業の35%「人手不足」 日経「地域経済500調査」  :日本経済新聞

著者が持ち出す指数(中小企業の従業員過不足DI(今期の従業員数が過剰と答えた企業の割合から不足と答えた企業の割合を引いたもの))によれば、製造業の人手不足は2013年第三四半期から始まっていて、一方の非製造業ではアベノミクスがはじまるずっと前の2010年第四四半期から始まっている。つまりアベノミクス効果によって人手不足が誘発されているわけでは(もちろんその効果も出ているであろうが)ないというわけだ。

その理由にもいろいろあるだろうが、大きなのは当然ながら少子高齢化による生産労働人口の急激な減少、それから地方の若者は東京に出て行く選択肢が常に存在していることも関わってくるだろう。

「地方は人手が余っていて、仕事がなくて悲惨だ」
 こうした論調があるが、事実ではない。その段階はとっくに過ぎている。既に見たように、地方のほうが先に高齢化が進んでいる。生産労働人口も、地方から先に減り始めている。なおかつ、地方の若者には東京へ出るという選択肢もあるので、生産労働人口は今後絶望的に減少していくと考えられる。

地方からどんどん人手がいなく、減っていったとしても先に言ったようにスーパーやバス、床屋のような「近くにあるからこそ意味がある」サービス産業の需要は、供給の減少と同じペースで減少することはない。もちろん人口の減少と共に需要も減っていくのだが、人手の減少とペースが違うため人手がそれによって「足りなくなる」わけではないのだ。そう言われればそれもそうか、そんなことも考えつかなかったなあと思った。実際著者が関わっているバス会社ではもう何年も慢性的に運転手が不足しているようだ。

しかもこのローカル経済圏の問題は質に関係なく近ければ近いほど有利だったり、そもそもバス会社がそこにしかなかったりと生産性の高低やサービス内容の善し悪しによる競争原理が働くわけではない。つまり質の悪い企業が淘汰されず残っているのであって、労働者の不足から今度は地獄じみた労働時間のブラック企業化も発生する可能性が高くなってくる。そこで本書が提案している「ローカル経済圏の復活案」は「競争原理が働かないローカル経済圏でどのように質の悪い企業を淘汰するのか」を論じた後、「淘汰に成功したら生産性の高い企業に労働者を集約し労働生産性を平均として上げ、それに伴って賃金も上がる」という理屈で繋げていく。

質の悪い企業を淘汰し、企業及び人員の集約とそれによる密度の経済効果による労働生産性の上昇を狙うということですね。このあたりの議論はやはり現役のコンサルタント兼経営者だけあって非常に具体的だ。短期的には地域金融機関のデットガバナンスを強化し生産性の低い将来的な見込みのない企業を退出においこむ、もしくは最初から貸し入れを制御して出さない。早期再生・再編促進型の倒産法の導入によって倒産と再挑戦をスムーズにさせる。中期的には現状邪魔になっている規制の改革、中小企業倒産を妨げている重すぎる信用保証制度の改革などなど。

もちろん「地方だからといって人手が余っているわけではない、むしろ人手は不足している」ことと「需要が減りつつあり、前年度比の売上は減少し続けていく」ことは同時に起こっている。「そんなこといったって地方からどんどん人が減っていったら立ちいかなくなる」のも確かで、本書ではそのあたりの議論は、地方のターミナル駅の周辺に集約し人口三十万人〜五十万人程度の中核都市圏を政策的につくっていくことを述べている。まあ、減るのは既定路線な以上そういう方向しかありえないんだろうけど、手間の多さと反発なんかを考えると気が重い事業だなあと思う。

生産年齢人口が減っていくのも、そもそも需要源たる人口が減っていくのは今後避けられない大問題で議論として行われるのは「世界にいかにして出ていくか」という方向性が多い中ローカルに目を向けた話で面白かったですね。

なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)

なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)